第4話『詰め所にて――ベイス』


「それで、簡単に暗殺者の話を信じて連れてきたという訳か。お前ら寝不足の変な感じで判断誤ってたりしないか? どう考えてもいきなりここに連れてくるのはどうかと思うぞ?」


 燐灰石の尖塔に入るやいなや、簡単に事情を説明したシズカにベイスは近衛の隊長としてばっさりと切り捨てるように言う。レーアも恐る恐ると付いてきてはいたが、さすがに四角い巨漢、ベイスにじろりと睨まれるとシズカの後ろにこっそりと隠れようとしてしまうのは仕方がないのかもしれない。


「とはいえ、今日はアカネがいるでしょう? ベイス隊長、それに無傷で撃退したとは言え、無視できる一件ではありません。どうせ話を聞くなら姫殿下も交えてことの真偽を確かめ、判断していただこうと思った次第で」


 とシズカも返す。

「ああ、アカネがいたなそういや。……ええと」


 とベイスもアカネの名前が出るとはたと気がついたように立ち上がる。


「細かい事務は長官が一人でやってくれるので助かっているんだが、それをいろいろ運んで貰う仕事がまた結構あってな。それをアカネにやって貰ってるんだが……」

「環状通の外ですか? あいつそんなことまでやってるんですか」


 クライフが問うとベイスは「そうだ、郵便物の提出に行っている。うちの男どもが散々ぱら貯めててな。姫にしこたま怒られてた」と頷く。物流のひしめき合うガランにおいて、それを各地に流通させる商人たちに付いていく衛士たちも多く、彼らの任務には各地への郵便物の輸送も含められている。


「郵便が始まってかれこれ十年と少しか。それまでは旅商人に手紙を預けるのが常だったが、俺たち兵隊が運べば収入にもなるし、何より信用が違うからな。がはは」


 ベイスはそう言ってにっかりと笑うが、シズカはレーアを促しながらも肩を大きく落とす。


「もとは姫さまのご提案だったんですが、ゴルド獅子殿下が上手いこと帝国に遍く整備いたしまして。……せっかくの収入源が、かっ攫われたってわけです。さあ、レーア、こちらに座って」

「あ、はい……」


 ゴルドもそう言われると「ぐぬぬ」と言いよどむが、「それでも国庫の潤い。それにガラン入出のものに関してはこっちの実入りだ」と、むんとばかりに胸を張る。


「とまあそんなこんなで、郵便局に行ってるよ。朝一で行ったから昼前には戻ってくると思うが……どうだろうな。飯食ってくるとしたら午後一になるか」


 さて、とベイスは執務机越しにレーアの向かいにどっかと腰をおろす。


「なもんで、アカネが帰ってくるまで俺がアンタの尋問にあたる。なあに、しっかり調べてやるよ」

「よろしくお願いします」

「――ほほう、座り方は淑女のそれじゃねえな」


 静かな声だった。

 いつの間にか摘まんだペンで額をコンコンと叩きながら、短辺閉じの紙片をめくり上げる。

 ベイスはささっと横から見た椅子に、某人間を浅く腰掛けさせる。


「頭から腰までまっすぐ、つま先は腰掛けの下で重心の真下。ひかがみで蹴倒せばそのまま重心を崩さずに立ち上がることができる」


 そんな巨漢の目に見据えられ、レーアは自分の姿勢を改めて見下ろす。確かに、浅く腰掛けて、縮こまるように揃えたつま先は腰掛けの下だ。


「……冗談だよ」


 ベイスは笑った。レーアは笑えなかった。


「とまあ、疑うのは得意だ。気になったところをそれらしくつつけば格好が付くからな」


 と、目が笑っていない。


「あ、あのぅ」


 震える声がクライフを見上げるが、側の彼も「こればっかりは」と目をそらす。たいてい燐灰石の尖塔に悪しき思惑を持って近づく者の大半はベイスの言いがかりでボロを出す。戦場で鍛え上げられた不思議な勘働きを持つ巨漢は、なぜかこういう物事が得意だった。


「生まれは?」

「ガランです。あの、外回りの北、酒樽通りの川の先、夕映えの町の――」

「夕映えの町? そうか、あそこの出身か」


 ふむと頷くベイス。


「シズカ、聞いていたのか?」

「いえ、初耳です。怪しいご婦人に襲われかけたところを無理矢理助けてクライフさんの部屋に寝かせていたのですが」

「男の部屋で寝かせたのか」


 クライフは咎めるようなベイスの視線から顔をそらすと、恥ずかしそうに頬を染めるレーアにも目を伏せられる。


「わたしが側にいましたよ? 当たり前じゃないですか。男女なんたらで席を同じくせずです。彼には壁際で寝て貰いました」

「……そういやシズカ、お前よく双剣亭に泊まってるじゃねえか」

「矛先が違いますよ隊長。今はレーアさんの尋問が先です」


 おおそうだったなとペチとばかりにペンの尻で額を叩く。


「夕映えの町と言えば、ガランにある八十八の町の中でも、なあ、そのう」

「はい」


 レーアはベイスの言葉を引き継ぐように頷くと、ちらりとクライフを見上げる。その視線の意味は、すぐに分かった。


「親のいない子供たちの町です」


 彼女が言うその事実に、思い至ることがあった。

 クライフがガランという街を構成する八十八の町を歩く中、様々な店、様々な施設、様々な職場で見る、若い――歳幼い子供たち。身寄りがなく保護を必要とする子供たちは、多い。そんな彼らが働けるように育て、教育する施設がある。

 クライフの知る孤児院という枠組みよりも、もっと大きく深く地域と国が支える、傭兵戦闘国家ならではの、なくてはならない機構。それが『育生町』だった。どの街にも、町にも、必ずある。ガランでは、夕映えの町がそれにあたる。

 ベイスの顔が、ややくしゃりと歪む。

 この巨漢も、ガランの北にある、そんなどこにでもある町で育った過去を持つ。そのときの記憶と感情がレーアという皮膜を徹して一気に溢れてきたのだろう。


「……い、いくつだ?」

「十五です」

「……下働きには?」

「来年、北の鉄山士領に行く予定でした。使用人の働き口には事欠かないとのことでしたが、ディーウェス夫人は本当に私をご奉公に出すとしていたのかどうか」


 話を聞きながら、ベイスは『夫人』『奉公』と書き込んでいく。


「夫人? 『町』の世話役か?」

「世話役の人の奥さんでした。いや、いま思えばそれもどうかと」

「詳しく聞こう。夕映えの町には世話役は何人いたんだ? 育ったところを中心に教えてくれ」

「酒樽通りの倉庫街の外れ、確かディーウェス夫人の旦那さんがやっていた仲卸の倉庫で、名前は『車輪の蔵』。そこの下働きとして男の子たちは働いていました。私たち女子は力仕事ではなく、地元のお店で働かせていただいていました。世話役は……五人くらいいらっしゃいました。みんな仲卸のお店の方でした」

「よぉある話だな。……車輪の蔵か、ちょっと待て。シズカ――」


 ベイスの言葉に「北東十番街相手の仲卸ですね」と即座に答えるシズカ。彼女はこの手の情報はかなり詳しく記憶している。


「北東街区は、さいきん十一番街ができるのではないかという勢いで人が増えている場所ですから、ずいぶん長い間潜伏していたのでしょう。アゴラより始まり、身寄りのない子供はこの国でなくとも悪い大人たちの喰い物ですからね」

「ここしばらくの政策で、兵士や傭兵たちの家族も夫を喪うことも多い。狙ってきてやがるのは上も気づいちゃいるが、まあ色々あるからな、こればっかりは」

「人身売買の類いは?」


 と、これはクライフの質問である。

 渦中にいるレーアの前でする質問ではないだろうが、これにはシズカが言葉をつなげる。


「生憎と、ただ人間を売り買いする商売は、ことシャールにおいては非常に効率の悪い商売なのです。外国ではどうか分かりませんが、しっかりと教育を受けた子供たちを身請けする方が、遙かに安上がりなのです。合法な組織も、そこそこ合法な組織においても、ですが」


「だからよ、夕映えから水商売に行く者も、ちゃんといる。客引きをする商売だって選ぶ者もいる。それにこのガラン、社会に弓引く、姫殿下に弓引く組織は生きてはいけねえからな」

「近衛が潰すのか?」

「馬鹿言っちゃいけねえクライフ。この街に不都合な輩は、みんな商人に潰されるのさ。漁村なら漁民に。まあもっとも、そんな奴らのなれの果てが商人であったり漁民の元締めだったりすることも間々あるんだがな」


 とベイスも笑う。


「何より、血の気の多い奴はに赴く。街でも、でもやっていけない奴は、で殺される。そんな国なんだよ、シャールは。だからこそ、組織立った犯罪って奴は厄介でな。それこそ、筋金入りなのさ」

「なるほどな」


 だからこその『奏者』『導師』とのえにしか、と、クライフは唸る。


「どうせ、とっくにカラッポなんだろうけどよ。……思い出せるかぎりの関係者の名前と人相や特徴を聞かせてくれ。なあに、人が消えるってのは相当の難しさだ。いかに筋金入りのヤツらとはいえ、不慮の事態での撤退となればボロは出す。徹底的に聞き込む。それにその場所に情報が残っていれば、それこそ姫さまの出番だ」


 顔の横で掌をハタハタと振っているのは、あの小鳥の暗喩だろうか。


「最近はずいぶんと調子が優れているらしく、声にも覇気が漲っている。このあとはどうせ、姫に見て貰うんだろう? 久しぶりに会うんだ、クライフもしっかり挨拶くらいはしておいたほうがいい」

「それもそうだな。――まあアカネがいないなら仕方がない」


 と、クライフが苦笑したときだった。


「お三方、噂をすれば……ですわ」


 シズカがゆっくりと尖塔の入り口を振り返る。


「なんで気付くかニャー!」


 外。扉の前で聞き耳を立てようとしていた少女が文句を言いながら入ってくる。近衛の姿、腰には大きめのポーチと、片手剣。黒い髪は背でひとつにまとめられ、顔立ちはシズカにそっくりだった。だがその表情は無駄に明るく、「ニャ?」と鳴き真似のように小首をかしげて四人を見る目は、天真爛漫な黒曜石のようだった。


「レーアさん、あれが件のアカネです」


 あれが。

 と、口に出しそうになって、レーアは慌てて口を押える。


だろう?」


 クライフも苦笑しながら、片手を上げて挨拶をする。


「外側に行ってたと聞いたけど、早かったじゃないか」

「東十番で馬が盗まれたらしく衛士がうるさかったから、慌てて全速力で帰ってきたのよ。双剣亭に寄ったら部屋にはいなかったし、他の女の匂いがするし、シズカといっしょだったって店主が言ってたから、きっとここかなって。――フンフン」


 と、無遠慮に椅子のレーアに近づき、アカネはその鼻を彼女の首筋に埋めるように臭いを嗅ぐ。


「血の臭いがするなぁ。一番新しいのは年増と、少し古いのは、二十代の男のもの。砂の国の色合いがあるから、きっとガランの外のものですかニャー」


 顔を離すと、ベイスもクライフも、表情が締まっている。「まあ私は気付いていましたけど」とシズカは涼しい顔だが、一番顔色を変えているのは、やはり言われた当人のレーアだった。


「血の……臭い」

「クライフさんの手からも強く臭うかなー」


 アカネのその言葉にクライフは思い至る。


「ディーウェスという女性のものか」


 では、もうひとつの臭いとは。


「それはたぶん、私が殺した……青年のものだと思います」


 レーアは項垂れる。

 記憶と妄想の狭間にあった朧気なそれを、言い当てられ、責められているような気がしたからだ。

 が、アカネの顔には、ひょうひょうとした無駄に明るいものしか浮かんではいなかった。


「で、このは?」

「それを裏付けるのに、お前を待ってたんだ。正直俺だと、いじめてるようにしいかならんからな」


 ベイスはアカネに頷く。

 アカネはそのとき始めて、レーアに肉食獣の如き視線を一瞬だけ向ける。


「つまり、調べろってことですね」


 遊びのない口調に、彼女の隊長は静かに頷くのであった。


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