第29話・魔王とその仲間達

 街道の行方不明事件が解決した翌朝。俺はその事件を起こしていた本人であるティアさんと、その妹であるティナさんが営む雑貨店ミーティルへと来ていた。


「お茶をどうぞ、ダーリン」

「は、はい。ありがとうございます」

「ふふふっ」


 お店の中にある丸型テーブルを挟んだ木製の洒落た椅子に向かい合って座ると、ティアさんがお茶を振舞ってくれた。俺はそんなティアさんに恐縮しながらティーカップに注がれたお茶を飲む。

 本当ならこんな美人に『ダーリン』とか言われれば天にも昇る気持ちで嬉しいんだけど、彼女達がこの世界を脅かしている魔王の幹部だと知った今、素直にこの現状を喜ぶ事はできない。

 しかしながら、彼女達が言っている事が事実であるという保障はどこにも無い。もしかしたら、彼女達のちょっと質の悪い冗談って可能性だってある。

 そんな事を考えていた俺は、彼女達の言っている事が違う可能性を考えて色々と質問をしてみる事にした。


「あの……お二人は魔王幹部だって言ってましたけど、その魔王幹部がなぜこんな所に居るんでしょうか?」

「あら、魔王幹部がお店を経営してたらおかしいかしら?」

「まあ、普通は変だと思いますね。魔王って言ったら生きとし生けるものを滅ぼし、街を破壊して悪逆の限りを尽くすってイメージがありますから」

「ふーん。そういうイメージって、相変らず世間では今も昔も変わらないのね。でもダーリン、考えてみて? もしも魔王が生きとし生けるものを滅ぼそうとしているなら、そいつらを滅ぼした世界で魔王はいったい何をするの? 誰も居なくなって寂しいだけじゃない?」


 そんな事を割と真面目に問い返すティアさんに対し、俺はちょっと戸惑った。確かに全ての生き物を滅ぼしたところで、魔王にどんな得があるのだろうかと思ったからだ。


「うーん……それはまあ、自分の理想郷を作る為とか、魔王に選ばれた者だけが住める世界を作る為とか……そんな感じじゃないですかね?」

「それだったら自分で国を作った方が早くない? それにわざわざ他国や大勢の人達と戦う労力やリスクを考えれば、色々な人達と交友をもった方が遥かに良いと思うけど?」

「ま、まあ、確かにそうですね……」


 これでもかと言うくらいに正論を述べられ、俺はぐうの音もでなくなってしまう。

 そして俺が最も驚いているのは、ティアさんの考え方がえらく平和的でまともなところだ。どうしてこんな人が魔王幹部なんてやっているんだろうと、そっちの方が疑問に感じる。


「あの、それじゃあ何で魔王はこの世界を脅かしているんですかね?」

「そこなんだけど、ダーリンは実際にアイツ、つまり魔王が誰かを襲っているところや街を壊しているのを見た事がある?」

「いや、無いですね」

「でしょうね。だったらどうして魔王がそれをやったって思えるの?」

「それは……この世界のみんながそう言っているからですかね」

「なるほど。でも、そう言っている人達だって魔王から直接攻撃を受けたりしたのかしら? 少なくとも私が知る限りでは、あのアホがそんな事をするとは思えないのよね」

「ずいぶんとお詳しいんですね」

「まあ、アイツとは結構付き合いも長かったしね」


 苦笑いを浮かべながらそう言うティアさん。

 魔王がいったいどんな奴なのかは知らないけど、ティアさんの話を聞く限りでは悪者だとは思えない。


「それじゃあティアさんの話が事実だとしたら、何で魔王がこの世界を脅かしているって事になってるんですかね?」

「さあ? 私もアイツとは随分会ってないから、今どうしてるとか知らないのよね」

「えっ? 魔王幹部なのに知らないんですか?」

「魔王幹部とは言っても、昔の集まりの腐れ縁ってだけだから。それに私はティナと一緒にこのお店を大きくして、世界中にこのお店の存在を知らしめるって目標があるから、世間で言われているところの魔王がやっている事には興味が無いのよね」


 そんな風に夢を語るティアさんの表情を見ていると、とても嘘をついている様には見えない。

 しかし、そうなると益々分からなくなる。だってこの世界の人達は、魔王の脅威を打ち払うべく戦いをしているはずだから。


「……ちなみにですが、ティアさん達が魔王幹部だと言う証拠みたいな物はありますか?」

「証拠? うーん、そうだなあ……まあ、証拠と言えるかは分からないけど、昔みんなで撮った念写映像ならあるわよ?」

「念写ですか?」

「うん。持って来るからちょっと待っててね」


 そう言うとティアさんは席を立ってから店の奥へと向かって行った。

 そしてしばらくしてから水晶玉の様な物を持って戻って来ると、おもむろに店中のカーテンを閉めて中を暗くした。


「今映像を出すから待っててね」


 暗くした店内の真ん中にテーブルを移動させてそこに水晶玉の様な物を乗せると、ティアさんはその上に両手を出して呪文の様なものを唱え始める。

 そしてティアさんが呪文の様なものを唱え終わると、その水晶玉の様な物からまるでプロジェクターの様にしていくつもの画像が店内の壁に映し出された。


「すげえ……」


 まるでプラネタリウムで見る星の様に、店内には無数の映像が映し出されている。


「えーっと、確かこの辺に…………あった! これよダーリン」


 無数の映像の中から何かを探していたティアさんは、目当ての物を見つけて俺を手招きする。

 そんなティアさんの側へと近付いた俺は、指差されていた一つの映像を見た。そこにはティアさんとティナさん、他に複数の男女が写っている静止映像があった。


「もしかして、この人達は全員魔王幹部なんですか?」

「そうね、そう言う事になるかな。そしてこの真ん中に映っているのが、今世間で噂の魔王ラッセルよ。まあ、本名はほとんど知られてないでしょうけどね」


 ティアさんが指差した人物は、とても世間で恐れられている噂の魔王とは思えない程に優男やさおとこな風貌で、これを見る限りではとても魔王の様には思えない。


「へえ……ラッセルって言うんですね、魔王の名前。初めて知りましたよ」

「そうでしょうね。それに本人はこういうのに映るのが嫌いだから、映像もこれしかないんだけどね。それよりダーリン、これからデートに行かない?」

「えっ!? デートですか?」

「うん。だって私、まだ告白の返事をダーリンから聞いてなかったから」


 上目遣いで顔を赤らめながら、ティアさんは色っぽくそんな事を言う。

 本来ならとても喜ばしい事だけど、世間での魔王の認識具合を考えると、簡単に『お付き合いします』とは言えない。


「あの……その事なんですが、ティアさんと僕は付き合わない方が良いと思うんですよね」

「えっ!? ど、どうして!?」

「それはその……一応僕は魔王を討伐する事を目的としている冒険者ですし、ティアさんと僕の立場、世間での魔王に対する認識を考えるとお互いに良くないと思いますので」

「そ、そんな…………」


 その言葉にガックリと床に座り込むティアさん。その様子は見ているだけで辛くなる。

 俺だってティアさんが魔王幹部だと知らなければ、喜んでその好意を受け入れた。それだけにこの状況は本気で辛い。


「あの……ティアさん、そんなに落ち込まないで下さ――」

「アイツをってくればいいのね?」

「はい?」

「ラッセルを殺ってくれば、ダーリンは私と付き合ってくれるのよね?」

「あ、あの、ティアさん?」


 突然妙な事を口走り始めたティアさんに、俺は少し怖気立おぞけだってしまう。


「今からアイツを仕留めて来るから! ダーリンはここで待っててっ!」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「離してっ! アイツを殺らなきゃ私とダーリンの幸せな未来は無いんだからっ!」

「お、落ち着いて下さい!」

「あらあら、どうしたんですか? まあまあ。姉さんたら、また熱くなってるんですね」


 お店の奥から出て来た妹のティナさんが、なぜかにこやかにそんな事を言う。


「ティ、ティナさん! お姉さんを止めて下さい! 今から魔王を殺しに行くとか言ってるんですよ!」

「そうなんですか? でも、姉さんなら大丈夫ですよ。姉さんはラッセル君よりも強いですし、あっさりとラッセル君を殺ってくれると思いますよ?」

「いやいや! そういう事じゃないんですよねっ!」


 にこやかに恐い事を言うティナさんに戦慄せんりつを覚えつつ、今にも店を飛び出そうとしているティアさんを必死で抱き押さえる。


「ダーリンと幸せな未来を掴む為なのっ! だから離してえーっ!」

「姉さんはそうなると熱が冷めにくいですから、時間をかけて説得して下さいね」

「お願いだから止めるの手伝ってええええええ――――っ!!」


 興奮冷めやらぬティアさんを全力で押さえながらズルズルと引きずられつつ、俺はティアさんの説得をする事になった。

 冒険者が最終討伐目標である魔王の命を助ける為に奮闘するなんて前代未聞の話だと思うけど、それでも俺はティアさんを止める為に時間を使って必死の説得を試みた。

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