第三十七話 救出編㊲

くく:ねぇ、話を元に戻すようで悪いんだけど

くく:何で今のタイミングでリアルのアヤメさんに告白したの?

ウィルキン:怖かったんだ

くく:怖い?

ウィルキン:そう。最近、アヤメに変わったことが起きただろう?

NISHI:変わったこと? モミカさんのことっすか?

ウィルキン:近いな

ウィルキン:最近、アヤメがモミカさんとそこのスズカさんと

ウィルキン:リアルでメールをしてるって言っただろう?

NISHI:そうなんすか?

くく:そうね。そんな話もあったわね

くく:それの繋がりで、スズカさんはこのサイトに来たとか

ウィルキン:焦ったんだ、俺

ウィルキン:何だか、俺が置いてきぼりになったかと思ったんだ

ウィルキン:下手をしたら、スズカさんが男かもしれないと思ったんだ

ウィルキン:俺がリアルでは女であるように

ウィルキン:スズカさんがリアルでは男かもしれないという気持ちがあったんだ


 私は内心でドキリとした。

(私がきっかけで、ウィルキンさん、いや、高田たかださんは女子生徒に告白したのか? でも、ウィルキンさんは前、私の存在とは関係なしに女子生徒に告白した、と言っていた。矛盾してる)

 私は思い切って、ウィルキンさんに質問をぶつけた。


スズカ:前は私の存在は関係ないって言ってましたよね?

ウィルキン:言った

スズカ:あれはどういう意味だったんですか?

ウィルキン:背伸びをしたかったんだ

スズカ:背伸び?

ウィルキン:スズカさんという一人の人間のためにアヤメに告白をした

ウィルキン:という小さな人間、いや小さな男に見られたくなくて

ウィルキン:嘘をついた

ウィルキン:スズカさんの存在は関係ない、と

ウィルキン:結局、俺の心はこう思ったんだ

ウィルキン:リアルで仲良くメールをしてる人がいる

ウィルキン:その人に嫉妬したんだな

くく:そんなのがきっかけで…

くく:しかも、嘘までついて…

ウィルキン:俺にとってはそれだけで十分な理由だったんだ


 私はキーボードから手を離すと、椅子の背もたれに体重を預けた。

(私がキーパーソンになっていたのか。何だこれは。私は女子生徒とモミカさんを救うためにこのサイトに来たんだろう? 本末転倒じゃないか)

 私は溜息をつくと同時に、仮想のカフェに目線を再び落とした。

 告白のきっかけがわかったからだろうか。くくさんが次のような発言をした。


くく:うちはそろそろ落ちるわね

くく:ちょっと疲れた


 私はノートパソコンから視線を壁掛け時計に移した。チャットを始めてから三時間はっている。


NISHI:自分もちょっと目が痛いっす

NISHI:便乗してログアウトっす


 ククさん、NISHIさんが〈カフェ10代〉から退室してしまっては、アヤメこと女子生徒、ウィルキンさんこと高田 敦子あつこさん、そしてスズカこと私の三人が残ってしまうことになる。

(気まずい)

 正直な感想だった。

(女子生徒、高田さん、私が残されたら何を話せばいいんだ? 高田さんに、『いじめをやめてください』とでも言えばいいのか? しかし、そんなことを言う権利が私にあるのか?)

 私が逡巡しゅんじゅんしていると、ウィルキンさんが発言した。


ウィルキン:ずばり言うと、アヤメと二人きりになるのは居心地が悪い

ウィルキン:スズカさんが間にいても、だ

ウィルキン:俺も落ちる


 私は内心、ホッとした。

(これで、気まずい雰囲気はなくなる。ウィルキンさんが〈カフェ10代〉から退室してくれて、正直、助かる)

 ウィルキンさんが言うと、ククさん、NISHIさんの順に〈カフェ10代〉から席を外した。


くく:それじゃあ、またね

くく:おやすみなさい

NISHI:またっす。おやすみなさいっす

ウィルキン:またな。おやすみ

アヤメ:おやすみなさい

スズカ:おやすみなさい


 くくさん、NISHIさん、ウィルキンさんのアバターが〈カフェ10代〉から消えた。

 後にはアヤメと私のアバターが残された。

 アヤメが発言する。


アヤメ:皆さん、行っちゃいましたね

スズカ:そうだね

アヤメ:あの、今から電話をかけてもいいですか?

スズカ:そうしてくれると助かる

スズカ:私、チャットには慣れてないの

アヤメ:じゃあ、落ちて、こちらから電話します

スズカ:わかった


 私はマウスを握ると、〈退室〉と書かれたアイコンを押した。私のアバターがマイルームに飛ぶ。そのまま、ログアウトのアイコンもクリックする。

 私はノートパソコンを閉じた。同時に、私のスマートフォンに着信が入った。確認するまでもなく、相手は女子生徒である。

 私はスマートフォンを手にした。

「もしもし」

「もしもし、あたしです」

「何か、大変だったわね。お疲れ様」

「それはこちらが言いたいです。お疲れ様でした」

 私は苦笑いした。

「正直、チャットには不慣れでね。皆の文字を追いかけるのが必死だったわ」

「それは苦労をかけました。でも、これで、高田さんがどうして私を好きになったのかわかりました。レズの気持ちはわかりませんが……」

「その点は私も同じよ。私も同性愛者の気持ちはわからないわ。それに、ニシさんが言っていた、セイドウイツセイ障害だっけ? あれもよくわからない」

「まさか、ウィルキンさんが高田さんだったなんて驚きです。あたしは高田さんに恋愛の気持ちは持っていませんが、やっぱり、何かしらの運命を感じてしまいました」

「神様もこくよね。どうして、そんなに綺麗な子の心が男なのかしらね」

「全くです。リアルの高田さんは周囲を明るくする素敵な女子なんです。前にも話しましたが、容姿も綺麗ですし」

「そこは本人も悩んでるみたいだったわね。周囲からは綺麗な女子に見られている。しかし、中身は男子。リアルで演じる明るい女子とネット上で開放できる本来の心である男子。あの〈カフェ10代〉はウィルキンさん、いえ、高田さんにとって、唯一、本来の自分を出せる場所だったのね」

 リアルとインターネット上で行った高田敦子さんの行動は良くないことである。しかし、高田敦子さんの心をのぞいた時、同情をせざるを得ない気持ちがいてくることも事実であった。

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