第21話『幕間:水平石を臨む』

 南六番の街、水平石みずひらいしは湖に浮かぶ五つの島から成る街だった。湖の南北は大河、東西は幅員馬車六台分が余裕を持って行き交える大橋によって繋がっている。この東西が南六番の蜘蛛網街道で、八方道――南北の街道は東の川沿いを通っている。


「ここは殿下の元に向かう途中に通り過ぎた街ですね」


 クライフは御者台で隣に座るタリムにそう話しかける。


「中州の島も相当の大きさだろう。湖に浮かぶ平石のような中州か、はたまた無数の支流が隔てる地か。ともあれ我らが先祖はここを水平石と名付け、街を築いた。もともとは北から運ばれた木材を加工する貿易都市だったそうだ」


 我がことのようにタリムが語る。バードルの誇りなのだろう。


「切り出された木材を国中に運ぶために整備されたのが蜘蛛街道だ。バードルの家具や家は、乾燥に強い。シャールにだって輸出していたんだぞ」

「職人の街なんでしょうね」

「炭も、鉄も、運ばれる。鍛冶も盛んだが――」

「鉄が少ないと」


 うむ、とタリムが唸る。そのとおりだからだ。

 クライフの大目的はエレアにまつわる因縁因習を解決することだ。これは変わらない。導師が許せぬ存在なのも変わらないが、向かうのは姫殿下を救うことだ。

 そこに中目的として、タリムの護衛が並ぶ。鉄を輸入し、武器を鍛え、シャールの精強な戦術を学ぶため、和平締結を為すためだ。


「為せるだろうか」


 タリムがぽつりと漏らす。

 エレアと同い年の少年の双肩に、国を動かす権限が乗せられている。国璽――この旅路の中でも何度か目にした、たかだか小石ほどの金印。深紅の組紐が付けられたそれは、少年の命すら押しつぶす重さを持っている。


「そこまでは私の仕事ではありませんので」

「冷たいぞ。獅子王子の肝いりではなかったのか?」

「私はゴルド殿下の妹君、エレア姫殿下の私兵ですゆえ」

「エレア殿下の?」


 言い忘れてたか? とその反応を見てクライフが気が付く。


「タリム殿下と同い年ですよ」

「――女王、か」

「次期女王です」


 外国とはいえ、シャールの『女王』の持つ意味は重い。タリムの言葉にも、シャール国内以上の畏怖が込められている。


「なあ、


 タリムが少し考えながら切り出す。


「シャールに行くなら、獅子王子殿下の元に……と思ったが」

「まさか」


 剣士は手綱を握りしめる。嫌な予感を感じたからだ。


「中立地帯からガランに向かうのはどうだろう」

「エレア殿下のもとにですか!?」


 予感が的中しクライフは思わず押し殺すように叫ぶ。幌がめくられ、狐白がニヤニヤとした顔を覗かせる。


「面白い流れになったな」

「決定じゃないでしょう」とクライフ。


 少女にしか見えない魔女に返すが、剣士自身さきほどの言葉で何か流れが変わった気がしてならない。


えにしだな」


 カハと笑って内に引き込む狐白に、タリムは「縁か」と頷く。


「裏をかけるやもしれんな」

「――それは、あるのか」


 だとしたら、ワタリに話を持ちかけるのが一番だろう。

 クライフは沈み往く陽を見ながら、考える。この街にも居るだろうワタリと繋ぎが取れるだろうか。なにはともあれ、今日から数日はこの街に滞在する。旅の糧食なども仕入れるからだ。


「美しいな。まるで炎の河だ」


 タリムが夕日に染まる河を眺め呟く。

 中立地帯西岸から海流に乗り船でガラン……か、とその流れを眺めながらクライフも考える。

 討手が差し向けられてるのはわかる。先んじてシャールに入られていた場合、海路を採用すれば裏をかける。しかし船、海上という逃げ場のないところで――となると、不安はある。

 水辺、沈み往く体、暗闇の不安。暗夜の死闘の恐怖が蘇る。


「赤獅子に頭を下げるか」


 しかしクライフはひとつ決める。

 恐れを超える何か。背中を押したのはどんな感情だったか。


「どうした?」

「いえ。とりあえず、国境くにざかいまで無事切り抜けましょう。海路の話は、それからです」

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