第46話 Mysterious Traveller

 次の日の朝、歩いていたテルセがいきなり足を止める。森は海に向けて険しい谷や崖になっている。歩いているところからは海が見えることは少ない。だがこの時は、開けて谷と岸辺が望める所に出た。谷の向こうに海が見えた。そしてその手前に、谷に沿って家がいくつかあるのが、眼に入って来た。

「テルセ……家ですね」

「シマのクニの村の一つでしょう。シマの都はもっと大きい」

 思わず顔を見合わせる。私はテルセに尋ねる。

「村の者にどのようにまみえましょうか」

「何か土産ものをもって謙って言葉をかけるのが良いと思うのですが……」

 私は、《女たち》から学んだ色々なことを思い出す。

「土産もの、難しいですね。例えば獣を差し出すのはとてもいいと思うのですが、ところによって、ある獣を神の代わりと考えることがあるのです。例えば鹿を神の使いと思っている者どもに、鹿を殺して差し上げるのは極めて悪いことです」

「イノシシはどうですか?」

「イノシシ捕まえるつもりなの!? イノシシも村によっては神の使いと考えるかも」

「蛇は?」

「蛇も貴いものと考えられることが多い」

「兎は……?」

「うーんわかんないよ。私の首飾りを差し出しましょう。玉石なので、ここいらでは珍しいと思います」

おやから次いだものなのでは……」

「いいのです」

 首飾りを外す。外してから心づいたが、テルセの言う通り、祖から貰ってずっと付けていたものだ。

「《女たち》から古い言葉を継いでいます。初めて相見あいまみえる相手に向けて語る古いちぎり祝詞のりとの言葉。我がクニにいるときは、全くの他所者とは見えることなどありませんでした。まさかこの古い言葉を使う時が来るとは。このやり口でやってみようと思いますが、構いませんね」


 谷を下るうちに小道にでる。そのまま村に歩みを進める。建物は二十ほど。小さな掘立た家が、谷に沿うわずかなところに立っている。

 はじめに現れたのは、小さな子供が二人。道沿いで棒を持って追いかけっこしているところに出くわした。ぎょっとしたように足を止めて、じっとこちらを見ている。文身は見たことがないような彩を描いていた。

「こんにちは。はじめまして。大人の人はいますか?」

 跪いて、ゆっくりと話す。仇ではないことを、子供にもわかるように。

 二人は黙って、村の方に駆け出して行った。

 しばらくすると、村にいる大人が挙って道に現れた。

「テルセ、道から外れて草むらで畏まりましょう」

「姫がそんな」

「ここでは他所者です。カラクニの《書》に、こういうときはこうするべき、と書いてありましたよ」


 村の者がおおよそ集まった所で、古い契の言葉を出す。くだくだしい言葉だ。遠くから来て、見えた嬉しさを申し述べ村に宿らせてほしいことを伝える。そして、あらかじめ跪いたその先に置いてあった玉の首飾りを交わりのしるしとして差し出す。

 相手は何も言ってこず、怪しい者を見る目つきだ。これよりほかの手はないので、私も黙ってしまう。しばらくすると、年老いた女が遅れてやってきた。女の後ろには、これを支える者どもが三名従っている。ここの大婆だ。村の者はこの女の方を向く。いくらかの者が女に語りかける。

 ここだ、と思って、もう一度古い言葉を申し述べる。正しく、違わず、全く同じものをもう一度。

 語り終わった大婆が口を開く。「山から来たのか?」

「その通りでございます」私は、ゆっくりと申し述べる。

「幾日歩いた?」

「十日程です。人の行き来が多くなり、諸々の国々を巡っておりました」

「古い言葉を聴いた。私も母の母からそんな言葉がある、と聴いたきりの言葉だ」

「祖から継いでおりました」

「我が祖と汝の祖とはどこかで見えたのだろう。だから互いに契の言葉がわかった。見えたことを言祝ぐ」

 そう言って、《大婆》はまた古い言葉を申し述べ、私の言葉に返した。「長旅をして参りました。幾日か宿らせて下さい。後にシマのクニに参ります」と伝える。《大婆》は輩に話をして、私たちを村の中へ導いてくれた。


 ここは崖から河が海に流れ込む所で、僅かばかりの平らなおかがある。家は崖にへばりつくようにある。二十ほどの家が見える。長の家に着く。男たちの多くは今は海に出ているという。大婆とそれに従う者に導かれて家に入る。しばらくすると者どもは去り、テルセと二人きりになる。

「なんとか話ができました。玉石も受取ってもらえたし」

「玉石を得て、私たちを生かしておかなくともよい、とは思われないのですか」

「恐らく思われない……と考えたいです。手は尽くしました。もし危うくなったら逃げましょう」

「お守りできないかも、ああああああ」

「テルセ落ち着いてよ。恐らくこのあと私の考えでは、宴が始まります。それで肝になるのは、いただいたものをしっかりと食べて、飲んで、美味しいと周りに解るように振る舞うことです。これは他所者としてとても要になる振る舞いです」

「毒が入っているかも」

「テルセ! 食べ物は大きな器や鍋で出てくるはずです」

「わかりました……」

「私たちが遠くまで逃れるためですよ。わかりましたね」

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