第54話「塩辛のお供達」

『ヒャッハァアアアアアアアアアア』

『やっぱりオカは地獄だぜぇええええ!!』


『くくく!!! 今なら火事場泥棒し放題!!? これぞ千載一遇の大チャンス!!!』


『我ら、塩辛海賊団!!! 買出しついでに只今参上!!?」

『金目のものが盗り放題ですぜぇえええええ!!!』


『第三隊が接敵しやした!! ですが、警務局の連中なんざ怖くねぇ!! オレ達が怖ぇのは海軍局の連中だけだ!! 我が世の春が来やしたぜぇええええええ!!!』


『ウチの船からの電信拾いやした!!? ワ・レ・ブ・ジ・ニ・ノ・リ・キ・ッ・タ!!! まだ水がある場所から戻る潮に乗って小型のボートで帰りやしょう!!!』


 海の荒くれ。


 小汚い水夫のような男達が三十人程、身体中のポケットに弾丸をジャラ付かせながら、古びれたライフルを持って何やら火事場泥棒に勤しんでいた。


 男達がいるのは市街地の通りの中央だ。


 あちこちから紙幣と宝石類や金品を麻袋に詰め込んだ男達が戻ってくる。


 ちなみにお頭というのが遠目には判別出来なかった。


 それを近くにある建造物の二階の木窓からソッと覗いた男が苦々しい顔をしていた。


「あいつら、海賊って名乗ってるが、そんなのがいるのか?」


 訊ねると男が額に手を当てる。


「まさか、海賊団の連中が陸に来てたとは……間が悪過ぎる!!」

「海賊って、船とか拿捕して金とか巻き上げる連中の事か?」

「そうだ」


「……金だけ取らせて逃がしたら、人死には最小限になるんじゃないか?」


 こちらに男が微妙な視線を向ける。


「見逃せと言うのか?」


「この状態で戦闘したってロクな戦力集まらないだろ。もし権力側の部隊や人間が負けたら勘違いして行政関係の人間を襲い始めかねない。海に戻っていくのを見逃して、後から逮捕した方が無難だと思わないか?」


「それは一理あると言っていいが、生憎と自分は憲兵だ」


「死ぬ気か? あっちは三十人以上。ライフルと拳銃じゃ勝負にならない。そのサーベルで全員切って捨てるって言うなら別だが」


「……カシゲェニシと呼ぼうか。君はどうして態々わざわざそんな事を? 少なくとも、自分には死んで欲しいのではないのか?」


「此処でアンタが死んだら、一体誰がオレの身の安全を保障してくれるんだ?」

「見捨てるかもしれないだろう?」


「見捨てるなら、あの地下壕出る前に済ませてるだろ。アンタみたいな真面目そうなのに扱われてる方があのお嬢様より百倍安心出来る。少なくとも、私情や感情でオレを殺そうとは思わないはずだ」


「……まぁ、彼女は色々と特別だが、感情的なのは認めよう」


 ショウヤが溜息を吐く。


「で、どうするんだ? 実際、数の差が在り過ぎる。あっちは数十人。しかも、何だか訓練されてるっぽいぞ。妙にキッチリ整列してるし、金目のものに目を奪われてもいない。監視も真面目にやってるっぽい……つーか、言動は馬鹿なのにあの練度何なんだ?」


「そこまで分かるのか。君は……」

「旅人の嗜みだ」


 僅かな沈黙の後。

 どうやら、隠し切れないと踏んだのか。


 青年が静かにこちらへ身を寄せて、僅かに男達を確認してから隠れ、渋い顔をした。


「連中はただの海賊というわけじゃない。塩辛と名乗っているなら、そういう事だ」


「そういう事って……悪いが、この地域の国情は然して知らない」

「そうか。では、端的に言おう。連中は共和国側に付いたペロリストの類だ」

「またか?!」

「また?」


「こっちはいっつもいっつもそういうのばっかりなんだよ!! いい加減、真面目にペロリストとは決別したい気分で一杯とだけ察してくれ!!」


 こちらの剣幕に僅かに変な顔をした後。

 ショウヤが頷く。


「八年前の敗戦で我が国では共和国への服従派と強硬派が出来た。殆どの国民が支持したのは強硬派だ。連中はそれで国を追われて、今は近くに大小数百はある手付かずの諸島に隠れ住んでる」


「そういう話か……」


「奴らの言い分は八年前、確かに一定の支持を集めた。それに従えば、我が国は食える国家には回復していただろう。だが、同時に我が国の誇りと気風は失われたかもしれない。共和国との関係を保持しておきたい手前、国は奴らに強く当たる事も出来ずに放置していたし、奴らも殺人を筆頭にして凶悪犯罪には手を染めなかった。だから、なぁなぁで済ませてきたわけだ」


「それ、何処の国でもやってるのか?」

「?」

「同じような話をこの間、塩の国で聞いたばかりなんだが」


「そう言えば、塩砂騎士団領でペロリストの元祖が壊滅したんだったか……」


「ああ、連中も今のアンタが言ってるように海賊と同じような、なぁなぁな戦争してたぞ」


「随分と詳しいじゃないか」


 相手の目が細められる。

 きっと、胡散臭い奴と思われたのだろう。


「知り合いがいたからな」


「……後で聞かせて貰おう。それであいつらは共和国との融和路線に舵を切っていた連中なわけだが、勿論中身は元政治家だの、それに付き従っていた者の成れの果てなわけだ」


「ああ、私兵とか。そういう?」


「軍隊の特殊部隊上がりだ。よりにもよって海軍の海兵隊、特殊作戦群と呼ばれる選りすぐりのエリート部隊の大半があっち側に寝返った」


「大問題過ぎないか?」


「ああ、八年前は大問題だったよ。国を立て直す段になって、優秀な人材と海賊行為の取り締まりに使われるはずの人材が全部そっくり海賊になったんだからな」


「つまり、連中は海賊みたいな言動してるけど、ぶっちゃけ魚醤連合の最強部隊で実質、手出ししても捕まえられない強さって事か?」


「そういう事だ」


 ようやくショウヤが何をしに行こうとしていたのかが見えていた。


「言っておくが、殺されなくても、確実に今の状況じゃ会話不能だろ」

「何故だ? 何故、そう思う? 理由は?」


「一つ。お前は憲兵であって政治家じゃない。二つ。連中が火事場泥棒で金品強奪してるって事はその時点で今聞いた凶悪犯罪犯さないって状況と少し食い違う。これはつまり政府と連中の関係が変化したからだ。その理由は確実に共和国との再戦だろ。そこから導き出される答えは強大な海軍を再建した政府は連中の話を聞く必要も無いと切り捨てつつあったって事じゃないのか? 要は政府が本腰入れてたか。入れる寸前だった。海賊は干上がる寸前か。台所事情が厳しいんじゃないのか? なら、奴らのやる事は単純明快だ。政府の無能を騒ぎ立て、この混乱に乗じて、戦争が遂行不能になったから、オレ達の側に付いて、停戦か講和の道を探せと国民を唆せばいい」


「―――お前本当に間諜か? カシゲェニシ」

「ただのカレー帝国から来た若様だ」

「若様と来たか……はは、まったくもって、他国の事情を知った風に……」

「当たってたのか?」


「ああ、お前の言ってる事は合理的に考えれば、正しい。一つだけ訂正があるとするなら、連中は政治家じゃなくても、オレの話を聞いてくれるはずだって事だ」


「……良いところの出なのか?」


「不幸な事に……塩辛海賊団の頭領の副官、特殊作戦群の寝返りを指揮した馬鹿な男は……自分の父親だ」


「―――マジかよ」


 どうやら、話し合いに出て行かないという選択肢を選ぶ事は無理か。

 ドンパチの中に飛び込んでいくしか無い状況。


 ライフルの狙撃と拳銃の痛みと死体はトラウマなのだが、どうやら引き摺られていく運命は変えられなかったようだ。


 ガックリと項垂れる。


 とことん付いていない自分の巻き込まれた異質が心底恨めしい瞬間に違いなかった。

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