Interlude ~池崎馨の夢 Ⅶ~
最近の僕の楽しみ。
それは、アフタヌーンティーのひとときだ。
冤罪事件以来、僕との距離が少し縮まったココ。
最近では毎日決まった時間にアフタヌーンティーをワゴンで自室に運んでくると、僕がそれを飲み終わるまで椅子に座って話し相手になっている。
ファーストコンタクトが突然のもふもふで面食らってしまったけれど、警戒心を解いてみればココは明るくて優しくてとても素直な娘だった。
たわいない話でも、彼女と会話をしていると楽しく穏やかな気分になれるのだ。
最近は飲み慣れた紅茶が今までよりも美味しく感じている。
けれどもその日、ワゴンを運んできたココは、いつになく沈んだ表情をしていた。
「何かあったのかい?」
僕が尋ねると、僕の前にティーカップを静かに置いたココが定位置の椅子に座り、うつむいた。
「実は、セージさんから大事な話があると言われたんです。
……セージさん、近いうちに王宮の近衛兵の職を辞して、武者修行の旅に出るつもりだと言うんです」
「ええ!? それは僕も知らなかったよ。彼がそんなことを考えていたなんて……」
「それで、私にも一緒に旅についてきてほしいと言われました」
「え……っ」
それはつまり、ココが王宮の給仕係を辞めるということだろうか。
「セージさんにはお世話になってますし、とても良い人だということはわかっています。彼についていけば、きっと幸せになれるということも。
カヲル王子が、いつでも私たち王宮で働く者の幸せを願ってくださっていることも知っています。
……けれども、私は今、こうして毎日カヲル王子の元へアフタヌーンティーを運び、お話相手になることに毎日とても幸せを感じています。
私は一体どうしたら……」
「ココ……」
確かに、僕はセージにもココにも幸せになってほしい。
二人が共に旅に出て幸せを手にできるなら、僕は彼らを笑顔で送り出すべきだ。
“送り出すべき”――?
ココの本当の幸せは、どちらなのだろう。
そして僕の本心は――?
答えを出しかねている時だった。
「カヲル王子、隣国より伝書が届いております」
伝令の柴犬が一通の書簡を手に部屋に入ってきた。
隣国というのは、アイナ姫のいるシュバルツ・カッツェ王国だろうか。
書簡を開いて僕は驚いた。
“我が国の第一皇女アイナが流行り病により病床に伏しております。
カヲル王子の名をうわ言で呼んでおりますので、至急見舞いにお越しいただきたく候”
アイナ姫が病気……!?
彼女は気が強いが、実はとても寂しがり屋だ。
両親とは離れた城に一人で住んでいて、頼れる相手がいないんだ。
そんな彼女が僕の名前を呼んでいる……。
幼い頃から僕は彼女をよく知っている。
僕は彼女をずっと愛してきた。
彼女のことを一番にわかっていて、安心させてあげられるのは僕なんだ――!
「行かなければ……! 出立の準備を!」
「かしこまりました」
柴犬はびしっと敬礼を決めると、くるんと丸まった尻尾を僕に向けて足早に部屋を去った。
「カヲル王子……。アイナ姫の元へ行ってしまわれるのですか?」
不安気な瞳のココを見ると、出立の決心が揺らいだ。
しかし、僕がアイナ姫の見舞いに行ったからといって、彼女を突き放すわけじゃない。
「すまない。姫は急病のようなのだ。
彼女は僕が傍にいないと駄目なひとなんだ。
戻ってきたら、君の今後について改めて相談にのるから」
僕はそう言い置くと、悲しげに見送るココを残して慌ただしく部屋を出たのだった。
――――
――…
……
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