第78話・思い出の中

 ロマリアの王女であるミアさんからロマリア王の事やラッセルの話を聞いた俺達は、この異世界における魔王ラッセルの脅威がロマリア王によって意図的に作られ広められたものだという事を知った。

 しかし、ただ噂を広めるだけでは魔王ラッセルの脅威は世界中に伝わらない。そこでロマリア王は魔術で姿をラッセルに似せた者達を各地に派遣し、そこで身寄りの無い子供達が居る孤児院の人達の懐柔などを進めながら、色々な場所でゲリラ的に争いや問題を起こしたり破壊活動を行わせていたらしい。

 更に言うと、モンスター達が引き起こした偶発的な事件さえも、魔王ラッセルがそれを行わせたかの様に情報操作をしていた様だと聞いた。

 ロマリア王が抱く世界の国々の先頭に立つという野望。それはかなり昔から念入りに進められていた計画らしいが、ロマリア王がどうしてそんな野望を持つに至ったのかは、娘のミアさんも分からないと言っていた。

 しかしこの異世界における魔王ラッセルの脅威を解消する方法は分かったわけだから、後はそれをどうやって達成すれば良いかが最大の問題になる。なにせ相手は一個人ではなく国なのだから、どんな事をやるにしても色々と難しいだろう。

 だが、とてつもない力を持つ魔王を倒せ――なんて言われるよりは、囚われの魔王を救い出せ――と言われる方が、まだ何とかなりそうな気はしてくる。

 そんなわけで俺達は、そのままリュシカ達が泊まっている宿で日暮れ近くまで話を続けた。


× × × ×


 アリアントの街へ来てから二日後の朝。

 前日までに色々と準備を済ませた俺達は、ミアさんも連れてロマリアへと出発していた。

 本来なら王女であるミアさんには危険が伴うので街に残ってもらうのがベストだったとは思うけど、囚われのラッセルを助け出す為にはミアさんの協力は絶対必要になる。

 だけど俺達の考えだけで同行を求めるわけにもいかないので、ミアさんにどうするかを尋ねたところ、『これはロマリアが引き起こした問題ですから、当然私もついて行きます』と、力強くそう言った。国を飛び出してまでアストリア帝国へ助力を求めようとしていたんだから、ミアさんがこういうのは必然だったのかもしれない。

 と言ったわけで、ある程度の変装をしてもらったミアさんを連れて旅を再開したわけだが、あの仮面の集団がロマリアから飛び出したミアさんを捕らえる為にやって来た追っ手だったとすると、このまま何事も無くロマリアへ辿り着けるとは思えない。なにせミアさんを助けた俺達の人相は、仮面の集団には既に知られてしまっているんだから。

 そんな事を思いながらロマリアへ向けて人気の無い平原の街道を歩いていると、遠くから数匹のモンスターがこちらへ迫っているのが見えた。


「ちっ、モンスターか……」


 人じゃないだけまだ良かったかもしれないけど、次の目的地へ着くまでにあまり時間を使いたくはない。ここは素早く対処をして先へ進むべきだろう。


「か弱き我らを支える盤石な大地よ。我の声を聞き届けたまえ」


 そう思って迫り来るモンスターに向かって臨戦態勢をとろうとしたその時、突然ミアさんが俺達の前に立って両手を前に突き出し、魔法の詠唱を始めた。

 すると突き出された両手の前に赤く輝く魔法陣が展開され、その魔法陣から大地に向かって魔力が流れ始める。


「流れ出る我の力に呼応し、その力の一端をもって迫り来る脅威を討ち滅ぼさん! ロックシュート!」


 出現していた赤い魔法陣がカッと眩しく輝いた瞬間、魔力を送っていた大地から無数の鋭く尖った石が上空へと飛び上がり、矢の雨となって向かって来ていたモンスター全てを撃ち貫いた。


「す、すげえ……」


 迫って来ていたモンスターは全て地面へと崩れ落ち、ピクリとも動かない。それは本当にあっと言う間の出来事で、俺はその光景に驚きを隠せなかった。


「さあ、先を急ぎましょう!」


 ミアさんは気合十分と言った感じでロマリアへと続く街道を再び進み始める。そんなミアさんに釣られる様にして、俺達も街道を再び歩き始めた。


「リュシカ。さっきの魔法、かなり凄くないですか?」

「かなりなんてものじゃありませんよ。詠唱から発動までの速さや威力、発動させた魔法の全てを敵に命中させる精度、どれを取っても超一流の魔術師ですよ。しかもあれを杖などの補助装備も使わずにやったんですから、あれだけを見れば一級の実力を持つウィザード系冒険者以上ですよ。

「流石は魔術国家の王女様。魔術師としての資質は相当あるって事ですかね……」

「それもあるかもしれませんが、あれは本人の努力によるものが大きいでしょうね。いくら資質があっても、あれほどの魔法を使える様になるのは難しいですから。こと魔法の精度だけなら、ミアさんは私を遥かに越えるかもしれません」

「へえー。凄いな……」


 リュシカの本当の実力がどのくらいなのかは未だに分からないけど、それでも俺の想像が及ばないくらいの実力者なのは何となく分かる。そんな彼女がミアさんを素直に褒めた。それだけでもミアさんの実力が俺以上である事は想像に難くない。


 ――みんなそれぞれに違った強さがあっていいな……。


 どこまでも自分が弱小冒険者である事が悔やまれ、思わず溜息が漏れる。もちろん今まで色々な戦いをして来たんだから、それなりに実力は付いてきているとは思う。

 しかしこうも周りに優秀な人材がゴロゴロ居ると、どうしても自分の実力は霞んでしまう。その事が男として単純に悔しい。

 そんな事を考えつつ街道を歩き、しばらく進んだ後で街道から外れてロマリア国を目指した。

 なぜ街道から外れた道を行くのかと言えば、もちろん理由はある。それは仮面の集団がロマリアからの追っ手だったと仮定した場合、ミアさんを助けた俺達の事は既に相手には知られている事になる。そうなれば当然、正規の手順でロマリアへと近付くのは難しい。

 そこでミアさんからもたらされた提案は、ロマリアの国境線沿いを西に進んだ先の森の中にある遺跡ダンジョン、その中にある秘密の通路を通ってロマリアへ向かおうというものだった。

 しかしここで問題なのは、ミアさん自身がその秘密の通路を使った事が無いので、その遺跡ダンジョンに着いたら秘密の通路を探し出さなければいけないという事だ。

 久しぶりのダンジョン探索。どんな危険が待ち受けているのかと思うと不安になるけど、どこかワクワクした思いがあるのも事実で、そんなところが俺が冒険者である事を強く意識させる。

 そんなこんなで西にあると言う森の中の遺跡ダンジョンを目指して進んでいた俺達は、何度かモンスターに遭遇しながらも夕暮れ前には遺跡ダンジョンがある森へあと半分と言うところまで辿り着き、そこでキャンプをして明日に備える事にした。

 そしてみんなが寝静まった後、俺は見張り役として焚き火の前に座り、右隣に居るピヨ達と共に辺りの様子を窺ったりしながら夜を過ごしていた。


「リョータさん」

「あっ、ミアさん。どうしたんですか?」

「ちょっと眠れなくて」

「そうでしたか。あの、体調は大丈夫ですか?」

「ご心配ありがとうございます。体調の方はもう大丈夫です」

「そうですか。でも、無理はしないで下さいね?」

「「ピヨピヨ!」」

「ふふっ。分かりました」


 月明かりが美しい夜。ささみとせせりを真ん中に挟んだ状態で俺はミアさんと話を始めた。

 ちなみにささみとせせりは、自分達の意思で俺の隣に来て見張りを手伝ってくれているみたいだ。ホント、どこかの駄天使にも見習ってほしいくらいに可愛らしい。

 焚き火を前にして左隣に居るピヨ達の頭を優しく撫でるミアさん。その表情はとても優しく、それでいて王女としての気品をひしひしと感じさせる。


「ミアさん。ちょっとお聞きしてもいいですか?」

「はい。何でしょうか?」

「ロマリア王。つまりミアさんのお父さんですが、どんな方なんですか?」

「……今はすっかり変わってしまいましたが、昔の父はとても優しい人でした。父はロマリアでも屈指の魔術師で、そんな父を私は誇りに思って魔術の修行を父から受けていました。もちろん修行の時は厳しかったですが、私も父の様な立派な魔術師になって国を支えたいと思っていたので、厳しい修行にも耐える事ができました」

「そうでしたか……」


 ミアさんの思い出のほんの一部分を聞いただけだが、これだけを聞くとロマリア王が今回の様な事を考えた様には思えない。

 だが、どんな人でも何を切っ掛けに歪むか分からないのが人であるのも事実。仮に何かがあって歪んだのだとしたら、いったい何がロマリア王を歪ませたのだろうか。


「……ミアさんは何があってロマリア王が今の様になったんだと思いますか?」

「……正直に言って分かりません。私には突然父が変わった様にしか見えませんでしたから」

「それじゃあ、ロマリア王は様子が変化する前は何をしていたんですか?」

「様子が変わる前ですか? えーっと…………そう、確かあの頃はロマリア領内でいくつもの不可解な事件が起きていて、その対処の為に色々な場所を調べていたと思います」

「不可解な事件ですか?」

「はい。あの時期はロマリア領内で行方不明になる人が多数出ていて、王である父もその原因解明に追われていました」

「行方不明事件ですか……それで、その事件は解決したんですか?」

「はい。ある日ですが、いつもの様に捜索へ出ていた父が戻って来た時に、『問題は解決した』と言いました。そしてその頃を境に行方不明事件は起こらなくなったんです」

「なるほど。それで、その行方不明事件の原因とは何だったんですか?」

「それが……父はその事を話してはくれなかったんです。『終わった事だから』と言って」


 話を聞けばそんなものなのかなと思いもするけど、ミアさんから聞いた性格が変わる前のロマリア王の事を考えると、どうにもおかしな感じはする。それが何かは分からないけど、どうにもすっきりしない感じがあるのは確かだ。

 それから俺はミアさんにいくつかの質問をしながらそれに答えてもらい、自分の中に生じた疑問を一つ一つ解消し始めた。

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