第四話 救出編④

 家に帰ったのはいつもより一時間半ほど遅い時刻だった。

 玄関の扉を開けて、

「ただいま」

 と言うと、キッチンから母の声が飛ぶ。

「おかえりなさい。今日は珍しく、遅かったのね」

「まぁね。ちょっと色々、用事があって」

「月曜日に何か用事でもあったかしらね」

「こう見えて、私にも色々あるの」

 私はリビングのソファーに座った。テレビのリモコンで電源をオンにする。

(そう言えば、美少女が私に声をかけて来たのも月曜日だった。最初の声かけが月曜日であることにも何か意味があるのかな? それともただの偶然か?)

 私はテレビのチャンネルを適当に変える。どこも夕方のニュースばかりである。

 私は民放のニュース番組にチャンネルを固定すると、リモコンをテーブルに放り出した。別にチャンネルはどこでも良かった。

 私はかばんからスマートフォンを取り出すと、ゲームを始めた。例のカードゲームができるアプリだ。

 ゲームをしながら、私はある事を心に決めていた。

(スマホは常に私の手の届く所に置いておこう。いつ、女子生徒から電話かメールが来るかわからない。私の前任者の美少女は、いつもすぐに電話に出てくれていた)

 私は適当にゲームを進めた。勝敗はあまり気にしないようになっていた。ただ、スマートフォンが手元にあることを心掛けることにする。ゲームをしていれば、おのずとスマートフォンが手にあるので、都合が良い。

 三十分 ほどすると、キッチンから母の声がした。

「夕飯の準備ができたから、食べなさい」

 ゲームは中途半端な所だった。が、私はゲームを続けず、スマートフォンをスカートのポケットに突っ込んだ。このままゲームが進行すれば、私の負けになる。

「わかった。今行く」

 私は食卓についた。


 夕飯を終え、食器類をシンクに入れていると、ちょうど父が帰ってきた。玄関から、父の

「ただいま」

 という声が聞こえる。

 私はキッチンから、

「おかえりなさい」

 と、返事をした。

 父の膵臓すいぞうガンが消え、父の死というものが遠ざかったせいだろうか。私は父に対して、嫌悪感を覚えなくなり始めていた。父が先に風呂に入った後でも、嫌な気持ちを感じずに入浴することができるようになっていた。

 そんな父は私を見て、苦笑いをした。

「また制服のまま夕飯を食べたのか。制服にこぼすとシミになるぞ」

 私は微笑ほほえんだ。

「ごめんなさい。でも、おかずはこぼさなかったよ」

「それは言い訳だ」

 父はネクタイをゆるめた。

 私は一旦、二階の自室に戻った。風呂に入るためだ。中学の時のジャージを持って、一階に降りる。

 食卓では父がビールをジョッキに注いでいるところだった。

「先、お風呂、入るね」

 私が言うと、父が、

「おう。ゆっくりとな」

 と返事をした。

 私は洗面台の隣にある椅子に制服を乗せる。自然と洗面台の鏡に私の裸体が映った。

 鏡の中には肥満して、髪がチリチリの女子がいた。

 私はため息をついた。

(せめて、あと五キロくらいせてたらな)

 私は突き出たお腹をなるべく視界にいれないように、素早く風呂場に足を延ばした。自分の身体をまじまじと見ると、自己嫌悪におちいるからだ。

 ボディソープで身体を洗っている時、ふと思いついたことがあった。

(風呂に入ってる時に女子生徒から電話があったらどうしよう?)

 電話やメールには即座に対応したかった。しかし、風呂に入っていては電話に出ることはできない。

 私のスマートフォンは防水機能など付いていないので、風呂場で電話をすることは不可能だ。

(そういえば)

 私はあることを思い出した。

(前任者の美少女も、一度だけ、向こうから通話を切ったことがあったっけ。確か、あの時は、美少女が夕飯をっていたからだ。スマホには着信履歴が残る。風呂の時間くらい、くつろいでもいいだろう)

 私はシャワーで身体に付着した泡を洗い流すと、浴槽よくそうつかかった。

「ふ~。生き返る」

 年寄りじみた言葉が出てしまう。

 しかし、本当の試練はこれからなのだ。

 あの女子生徒の親しい人を救う。その為の助言を私はする。私にはその義務がある。

 私は両の手のひらで、左右のほほを、

「パチン」

 と叩くと、自分に気合いを入れた。

 その音はやたら大きく浴室内で反響して、大きな音に聞こえた。

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