第27話『対峙』


 賑わいは、クライフの故郷の領都にとても似ている。故郷のそれとは都の概念が違うのか、領主が住まう街という一面こそあれ、政治に必要な建物は集中している様子はなかった。あくまでもシャールの中の一領土であり、大きな街のひとつである様子だった。


「私の故郷は豪族が手を組む、いわゆる共和国で、領都と言えばその領主が行う政治中枢がひしめいておりました」


 小声で隠れている小鳥に話しかけるクライフを気に留める者はいなかった。

 そんなベルクファスト領領都に着いた彼らは、門塀を守る衛士に事の次第と書状を見せると、この街並みを見ながら丘向こうの平城へと向かった。途中、川を渡るためにやや南の橋を渡らされたが、遠目からも見えるその城の尖塔を目指し、馬を進めていく。


「旗持ちがいたのか?」

「中央国という強国が束ねていました。……四十七の小国が互いを敵とし味方とする、戦国の気質冷めやらぬ緊張があったように思えます。なにぶん、田舎育ちなうえに、一人前として世に出る前に海を渡りましたからそれ以上は」

「騎士にはなれなかったと言ったわよね。海を越えた南の国は、みな落葉の老人から剣を学んでいるのかしら」

「いいえ。隠居先で習っていた私と、シャールから連れてきたという一人だけです。兄弟子に当たる人は、総騎士隊長をしておりました」

「なるほど。南の異国であってもその剣を扱う技術は更に異質なそれだったと言うことか。ふむ。……ん、誰かいるな」


 エレアの声が潜められる。

 平城の正面に回る道を進むと、すでに門扉を取り外していく年月か、開け放たれたままの城門の側に立つ、ひとりの男の姿を認めた。

 男の視線は、クライフを貫くように、真っ直ぐに向けられている。

 シャールの貴族、それも男は見たことがなかったが、身に纏う濃紫のゆったりとした服には威厳が現われている。年の頃は四十前か、顰めっ面を翡翠の頭環で固定しているかのような男だった。

 その仏頂面の面影にエレアを見たクライフは、素早く馬上から降り、轡と手綱を持って徒歩に切り替える。あの男が、アイルストン=ベルクファスト。エレアの伯父に当たる男であり、この地を治める銀嶺士なのだろう。

 クライフが近づくにつれ、その男――アイルストンの眉間のしわが、やや深くなるも、彼我の距離が声をかけられる頃合いにはやや柔らかいものとなっている。


「傭兵のクライフと申します。ベルクファスト卿でいらっしゃいますか」

「左様。近衛に雇われた傭兵とはいえ、エレア=ラ・シャール殿下の名代となれば、当主が出向かずば失礼にあたります。……御用向きをお伺いいたしましょう。どうぞ、中に。――さあ」


 最後は控えていた馬番の使用人へ向けられたものだった。

 クライフはその老人に馬を預ける。続き、年若い使用人の女性数名に手荷物を預け、その先導で領主ベルクファストとともに城へと入っていく。

 胸からは、押し殺したかのような緊張が伝わってくる。

 おそらく、初めて見る顔と声。しかしそれが親族の、伯父のものだと言うことを本能的に悟ったからだろう。いくつかの感情が渦巻く中、じっと押し黙り、クライフに任せるままという意志表示をするにとどまっている。

 クライフは城の大きさを目算する。

 あくまでも彼の経験からの逆算だが、規模からすると、衛士は三十から五十人。常駐は十五から二十人というところだろう。領内にはもっと多くの衛士がいるのだろうが、領主の城にしてはやはりやや小さい館のようであるし、こぢんまりとした印象は拭い得ない。


「そちらもお預かりいたしましょう」


 と、こちらは落葉を預かる旨の使用人からの申し出だが、クライフは「いや、たしなみゆえ」と自然に断っていた。ベルクファスト家当主の居城に入るのに無礼かもしれないと思ったが、そこは固辞した。

 アイルストンは特に気にはしなかった様子で、使用人もすぐに控え直す。

 衛士二人が城内への門を開けると、クライフはアイルストンに続き、一礼してくぐる。外も、中も、やはり屋敷然とした作りだった。城の外観は、名残なのだろうか。実用いくさの拠点として動かすよりも、治世の拠点として動かすことを目的に、何度も改築されてきたのだろう。


「ようこそおいでくださいました。家令のベンゼルと申します」


 入ったところで、五十路半ばほどの老執事が整った礼をし、クライフに一歩近づく。クライフはその素直な足運びに、知れず、彼我の間合いを調整するように半歩踏み込み正対した。


「傭兵のクライフです」


 一礼。目礼に近い。

 視線の交錯。外したのは、執事のベンゼルだった。


「御用の向きは別室でお話を。――部屋を用意し、荷物を。クライフどの」


 アイルストンは使用人に指示を出し、もう一度クライフに向き直る。クライフは折りたたみ携えていた書状を渡すと、「ご確認を」と促した。


「ではこちらへ」


 今度は当主自らの案内だった。

 強固な石造りの基礎と、その上に立てられた木の屋舎。外壁は組石で補強されているが、三階程度の高さで、実質、四階分ほどの階層があるのだろう。が、エントランスの吹き抜けからは二階までしか窺えない。

 案内されたのは、二階の一室だった。

 城と言えば石とかすかなカビの香りがつきまとうが、この一画は丁寧に床も壁紙も手入れをされた応接室らしく、生けられた花などからの甘い香りが一瞬気を緩ませる。


「どうぞ、おかけください」

「失礼します」


 北を背にする椅子はアイルストンが座る。その向かいがクライフだった。

 アイルストンは書状を拝見すると、早馬でこの傭兵の来訪を告げた衛士からの情報が正しかったことを裏付けた。


「調査、ですか」


 アイルストンの問いにクライフは頷いた。


「エレア姫の宝玉が、ひとつ、『奏者』を名乗る何らかの集団に属する魔女、セイリスによって持ち去られました。彼女はこの地、ベルクファスト銀嶺士領で奪ったそれを、誰かに渡すために動いていたようです」


 その淡々としたクライフの説明の中で、アイルストンは胃の腑に重い石が詰め込まれていくような冷たさをじっと味わった。

 何も知らぬ訳ではない。ましてや、ほぼ、魔女の素性が明かされているではないか。『奏者』と、はっきりと言われたとき、心臓が跳ね上がった。顔に出さなかったのは、銀嶺士の矜持が支えた心胆の為せる技だったか。


「魔女はガランでの騒動の折に死亡しましたが、屍人として復活。その後、宝玉を奪わんと画策していましたが、赤獅子傭兵団の『鈍色のマルク』によって頭蓋を半ばから削ぎ飛ばされて、ひとつの宝玉のみを手に撤退、逃走。その後、残された頭蓋の上半分をエレア姫殿下が分析し、件のことが判明した次第です」


 そこまで一気に淡々と語ると、クライフはひとつ息をつく。

 知り得る情報の中で、出せるものをすべて出せとの指示はコティからも受けていた。この情報を出せば、アイルストンが何者であれ、クライフを『ただの何も知らぬ傭兵』とは扱わない。扱えない。自由が利かぬガランの近衛が、事情を知らぬ身軽な傭兵に頼んだとは思えなくなる。

 エレアの名代。

 そうか、この傭兵は、知り得た情報が何を意味するのかまでは分かっていないのかもしれない。アイルストンと『奏者』の関係を知っているのかいないのか、その辺りは伺う必要がある。

 近衛は、いや、エレアは、どこまで気がついているのか。

 このとき、アイルストンはクライフの殺害を確たる決意に変えた。


「屍人は、命を喰らいます。肉体の限界を超え、己を壊しながらにたどり着いたはずです。――。目撃情報はありませんか」

「生憎と、受けてはいない」


 静かに、アイルストンは首を振る。


「衛士には伝えておこう。領民に被害が出ては困る。屍人は食屍鬼を生むという。何かがあってからでは遅いからな。調査といったか。部屋は用意した。一階の客間を好きに使うといい」

「ご配慮、痛み入ります」


 部屋の用意にも重ねて礼を言うクライフ。


「屍人は、昼も夜もなく彷徨うと聞きます。私はこれから領内を、領都の中を動きますが――」

「よろしい、許可しよう。衛士には追って伝えよう。何かあれば、私の名前を出すといい。……ベンゼル」


 一声かけると、部屋に執事が入ってきた。領主の側に控えると、アイルストンから「傭兵どのの世話を頼む」との指示に、かしこまりましたと頷く。


「私は庶務があるので、失礼させて頂こう。あとはこちらの執事に任せる」

「ご配慮感謝します」


 クライフの言葉が終わるや、アイルストンは椅子を立ち、足早に退出をしようとしたが、扉の前、見送るベンゼルの前で足を止める。


「エレアは」


 呟く。


「エレア姫殿下は、ご壮健かね。今も元気にしていらっしゃるのだろうか」


 静かな問いに、クライフはさてと唸る。


「さあ、どうでしょうか。なにぶん、雇われの者ゆえ」

「そうか」


 あの顰めっ面で、アイルストンは頷く。

 クライフが彼を敵とはっきり認識したのは、このときだった。

 いま、エレアが元気であるはずはない。宝玉の一件を聞いた今、銀嶺士がそれを知らぬはずがないのだ。

 はったり、だろう。

 ともあれこの瞬間、クライフは命を狙われることになり、また、アイルストンは疑惑の目を向けられることになったのである。

 腹の探り合いはいつまでか。

 だが必ず、銀嶺士は討って出るだろう。


「まずはお部屋に」


 そう促すベンゼルに頷き、クライフは表情を引き締める。

 周りは総て、敵か。

 とことん、試されている。

 彼は己が師匠に心の中で毒づくと、腰の落葉を確かめるように立ち上がるのであった。


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