第28話『別行動』


「クライフ、お前はベルクファスト卿の注意を引きつけておいてくれ。私はその間にここを探る」


 ぴょこんと顔を出した鳥がそう鳴くと、宛がわれた部屋で一息ついていたクライフは腰の落葉をポンと叩くとひとつ頷いてみせる。


「まあ、そうなるでしょうね。私もここは怪しいと踏んでいます。城は秘密が満載ですからね。隠し通路とか隠し部屋とか」


 自分がかつて見てきたものだが、そのようなカラクリはこの城にもあるかもしれない。返しで口にしたが、エレアは「そうだな」と考え込むようなそぶりだった。


「本当にあるんですか?」

「無いとは言えない。ガランは国の最南、この銀嶺士領はその北少しの場所。領境からこっち都まですぐだったが、ここから北には広い。成立はかなり昔だが、城自体、戦火に焼かれたことはないだろう。三度の改修の度に縮小されているのは知っている。元はあったかもしれないが、今もあるかは、正直どうだろう」

「ないかもしれないと?」

「いや、城として成立させるには、いくつか必ず誂えておかねばならぬ施設がある。物見の尖塔もそうであるし、地下牢もそうであるし、厩もそうであるし、な」

「古く残っているところを探すか、はたまた」


 探す。

 魔女を。

 クライフ自体は未だ対峙してはいないが、あの魔女は、あの屍人と化した魔女は、鈍色のマルクに頭を飛ばされても動いたという。肉体の限界を超えた力を引き出し、痛みも苦しみもなく、ただ人の命を渇望する魔物。


「姫」


 クライフは椅子の背に留まる小鳥に声をかける。


「その姿で、危険はないのですか?」

「――案ずるな。かき消えるのはこの仮身だけだ。ただ、そうなると、もういちどガランからここまで飛ばす余力はない。今こうしていられるのも、魔力のへそくりがあってこそ」

「へそくり? ……あのピアス」

「ご明察」


 同じ燐灰石の輝きを持つ、エレアのピアス。耳飾りの燐灰石は、長い間漏れた魔力の残滓を、そのまた残滓を集めていた、とっておきだった。彼女に許された、少しだけの背信行為。


「十年足らずでかき集めたが、あと数日も持たない。この身を喪えば、もう助けてはやれなくなる」

「……今、姫はどのような状態ですか?」


 率直に聞いてくる。

 いやはや慧眼。エレアは苦笑した。燐灰石の尖塔のあのベッドの上で、今はもう動けぬ、今はまだ動けぬ体も僅かに口元をゆがめる。

 それが答えだった。


「早めに解決して、姫には養生して頂かないといけませんね」

「気を遣うな、ばかもの。回復はしないが死にはしない」

「だが、苦しい。ですか」

「察しがよすぎる。体の方はコティがよくしてくれている。だが急げよ、ベイスの奴が痺れを切らせている」

「承知つかまつった」


 クライフも苦笑する。

 だとなれば、あの会話で出した情報も効いてくるというものだ。

 仕掛けてくるにせよ、なんにせよ、彼らの目は自分に向くとクライフは思った。領内は歩き回れるが、この城の中は無理だろう。もっとも、この城の中を探られたくないということが、クライフの領内捜索を許したことに現われているのかもしれない。


「姫はこの一件の鍵になります。お気を付けて」

「おいそれとはやられんよ。……そうそう、別行動になるが歩き回るのは城の周囲にとどめておくといい。余り離れず、ここを気にしている様子はちらつかせておくように」


 クライフは頷く。


「いらつかせるわけですね?」

「そういうことだ」


 事は決まった。

 あとは実行あるのみだった。






 エレアは別れ際に、「おまえは怖くないのか」とクライフに問うた。彼は素直に「怖いです」と答えたが、その手指や表情に怯えは見受けられなかった。分け身の自分は精神的に衝撃は受けるものの、ここ前線に立つクライフは命の危険にさらされている。屍人は強敵であり、剣技だけで圧倒できるかどうかはわからない。名うての傭兵団でさえ、限界を超えた肉体の力に翻弄され、少なくない犠牲が出るという。

 それでも、クライフは「お気を付けて」とエレアを気遣い、しっかりとした足取りで出て行ってしまった。

 そして一人いちわになったエレアは、自分が怖がっていることを改めて知った。

 思い出す。

 あれが、伯父。

 初めて聞く声、初めて見る顔、初めて感じる嫌な気配。

 アイルストン=ベルクファスト。エリゼ=ベルクファストの、エレアの母の兄。

 彼の愛する者は、すべて自分が吹き飛ばした。そう聞いている。

 生まれて間もない彼女エレアを見舞う伯母と、従姉妹に当たるその娘。記録でしか知らないその名前。ファミア=ベルクファスト、そしてエミリア=ベルクファスト。

 生まれたばかりで目もはっきりと見えないエレアは、自分の中に渦巻く力の制御ができなかった。貯まりに溜まった魔力は、膨大な爆発と迅雷という形を取り、出産のために帰ってきていた離れの館を土台ごと消し飛ばしていた。死者は三人。エリゼと、ファミア、エミリア。使用人は幸いなことに席を外していたらしい。

 そう聞いている。

 その後、騒ぎに駆けつけてきた者たちによって、削り取られた窪地の底で泣くエレアが発見、救出された。

 そう聞いている。

 その後は、産着代わりに伝来の深紅の抗魔ドレスを纏い、儀式で女王が繋がれる獄鎖に縛られるようになった。燐灰石の尖塔で、命を失う危険をはらんだ乳母が何度も何度も代わる代わる彼女を育てた。

 コティが来るまで、彼女は孤独だった。


「気持ちを切り替えろ、エレア」


 自分を叱咤する。

 物思いに耽るのは、仕事をこなしたあとでいい。

 暗い幼年期と、明るい出会い。思い出すのは、あとでいい。

 仕切り直し、館を覆うように気を這わせる。ここに至るまでも、嫌な臭いはしたのだ。怪しいのは、この城、この館。隠すなら、やはり――。


地下したか」


 嫌な臭いは、下から漂ってくる。

 地下牢か。

 前もって開け放っておいた窓から飛び立ち、正面を迂回して中庭の大木に留まる。城全体が内側から良く見渡せる。四角い中庭、囲い込むような作りの城、それでも奥まった場所にある堀と通気口などは窺える。掃除はされているようだが、手入れの類いはされていない。

 意識を向ける。


「あそこだ」


 飛び立つ。ひときわ嫌な臭いが漂う、明かり窓のひとつに。






 馬に乗ったが、遠くには行かない。

 城の尖塔から、誰かしらが覗いているだろう。

 クライフはそのつもりで、城が見える範囲で河川を下り、山林を通って大きく南から北に迂回しようと馬首を巡らせた。

 騎乗したまま馬に川の水を飲ませながら一息をつく。腰のポーチから携帯用の干し肉を取り出すと、ひとかたまりを口に入れてゆっくりと咀嚼する。いぶした煙の味が口の中に広がり、一息つく。視界はそれでも広く取り、周囲を見通す。木々の合間に見えるのはしかし、故郷とは違う植生の山林である。しかし、よほど手を入れているのだろう。伸び放題という木々はなく、低木の多くも刈りそろえられていて、城から見える範囲のものにかかっている労務は相当なものだろう。


「さて、どうでてくるかな」


 大きく細くため息をつく。

 追われる者、待つ者の心構えとして、肩の力を入れすぎず抜きすぎずとは言われるが、ここまで待ちに構えるのは初めてだった。

 ともあれ、状況に自分の術理が反応するよう、脱力しておく。

 そんな緊張の空気の中、ふと馬首を川上に向ける。

 川下は南、クライフが越えてきた橋が見える。川上はやや東、領都の入り口から真っ直ぐ続く道へと出られる、先ほど迂回した橋だ。振り返れば城も窺える。

 気にかかった。

 迂回させる何か。


「見に行くか。よし、もう少し付き合ってくれ」


 空腹のはずの馬も、ブルと応えて歩き出す。ゆっくりと土手を上がると、川沿いの道をゆっくりと進む。蹄の音に身を任せながら、考える。シャールの仕組み、アイルストンとエレアの抱えた傷。『奏者』、魔女セイリス、そして宝玉。

 シャールに着いてからこっち、慌ただしい環境の変化だった。

 それでも、と、腰の落葉に手を触れる。

 彼は今、この地で生きている。

 見知らぬ空気の、この亜大陸。その帝政シャールに、生きている。

 彼の今後を決める戦いが、今始まる。


「――ベルクファスト卿」

「傭兵どの」


 城の裏門から続く道なのだろう。栗色の駿馬に乗ったアイルストンがそこにいた。馬の息を見ても、駆けつけたかのような雰囲気であった。

 見ていたか。

 わざとゆっくりと馬を進めていたクライフだったが、どうやら何かに引っかかったようだった。


「この先は、整備されていない場所と聞きまして」


 そんなクライフの言葉にアイルストンは頷く。


「橋の先は、荒れた山林。あまり立ち入って欲しくはないな」

「ですが、屍人が潜伏している可能性があります。名代として、確認はしておかねばなりません」


 応えるクライフだが、彼はアイルストンの腰に帯びられた長剣を確かに見た。


「ここは城の領域、遠慮して頂こう」

「されど……」

「――不敬ぞ、下郎!」


 アイルストンは腰の長剣に手をかける。

 ――どうする!?

 馬首を巡らせ、右手にアイルストンを捉えながら、身構える。落葉の柄には手をかけない。いまここで斬りかかることは、彼の、ひいてはエレアの立場も危うくなる。

 威嚇と逡巡が交錯する中、二人はしっかりと風を切る音を聞いた。


「なんだ!」


 クライフが空を仰ぐ。昼下がりの雲間に、林立する針葉樹の間に、それを確認した。


「……馬鹿な、何故!」


 アイルストンも呻く。

 そんな中、北の橋の元にスジンと響かせ、魔女セイリスが降り立った。



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