第39話 アキマの行ない

 ナシメの代わりに斎の宮に来るようになった男はナシメの族の者であるといっていた。暇乞いから四日後、ナシメが死んだことを聴いた。

 それから十日後、大きなモガリが終わったことが我が斎の宮の高殿から見て取れた。あとは埋めてしまうだけ。おそらくヒミコおばさまの塚の近くに葬られることだろう。片づけられるモガリや、引けていく人々を眺めながら思う。

 ナシメから引き継いだ男はそれなりに仕事をよく解っていたのだが、ひと月ほどで別に男に代わった。次の男がどんな有り様であるかまだわからぬうちに、取次はさらに別の男に代わった。


 三人目のこの男は、四日前からこの宮に勤めている。まじないについて詳しくないのか、前の年にどうだったかばかり尋ねてくる。私は前の年がどうだったかと、さらに前の年やヒミコおばさまの世でのやり口を伝える。そして、なぜそうするのか、訳も教える。この男はしばらく黙ったあと、もっとも良いやり口を私に確かめてから、物事を決める。

 これでいいのか? と思いながら五日目を迎える。春に向かうこの頃としては、おかしな向きから風が吹いてくる夜だった。

 夜、テルセが灯したずっとあとに、男がやってきた。男の後ろに、もう一人男が立っている。文身からして取次をする男の族の者なのだろう。年はかなり上に見える。知らない男だ。

 後ろから現れた男はいきなりずかずかと斎の宮に足を踏み入れ、私の目の前に来る。驚いて何もできないでいると、襟を後ろに引かれて倒される。そのまま圧し掛かられ、帯をほどかれる。腹の所から着物に手を入れられ、胸を掴まれる。股をまさぐられ、首筋に唇を押しあてられる。男の唾の匂いがする。逃れようともがくけれども、身体の重さで押しつけられて身動きができない。やめるよう言葉を出そうにも上手くできず、情けない声を出してしまう。嫌な汗が出始める。

 何もできないことがわかり、目を固くつむってただ堪えることにする。しばらくすると男が取次の男に語り始める。

「うーん。噂にたがわぬ巫女だったが、どうもいけない。この巫女ならばいけると思っていたんだが。おい、お前。いよいよお前がちゃんと子を作らんといけなくなったぞ」

「おじ、俺は今の妻は皆嫌いだ。早く別の妻を加えてくれ」

「お前それこの前も言ってなかったか? 病で残ったのはお前だけなんだ。早く男になれ」

 話を聴いているうちに、いつの間にか身体が軽くなり男が離れたことがわかる。だが、離れたことで身に染みついた男の臭いをより深く覚える。心づいた時には男は乱れた着物を元通りにして、すでに宮から降りて行くところだった。取次の男は私を少しだけ見て、「おじ」と読んだ男のあとを追っていった。


 手が汗でぐっしょりしている。頸筋も汗をかいており、それが冷えてきて心地が悪い。乱れた裾を元通りにする。元通りにしたはずなのに、何か違うような心持ちがして幾度も着物をあらためる。にわかにナシメの事を思い起こして。膝を抱えてうずくまる。まだテルセの灯した火は消えそうにない。宮は明るい。早く暗くしてしまいたい。

 やがて時は経ち、灯火の明かりが消えかけて手先がわずかに見える頃合いになる。入口と向かいの窓から大きな音がする。驚いて間の抜けた声を出す。すぐに、そちらから這入ってくる者が一人しかいないことを思い出す。

「トヨ」

「おいアキマ。……誰か知らない男に強ちに犯されそうになったぞ」

「近ごろ力のあるやつがらだ」

「誰も止められないのか」

「うん、俺だってできるのならさ……」

「いや、アキマが危うくなるのはよくないからいいんだけどさ」

「俺なにもできないな」

 そう言って、アキマは珍しく私の真ん前に座る。暗いからよくわからないけれど、私の事をじっと見つめて、それで手を握って、その手が肘に触れて肩に触れて。かづらに触れて、もうアキマと私は隔たりなく、互いに眼の前にいる。

「……そーじゃないじゃろ! そーじゃない!! あたしゃさっきまで犯されそうになっとんだ! なんで、なんで今、なんでそんなするかね!!」

 アキマはたじろいて身を離す。言い訳のような言葉を言って、すぐに宮から去ろうと立ちあがる。私はアキマの裾をつかむ。闇の中でも、上手くつかむことができたのはとっても幸いだ。

「待ってよアキマ。……しばらく隣にいてよ」

 アキマはしばらく動かないでいて、それでやがて静かに私の隣に座った。それでまた短い言葉で謝る。

「アキマそういうすったこなところあるよね」

 アキマはしばらく黙って、それでまた謝る。

「ま、いいんだけれど。だけど今はさ、昔みたいにしててほしい」

 互いにもう何も言わず、「昔みたい」と話はしたけれど何が何なのかよくわからないまま、とにかくアキマとしばらく壁に二人で凭れていた。

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