第30話・世界は理不尽に溢れている
捨てる神あれば拾う神あり。そんな言葉が転生する前に居た日本にはあったけど、この異世界には拾う神も女神も居なければ、人間すらも居ないようだ。
燃料石が入ったランプが薄暗い通路と階段に十メートルくらいの間隔で吊るされた中、俺は縄で縛られまま両脇に居るフルプレートを纏った兵士二人に腕と肩を掴まれた状態で城の地下へと連行されていた。
普通自動車二台分くらいはあるだろう、決して明るくはない通路。そんな通路の両側にはいくつもの小さな部屋がある。
そしてその小さな部屋の中には、様々な様子を見せる人達の姿があった。
その様子を見て言い知れない恐ろしさを感じていた俺は、開かれた冷たい鉄格子の扉の奥へと入れられた。
「お前の処刑は明後日の昼頃に決まったそうだ。それまでの間、自分の犯した罪を悔いるがいい!」
「えっ!? そんな! 待ってくれっ! 俺は何もしていない! 何もしてないんだ! 誤解なんだ――――っ!!」
全力の叫びが薄暗い空間に響く中、フルプレートを纏った兵士はガチャガチャと音を立てながら無言で上の階へと戻って行く。
その様子を見た俺は力無くうな垂れ、冷たい石畳の上へと座った。
「何でこんな事になるんだよ……」
薄暗い牢獄の中、俺は我が身の不幸を嘆いて色々な事を考えていた。どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだとか、どうしてこんな事になったんだとか、どうしてこう運が無いんだとか、本当に色々な事を。
ある種の諦めにも似た気持ちで牢屋の奥へと行き、冷たく
「ラッティは大丈夫かな……」
こうなる前に一緒に居たラッティの事が気にかかるが、今の俺にはそれを確かめる術が無い。
「はあっ……どうすりゃいいんだ……」
どうして俺がお城の地下にある牢獄に投獄されたのかと言うと、今から数時間くらい前に起こった出来事が切っ掛けになる。
× × × ×
街道の行方不明事件を起こしていた魔王幹部のティア・ミーティルさんと、その妹のティナさんが営む雑貨店に来ていた俺は、話の流れから魔王の名前やその姿を知る事となった。
その際にティアさんが暴走して色々大変だったけど、『まだ出会ったばかりだから』とか、『もっとお互いをよく知る時間を作りましょう』とか、そんな事を言いながらティアさんの説得を続け、ようやくお昼前には気分を落ち着けてくれた。
それにしても、まさかティアさんがあの様なヤンデレ気質を持っているとは思わなかった。これからティアさんと会話をする時は、細心の注意を払わないといけないだろう。
妙に疲れた気分を感じながら、冒険者ギルドがある祝福の鐘へと向かう。
こうしてギルドへ向かう目的は、ティアさん達の事を報告する為ではない。単純に朝から摂ってなかった食事を摂る為だ。
冒険者の一人としては魔王に関する情報を伝えた方がいいんだろうけど、今回はそれをしない事に決めている。
なぜならティアさんの言っていた話を聞く限りでは、ラッセルと言う魔王が今この世界を脅かしている存在であるとは考えにくいからだ。
もちろんそれを裏付ける証拠があるわけじゃないから、ティアさん達の言っている事を全面的に信じたわけじゃない。彼女達がわざと魔王の為に嘘をついている可能性だって十分にあるわけだから。
でもそれなら、情報漏えいの危険を冒してまで俺に魔王幹部である事を明かす必要は無かったわけだから、そこはよく分からない。
考えれば考える程に色々な可能性は出てくるけど、今はとりあえずティアさん達の事をある程度信用しておこうと思った。
何だかんだで街道の行方不明事件では実害を出しているわけじゃないし、僅かでも生命力を奪った人達にはお礼として1万グランを持たせていたらしいから。まあ、その様に律儀な事をする人達が悪さをするとは思いたくないってのが本音ではあるけど。
色々な事を考えながら歩いて祝福の鐘へ着くと、中に居る沢山の冒険者の中からラッティが姿を見せて俺の方へと近寄って来た。きっと木製のスイングドアが開く音がする度に、誰が来たのかを確認していたんだろう。
「にいやんおはよー!」
「おはよう、ラッティ。リュシカとニャンシーはどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」
「二人はお買い物に行ったよー」
「そっか。ラッティは何で一緒に行かなかったんだ?」
「うち、にいやんとお昼ご飯を食べようと思って待ってたの!」
「そっかそっか、待たせてごめんな。そんじゃあ、さっそく何か食べよう」
「うん!」
ラッティは店側が特別に用意してくれているお子様椅子を取りに行くと、それを持っていつもご飯を食べているテーブルへと向かった。
金色キノコ盗難事件があったり、街道行方不明事件があったりで資金もだいぶ減ってしまったけど、とりあえず今はそんな事を忘れてしっかりと一休みしたかった俺は、少しだけ贅沢な食事をしようと注文をする。
それからしばらくして注文した食事が来たので、俺はラッティにこれまでの出来事を話しながら食事に舌鼓を打つ。
そして食事をしながらラッティと話す事しばらく。不意に俺達のテーブルの横に座った冒険者達の話す声が聞こえてきた。
「そういえば聞いたか? 隣国のアストリア帝国の皇女様が行方不明になったんだとさ」
「マジか!? それって誘拐でもされたって事か?」
「さあな。でも、あの城塞帝国アストリアから皇女を誘拐するとか無理じゃないか?」
「まあ、確かにそうだな。でも、もし誘拐されてたら大変だぞ?」
「だな。あの国の女帝は厳しい事で有名だしな」
――隣国の皇女様が行方不明ね……。
王族や皇族ともなれば、
もちろん一般人でも誘拐なんかはあるだろうけど、俺みたいな貧乏冒険者を好き好んで狙う奴は居ないだろうから安心だ。
そのような事を考えながら食事を進めていると、見慣れないフルプレートの武装をした人達が十数人くらい店の中へと入って来た。
ガチャガチャとうるさい金属音を立てながら中へと入って来たその集団は、中に居る冒険者達の様子を窺う様にしながら奥の方へと進んで来る。
そんな連中の行動に、中に居る冒険者達は一様に嫌な表情を浮かべ始めた。それは俺も例外ではなく、ガチャガチャとうるさい多数の金属音に顔をしかめていた。
耳障りな金属音が絶えず聞こえる中、段々とその耳障りな音がこちらへと近付いて来る。そして俺の座っている席の後ろへとその音が迫った瞬間、一瞬その足音が止まった。
「ヴェルヘルミナ様っ!? こんな所に居られたのですか!?」
言うが早いか、声を発した人物は更に大きな金属音を立てながら俺の目の前で食事をしているラッティの横へとやって来た。
「むぐむぐ……おっちゃん誰?」
「こ、これまたご冗談を! 皇女護衛隊のリーダー、ヒクソンでございますよ!」
横に来たオッサンに食事をしながらラッティがそう問いかけると、そのおっさんは焦った様子で答えた。
しかしラッティはオッサンの返答に口をもぐもぐと動かしながら首を横へと傾げるだけ。
「あの、人違いじゃないですか?」
「何だと? お前は誰だ?」
「僕は冒険者の近藤涼太と言います。そしてこの子はヴェルヘルミナって名前じゃなくて、ラッティって名前なんですけど」
「そんなはずはない! このお方は間違い無く、アストリア帝国の皇女ヴェルヘルミナ様だ!」
こんなハロウィンの時期に居そうな格好をしている幼女を見て皇女様と断言するとか、アストリア帝国の皇族ってのはどんだけファンシーなんだろうか。
「いや、だからですね、この子は皇女様ではないんですよ。なあ? ラッティ」
「うん。うち、そんな変な人じゃないよ?」
ラッティは皇女がどういうものなのか分かっていないようだ。まあ、七歳の幼女が知らないのも無理はないと思う。
「ヴェルヘルミナ様、いったいどうなされたのですか!?」
どうやら俺やラッティの言っている事はまったく信じてもらえていない様で、オッサンは更なる困惑の表情を見せながら取り乱し始める。
「そうか……お前がヴェルヘルミナ様に何かしたんだな?」
「はいっ?」
こんな騒動には付き合っていられないので、食事の最中ではあるけどラッティを連れて外へ出ようと席を立とうとした瞬間、オッサンはくぐもった声を発しながら俺を睨む様に見てきた。
「お前がヴェルヘルミナ様におかしな事をしたんだろう!? だからこのヒクソンを見ても知らないなどと言うのだ!」
「いやあの、だからですね――」
「こやつはヴェルヘルミナ様を誘拐した誘拐犯だ! ひっ捕らえいっ!」
「「「はっ!」」」
「ちょ、ちょっと!?」
「にいやん!」
おっさんの怒号が店の中に響くと、中に居た兵士達が一斉に俺の方へと向かって来て取り押さえられてしまった。
「ちょっと! 何するんですか!? 俺達は関係無いって言ってるでしょ!」
「ええい黙れっ! ヴェルヘルミナ様をたぶらかした不逞の輩めっ! お前達はコイツをアストリア帝国まで連行しろ! 私はヴェルヘルミナ様を連れて後から戻る!」
「はっ!」
「さあ、参りましょう。ヴェルヘルミナ様」
「やだやだっ! うちはどこにも行かない! にいやんと一緒がいいっ!」
「ヴェルヘルミナ様……これ以上このヒクソンを困らせないで下さい。さあ、行きましょう!」
「にいやん! にいや――――ん!」
「ラッティ――――!」
周りに居た数人の兵士に命を下したオッサンは、暴れるラッティを抱え上げて外へと連れて行く。
俺は大きく声を上げて抵抗するラッティを前に何もできず、しばらくしてから縄で縛られて馬車に乗せられ、そのままアストリア帝国へと連行されて牢獄へ投獄される事になった。
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