第44話『誘蛾の剣 4』

 獅子の瞳は大都市中の大都市で、しょっちゅう建て増しや改築、土木作業の行われる賑やかな街だ。上も賑やかだし、地面の下は下水の敷設から処理まで人手が足りない。

 大工であれ人足であれ、周辺の村落からも若者が出稼ぎに来るほど引く手あまただった。稼ぎもいいし、仕事も豊富。それでも人の入れ替わりが激しいのは、つまり、あらゆる意味において、ここは『獅子の瞳』だからだった。

 塀の中でさえ、魔獣魔物の類いの影はちらつく。ただでさえ、討ち漏らしは必ず発生するからだ。当然、犠牲も出る。犠牲が出れば、空きも出る。それを見て「じゃあこの辺で故郷に戻るか」とお暇する者も出る。

 季節を問わず、新しく獅子の瞳に働きに来る若者は多い。

 出ていく者も。


「間に合わねえ」


 獅子の瞳は執務宮、大工の棟梁の名前はオーキス。四十過ぎの働き盛りで、街中にこれからも増える不思議な塔の建造の一部を担ってる大手のひとりだった。

 彼が不平を漏らすとして、まずひとつは部下の仕事の遅さ。もうひとつは人の出入りだ。


「仕事を知ってるやつは少なく、技術があってもここを知るものは少ない。塀の向こうでちょいと大きい戦いがあれば根性なしはすぐに逃げ出す。――払いはいいと思うんだがな、うちの組合」

「親方、いやさ棟梁。新入りです」

「とかく人手は足りず、新たな猫の手は使えるか知れず、さりとて生きるためには仕事をし続けるしかなく、こうして今日も何度も繰り返している現場の説明会ってことになる。ああ、おとついも一棟おっ建てたばかりだっていうのに、なんでまたぞろ城内にもっと高いのぶっ建てなきゃならねえっつうんだ」

「仕事だからですよ」


 若手筆頭の言葉にオーキスは肩をすくめる。この大工は腕は確かだが愚痴も多くなってきているのを彼はよく知っている。人員の確保を任されている彼はその愚痴を少しでも少なくさせるために、長続きしそうな若手の補充に余念がない。


「口入れ屋からの手配で、手先の器用な者を何人か集めました」

「手先は後からついてくる。要は、今持ってる技術だ」

「流れの土工も何人かいますよ。三年の実績があるとか」


 確かか? という棟梁の視線に頷く筆頭。


「港の――これはガランの橋梁工事ですが、渡橋をふたつ作った工事に携わっていたとか。試しに足場を組む盛り土について聞いたらそつなく答えてましたよ」

「そらで答えられるのは、地力の証左か」


 棟梁は焼けた顔をピシャリと叩く。

 聞けば新入りは五人、十八人の古参に混じることになり、総勢は二十人と管理者ふたりとなる。ちょうど良い人数だった。


「高所作業は」

「可能でしょう」

「土台は任せられんから、この前建てた塔の後取りを任せる。そっちについてってくれ」

「へい」


 城内――執務宮の敷地内に設けられた建屋から出たふたりは、作業着姿の大工が集まる中、少し外れて自分を見上げる若手が集まる広場へと階段を降りながら片手を上げて挨拶をする。

 手慣れた人足たちは、それだけで整列をする。若手とはいえ倣う姿に遅滞はなかった。

 面構えは……まあいつも通りだった。緊張感のないやつは長続きしない。工事の予測と工程を鑑み、各々のやることは決まっている。


「道具確認」


 オーキスの言葉に、それぞれ各々が自前の道具を装備し始める。

 この業界に貸し出しの道具はない。みな、下働きを経て自前のものを用意することができて一人前となるからだ。

 道具の貸し借りもない。

 命を預ける表道具を人に貸与する愚かさを一番知るのは、傭兵と人足――とりわけ大工といってもいいだろう。

 オーキスの目は鋭い。

 新顔の数人を道具と一緒に見るや、「手慣れている」と見た三人を身振りで筆頭に伝える。道具の手入れを見たのだろう。彼はひとつ頷くと工程の確認の後、その三人を試しとばかりに城内南門に近い塔のそばまで連れて行く。オーキスも古参に任せ、そちらへとついていく。


「やることは、変わらん。決められた行程で、決められた工期内に、水準を保ったモノを仕上げる。それ以下は問題外だが、それ以上すぎても問題がある。そこはそれ、お役所仕事の常だ」


 オーキスは新人相手に過去を聞くような野暮はしない。

 そのあたりの身の綺麗さは、ある程度は口入れ屋と筆頭の目に任せるところだ。こんな時代でも、世の中でも、都に流れてくる者の脛は見ないのが人足の情けだった。


「垂直水平は古株に任せてある。今日のお前らの仕事はテッペンの台座と手すり構造物工。荷は重いぞ、足下に注意してしっかり運べ。型枠は?」


 若手のひとりに聞くと、その少年――まだ少年だろう。彼は「糸を張るやつなら」と頷く。

 オーキスは筆頭に一回目をやると、その少年に「おし、じゃあ任せる。筆頭こいつの確認を取って作業しろ」と、彼が頷くのを見て塔をざっと見上げる。


「櫓にしては、ちょいと不格好。砦としては住み心地は最悪と来ている。ただし見晴らしは最高だ。上に登れば四方八方に同じような塔が見えるはずだ。お前は街に来てどのくらいだ」

「半年です」


 そう答えた青年にオーキスは「じゃあ知ってるか」と南の方に顔を向ける。


「塔の建造は城外にもおよび、その数は獅子の瞳の中だけでも二百と数十。何に使うか知らんが、予算はたんまり。向こう七年はこれだけで喰っていける組合もあるだろう。外のいざこざで少しは遅れるだろうが、当面のうちらの仕事はこれに尽きる。土台から築造まで全部ひっくるめて、かなりの練度が必要になる。二棟でものにしてもらう」


 言葉自体はあっさりしているが、一棟建てるにも数ヶ月。そのあいだにいろいろ覚えてもらい、若手であろうとも一から十まで担える人足大工を仕立て上げる必要がある。いつだって人手――それも技術のある人手は引く手あまただ。

 二棟仕上げるあいだに、必ず技術も仕上げる。

 そのためにはまず、安全な作業が必須だった。


「じゃあお前は水石を練り上げろ。塩梅はいちさんで、下で練り上に運べ。お前は型枠、お前は手すりだ」

「はい」


 三人が三人とも、ひとつ返事だった。

 返事ができるやつは大成する。オーキスはひとつ満足げに頷いた。

 筆頭は「どうしますか?」と問うが、彼の答は決まっていた。オーキスは「ここは俺が見よう」と答えると、筆頭は「では」と戻りゆく。新人の教育は、はじめ棟梁、つぎ筆頭が慣例だったからだ。


「水場は教えた通りだ。あんまり頑張りすぎるなよ?」

「はい」


 手際はよかった。

 作業が始まるや、黙々と三人は作業に取り掛かる。

 お互い顔合わせが初めてであるから口数が少ないだけで、その作業内容自体はうまくいっている。オーキス組みの宿舎での生活も問題はまずないだろう。これから同じ釜の飯を食う仲だ。次第に打ち解け、あらゆる意味で馴れ合うだろう。事故や喧嘩が起きるその頃合いを上手く見極めるのが筆頭の仕事でもあり、上手く活を入れるのが棟梁の仕事でもあった。

 ああ、その時が早く来れば良いなと思いつつ、下準備と仕上げの作業が進む。簡単な工程と、仕上げの後取りだ。午後も半ばで作業は滞りなく終了するだろう。都度見に来る筆頭が仕事のノリを確認すれば、今日はつつがなく終了となる。


「水石、練り終わりました」

「よし。――筆頭あいつはまだが。まあいい、俺が確認してやる」


 棟梁が練り具合を木板の上で篦を使い確認する。

 そして新入りの尻をパンと叩くと「上出来だ」とニヤリと笑う。

 こいつは拾いものだと確信したからだ。


「よし、じゃあ桶に入れて運んでやれ。上の手すりは、こいつで根元を固める。型枠に流し込むのはできるか?」

「そこは、彼に任せようかと」

「上出来」


 名前が出てこないのは、お互いまだ名前を覚えきっていないのと、名前を覚える相手かどうか見極められないからだ。棟梁は彼の名を知っているが、本名かどうかは知らない。

 ただ、自分の仕事の範疇を知って弁えることができるのは評価が高かった。木桶を渡し、彼はいったん上を見上げ、あとは筆頭に任せようと場内中央へと踵を返す。


「すぐに筆頭が来る。それまでとりあえず作業を続けろ。休憩を取ったら一仕事し、昼飯を食ったら仕上げだ。それまで水をしっかり摂って励めよ」


 オーキスは、さて……と一息つく。

 彼の抱える仕事はこれだけではないのだ。

 中庭を隔てた先にある新しい現場にたどり着くと、はたしてそこには古参と、つたなさの目立つ新人がふたり、そして筆頭がいる。今日は足場の土木作業だ。掘って、運んで、積み上げる。技術と人手のいる作業だ。


「棟梁」

「おう。じゃああとは向こうを頼む。弁当は後で運ばせる」

「へい」


 心得た筆頭が入れ替わりに仕上げの現場に戻る。

 オーキスはもういちど「さてと、じゃあ気合いを入れるか」と工程表を片手に盛り土の量を量る作業に移る。

 そして排出土の運搬のために荷車を用意させていたとき、若手の――仕上げの現場で型枠をやらせていた少年が息を切らせて飛び込んできた。


「棟梁!」

「どうした!」


 血相を変えた少年は、「新入りが落ちた」といい、総てを察した棟梁は現場を古参に任すと数人連れて引っ返す。

 果たして、そこには水石を練っていた青年が横たわり、筆頭が到着した棟梁に項垂れながら首を振っている姿。手すりを組んでいた少年も、膝を折ってうつむいていた。


「腰縄は」


 落下防止の安全器具。

 それをつけていれば、高所の作業もそこそこに安全だ。


「手すりの奴はつけていましたが、こいつは――」

「なんてこった」


 天を仰ぐ。

 木桶を持って階段を上がり、組まれた型枠に流し込む。

 確かに落下するほど際には寄らぬが、ではなぜ落ちたのか。

 落下の影響で首は折れ、骨はぐしゃぐしゃだった。

 それでも息はあったのだろう。


「しきりに、何かを呟いていました――」


 筆頭は項垂れる。


「身寄りは……ねえよな。くそう。これからってときに」


 オーキスは指示を出す。

 事故はつきもの。

 起きたことは隠さずに報告。

 すぐに城の者が衛士を伴ってやってくるだろう。


「静かに逝けたか?」

「恐らくは」


 筆頭はオーキスの言葉に頷く。

 そしてその場の者は黙祷に入る。明日は我が身なのだ。


「しきりに、、といってました。なにかが、聞こえていたのでしょうか」


 季節を問わず、新しく獅子の瞳に働きに来る若者は多い。

 出ていく者も。

 死ぬ者も。


「さあな。くそ。……いまは、こいつの冥福を祈ろう」


 いつだって人手不足だ。

 オーキスはこの若者の魂の安らぎを願い、瞑目する。

 名前はなんといったか。

 しかし、なぜ落ちた?

 なぜ際まで寄った?


「俺はこのまま城に報告に行く。後は任せる」

「へい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます