第20話『克服しましょう』


 ふたりの近衛少女の思惑とは別に、クライフは夜風を感じながら自分の胸に渦巻く気持ちの整理で手いっぱいだった。

 崩落からの衝撃で気を失い、入水するまで。入水してから運よく足が立つ場所であったこと、天地の認識が付いたこと。全くの闇の中での、武器の打ち合い。――そして決着。

 あの短時間に、いくつの死を切り抜けたことか。

 覚悟自体は腹に落としこそすれ、こうして生き残った今、いくつの幸運があったからこその命かと、我が身の至らなさを思い、恐縮すること甚だしかった。

 ついてくるふたりの少女、シズカにアカネときたらどうだ。彼自身見てはいないが、危なげなくあの暗闇と水辺という困難な状況を覆し、己の技量を十二分に生かして切り抜けたのだろう。

 持ち前の技術の自信と評価は、価値観を同じくする者たちの間でこそ映えるもの。そうであることは承知したうえで、剣士である自分にとって、戦いの場所がこうも変わることで何もできなくなるとは、予想はしていたが想像が足りな過ぎた。


「未熟」


 その一念が彼を無口に、そして沈痛な面持ちにさせていたのだ。

 シズカとアカネが実に明け透けに拷問をこなそうとしていたその価値観との差異は、あまり彼にとっては問題ではなかったのである。あくまで、そこは『持ち前の技術の評価は、価値観を同じくする者たちの間でこそ』という一点。あの場で、あの傭兵、近衛のふたりからしてみれば、当然のことなのだろう。

 命のやり取りは互いの戦闘の果てでのみという価値観は、騎士の――いや、クライフのものでしかないのだ。

 尋問の、拷問のやり方云々に好悪は在れども、好悪でのみ彼女らを責めるのは違うと感じている。

 予期しない状況での命のやり取りに関する、彼女たちへの負い目。

 職業意識から生まれる異なる価値観からの、彼女たちへの負い目。

 このふたつが、重い自責の念となってクライフを苛んでいた。

 悩んでいても仕方のないこととは思いつつも、整理をつけるまでは時間がかかる。ゆえに「未熟」、そう彼が心中呟くように、まだ彼も若かったのだ。

 しかし。

 気持ちを切り替える。

 あの傭兵、バーンドルが「歌が聞こえる」といったきり、糸が切れたかのように絶命していたあの現象はなんなのだろう。音、歌、あの耳の良いシズカはじめ、アカネすらもその気配すら感じなかった。

 何かのきっかけがあった故の、絶命。毒やその他の自死ではなく、あくまでもそれを受け入れての死。


「音、か」


 クライフの独白。それを聞いたシズカが、おずおずと話しかけてくる。


「あの、クライフさん」

「――ん?」


 呼びかけに振り替える剣士の表情は、浮かないままだった。彼の心中整理がつかぬままであるのが原因だが、そんなつまらなさそうな表情で――もっとも彼の面構えがやや冷たい印象を与えるせいでもあったが、「なにかマズいことをしたのかもしれない」という自責の念を持っていた彼女から見れば、それは正直にまっすぐ自分に向けられたものとしか思えない。


「あの、ですね」


 言いよどむ。

 シズカとて、情報の有無が彼をにさせているとは今も思ってはいない。彼の背中から感じる気配と音は、とても重いものだったからだ。

 アカネもそれを黙って見ていたが、彼から感じる感情の香りは、苛立ちと告悔にも似た沈痛なものだけに、ややシュンとした様子だ。

 普段は軽い会話をこなす仲だけに、とりわけ剣士の人物像が思いのほか柔らかかっただけに、この空気は居ずらいものだった。


「そのぅ……」


 耳としっぽがあれば、ふたりとも垂れきっているんだろうなと、ふとクライフは思い、思わず「いや、ごめん」と苦笑する。


「ふたりとも、生まれは同じ東の里というところなんだって?」


 務めて、自然に。柔らかく声を整え直すクライフ。

 あの傭兵の言葉を借りて『東の里』と使ったが、彼女らの出自の大まかな概要は伺っている。改めて聞くのは、彼自身の心の整理を兼ねて尋ねると同時に、単純にこれが機会かと思ったからだった。


「ええ」と、やや戸惑いつつもシズカは頷き、「確かに、同じ里の出身です。歳も同じですし――」と首肯する。


 アカネも空気が和らいだと感じ、これに同意し、「隠れ里だから、あまり話すことというか、話せることはないんですがニャ」と笑う。

 その笑顔にクライフもやっと空気の重さを彼女たちが気にしていたことを悟り、もういちど「未熟」と呟き、考える。歩きながら歩調を合わせ、横並びにふたりを観つつ、目を伏せる。


「あの暗闇の中、何もできなかった自分が悔しくてね。少し恥じていた」


 その正直な述懐と剣士のいかんともしがたい表情に、かえってあっけにとられたのがシズカとアカネのほうだった。


「そのようなことを思ってたのですか」


 闇の中の戦いにおいて、確かに生まれ育ちで培ってきたラインは違うだろう。しかしシズカにとってもクライフのそれは同じようなもので、自分にはない戦い方ができることを評価していただけに、彼の述懐は彼女らにも意外に映る。


「当てずっぽうに、当たるを幸いに剣を振るっただけだ。倒せたのは、たまたま。しかも、何度死にかけたのかすらも生き残ってから気が付く始末。これでは落葉の名がすたる――」


 剣士が持つ武器の名。そしてそれは、彼にそれを託した師からの技術、ひいては名誉そのものの重みがあるのだろうか。


「……。問題点が分かれば、あとは改善だニャ」

「そのとおりです」


 何を落ち込んでいるのやらと、彼女らも自分たちのことは棚に上げて、肩をすくめる。伺うに、夜目と、不意の状況への対処、その心構えに他ならない。ならば知って、それを使うだけのことだった。それは彼が行う剣の技術と何ら変わりがないものではないか。


「苦手ならば、克服しましょう。それが長所を伸ばす足場となるなら、なおさらです。よろしければ、後日にこっそりご指南いたしますが」

「シゴキかニャ?」

「嬉しそうな声色が気になるが、それは頼みたいところだ。……里の、極意か何かかい?」


 それにはアカネも首を振る。


「里の――。便宜上『里』と呼んでおきますが、あそこの技術、その根幹に関しては真似ができるものではありません。一族が培ってきた流れの中で生まれるものです。なので、その後の、生まれ持ったものの伸ばし方や補い方などの、ほんの少しばかりのおすそ分け程度で」

「クライフなら、まあそこそこはものにできるかも? ニャ?」

「どうでしょう。思いのほか剣に縛られていそうですから。ふふ」


 笑うふたり。

 クライフも、考えるよりなんとやらだと、まずは深呼吸。


「人間相手、魔物相手、魔法相手。それ以上に、状況相手……か」


 目に見える『技』は、状況状況に応じて身につけた『術』が反応して発露した動きについた名前に過ぎない。技だけを追わず、根幹の術理を体得してこその、『技術』。


「何事も経験か」

「左様にございます」

「ニャ」


 見覚えのある場所に来ると、真っ先に声を上げたのはレーアだった。彼女が気が付いたということは、ふたりの近衛もとっくに気が付いていたのだろう。


「みなさん」


 その顔は、不安から一転、明るいものとなる。

 小一時間は崩落した淵で、馬とともに佇んでいたことになる。不安でない方がおかしい。なにより、彼らが戦いのさなかに落ちて行ったのだから、生死ともども不明となれば、気が気ではなかっただろう。


「心配かけたね。……誰も来なかったかい?」

「はい。……あの、あの人たちは」


 三人の傭兵である。

 レーアは答えを聞くのが怖い様子だったが、クライフは大穴を見下ろしながら「さあ、いまはどうなってるやら」と、やや言葉を濁した。


「おいそれと戻ってはこれないだろう。この場は先を急ぎ、先発してる商隊に連絡を取って、この大穴の状況などを報告する必要がある。夜にこの大穴だ、後発の商隊などが落ちたら大ごとだ」


 それでも迂回できるくらいの幅が残されている。しかしそれでもこの道を復旧させるのは長い仕事になるだろう。


「さて、東の鉄山士はどこの誰だったか。導師の手の者かどうかはさておき、この地下水脈の謎、知らないということはないだろうな」


 やれやれといった体で、湿って重い体に活を入れて騎乗する。

 レーアはシズカの後ろだ。

 三騎は揃うと、走り出す。

 月夜の中、ただただ、北へ。

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