第十二話 救出編⑫

「なら結構。私はあなたを、ただ導くだけ。私は私に下された運命に従って行動する。それが、あなたにとってつらいことになってもね」

 女子生徒の意志を受け取り、私も覚悟を決めた。

(この子がつらい現実と向き合うことになっても、私はただそれを見守ろう。助けてはいけない。私にできることは、彼女にいつ『それ』が訪れるかを伝えることだ)

 私の考える『それ』とは、女子生徒が誰かに告白されることだ。

(商業高校だから男子は少ないはずだ。もしかしたら、他校の生徒に告白される可能性もある。あるいは、上級生かもしれない。この子の顔はわりといい。素直な顔をしている。男子から嫌われることはないだろう)

 私は自分の容姿がみにくいにも関わらず、性格も顔立ちも良い桐生きりゅう君に告白されたことを思い出していた。

(こんなデブで髪の毛チリチリの私が、あの桐生君に告白されたんだ。この子なら、もっと素敵な男子に告白されることだろう。しかし、それは断らなくてはならない。もし、オーケーをしてしまったら、モミカさんの命は助からないだろう。それが順番にのっとったルールだ)

 女子生徒が立ち上がる。

「私、そろそろ帰ります。モミカさんのお母さんのブログをあなたに読んでもらえましたし、私も決意ができました。私はモミカさんを救いたい。今はそんな気持ちです」

 私はえて、淡白に返事をした。

「それは良い心構えね。でもね、現実は思ったよりも厳しいものなのよ。耐えられない苦痛があなたを襲うことは確実なの。それは肝にめいじておいて」

「わかりました」

 女子生徒は微笑びしょうするとかばんに手をかけた。

 私と女子生徒は部屋を出ると、一緒に階段を下った。

 玄関へ行こうとした時、母が声をかけた。

「あら、もう帰るの? 何もお出ししなくてごめんなさいね。ジュースとかクッキーでもあれば良かったんだけど、あいにく何もなくてね」

 女子生徒が母に向かって笑う。

「お気遣い、ありがとうございます。また、お邪魔するかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」

「悪いわね。また、いつでもいらしてね」

「はい。お邪魔しました」

 女子生徒は母に向かって一礼した。

 私は女子生徒をうながすように玄関に送る。

 玄関を出ると、女子生徒は苦笑いをした。

「あんまりにも良いおうちだったので、ちょっと緊張しました。こんなことを言うのは失礼かもしれませんが、お金持ちのおじょう様なんですね」

 私は目を点にした。

「私が? お嬢様?」

 女子生徒が我が家の家を見上げる。

「こんな立派な建物ですもの。お父様のお勤め先が良い所なんですね」

「父は普通のサラリーマンだと思うけど」

「そう思ってるのは、本人だけですよ。他人から見たらうらやましいものです」

「そうかしら」

「そうですよ」

 私は自分の家がある程度は恵まれた環境にあることはわかっていた。が、お金持ち、だという認識はなかった。一般的な家庭よりわずかに余裕がある程度にしか思っていない。

 門扉の所で、一旦、私と女子生徒は立ち止まった。

「モミカさんの過去のブログ、もし良かったら読んで下さい」

 私は即座に返事をした。

「そうするつもりよ」

「そうですか。じゃあ、私はこれで」

「気を付けてね」

「はい」

 そう言い残すと、女子生徒は帰路に着いた。

 門扉を締める時、私は女子生徒のことでふと思ったことがあった。

(商業高校の偏差値は低い。これは私の偏見だが、偏差値の低い高校の生徒はどこか言葉や行動が乱暴だと思っていた。しかし、あの子は違った。しっかりと私に敬語を使うし、母への対応もきちんとしたものだった)

 私は同じ中学の同級生で商業高校へ進学した面々めんめんを思い出していた。

(私の同級生で商業高校へ入った子は言動が荒かった。夏休みになると茶髪にしたり、教師にタメ口をいている生徒もいた。大人に対する言葉遣いもどこか荒かった)

 私は門扉から玄関へと足を進めた。

(しかし、あの子はしっかりとした芯があるように感じた。母の前でも、謙虚な雰囲気で言葉を使った。もしかしたら、あの子が商業高校へ入ったのは何か理由があるんじゃないのか?)

 私は玄関に入り、靴を脱ぐと、かまちに上がった。

(考えすぎか。順番のことに頭を使うと、余計なことまで考えてしまう。前任者の美少女もこんな気持ちだったんだろうか)

 私が玄関を抜けると、母が、

「そろそろ夕食の時間よ」

 と、言った。

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