第23話 救済編㉓
家に戻ると、ゆっくりと鍵を解除した。
鍵が外れる、
「ガチャ」
という音が夜闇の中でやたら大きく聞こえた。
私は玄関をゆっくりと音を立てずに通ると、リビングに入り、そのまま階段を上がった。自室に入る。
「もう寝よう」
私はコートとマフラーを脱ぐと、そのままベッドに倒れ込んだ。着替えることもなく、布団に
私は目覚めた。夜がまだ開けていない。
私は短い睡眠を取っただけだった。が、もう眠気はない。
私はベッドから降りると、昨日、いや正確には
(これで本当にお父さんは助かるんだろうか? これは全てあの美少女、名前はヤスザキ ミエコと言ったか、彼女のいたずらではなかったのか?)
もう一方の私がそれを打ち消した。
(いや、彼女は全てを見通していた。
朝日が登っていないので、まだまだ寒い。
私は眠るためではなく、
(これで全てがうまくいったんだ。お父さんは病気から回復する。そして、私のいじめは終わる。皆の私に対する対応は気持ちが悪いものがあるが、いじめを受けるよりはマシだろう)
私は自身に言い聞かせた。
自分に言い聞かせ安心したためだろうか。睡魔が私を襲った。今眠ったら中途半端な眠りを取ることになる。が、私はあえて眠りの中に落ちていった。安らかに眠りたい気分だったからだ。
「起きなさい! 起きなさい!」
布団をバタバタ叩く音で私は目覚めた。布団を叩き騒ぐ
「こんな時間まで寝てたら遅刻するよ」
「うーん、まだ眠い」
私は
「早く制服に着替えなさい。お母さん、遅刻しても知らないからね」
言い残すと、母は部屋から出て行った。
私は仕方なくベッドから起き上がった。
「あ、服」
私は洋服のまま眠っていたことを自分の身体を見下ろして気が付いた。
(あれから一旦起きて、また寝たんだっけ)
私は寝ぼけ
階下に降りる。
母がキッチンで洗い物をしていた。
「もう朝ごはん食べる時間がないからね。これ食べなさい」
母はおにぎりを二つ差し出した。私はモシャモシャとおにぎりを食べた。具はない。塩むすびだ。
「いってきます」
私は唇の下にご飯粒をつけたまま、家を後にした。
教室に入る。
「おはよう」
誰に言うでもなく、私は
「あ、来た。おはよう」
「おはよう。眠そうだね」
三人の女子が私を囲んだ。皆、笑顔だ。
「う、うん。ちょっと寝坊して」
「もしかして、深夜番組でも観てたの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
私は周囲の女子の対応が、昨日に引き続きあまりにも良すぎるので、気分が悪くなった。まるで、私を中心に話が進んでいるようだ。
私が自分の机に座ると、女子達もついて来た。私の机を女子が囲む。
「じゃあ、ゲームしてたとか?」
私は耐えられなくなった。
「ごめん、実は今日は調子が良くないの。風邪をひいたかもしれないの。熱があるかもしれないし、皆に移すとよくないから」
私はそこで言葉を
すると、周囲の女子達は、「そうなんだ。わかった」と、簡単に引き下がった。
(これでやっと一人になれる)
椅子に深く腰掛けて私は思った。
お昼休み。
例の三人組が私の机にやってきた。
「一緒にごはん食べよう」
「う、うん」
すると、女子達は私の机を中心にするかのように周囲の机を集めた。そして、私と昼食を食べ出した。
私はまたしても吐き気を覚えた。が、昨日ほどではない。何とか食べ物を胃に落とし込むことはできる。
女子達は大いに笑いながらお弁当を口にした。
時折、私に話が振られる。それに応えると、
昼食が終わると、私は席を立った。
「どこへ行くの?」
一人の女子が聞いた。
私は迷いながらも答えた。
「図書室。ちょっと、用事があるんだ」
「へぇ、また図書室へ行くんだ。ねぇ、私も一緒に行っていい?」
すると、他の二人も目を輝かせた。
「図書室? 私も行きたい。考えてみれば、この学校へ入ってから、図書室へ行ったこと一度もないんだよね」
図書室という話題が出て、私は一つのことを思い出した。
(司書の先生にまだ千円を返してない。
私は迷い、困惑しながらも、「いいよ」と一言だけ返事をした。
図書室へ三人の女子を連れて行くと、司書の先生がおかしな顔をした。
(珍しいこともあるもんだ)
という顔付きである。
「今日は団体さんだね」
「はぁ、まぁ」
私はそんなふうにしか言葉を出せなかった。
私が手塚治虫のコーナーへ行くと、三人の女子もついて来た。
「へー、手塚治虫、読むんだ」
「う、うん」
「何読んでるの?」
「『火の鳥』ってやつ」
「題名は聞いたことある」
違う女子が本に手を伸ばす。
「あった。あった」
「何が?」
「実はね、中学の時、朝の読書週間ってのがあってね、普通の漫画は駄目だけど図書室の漫画ならオッケーってのがあったの。そのときにこれを読んだんだ」
彼女の手には『ブラック・ジャック』があった。
「最初は仕方なく読んでたんだけど、一度はまると面白くてね。それまで少女漫画くらいしか読んだことなかったから衝撃的だったな。読書週間が終わっても、一応、全巻読み終わったよ。懐かしいな」
彼女が言っていることはどうやら本当らしい。『ブラック・ジャック』を懐かしそうに
ふと、視線をカウンターの方へ向けると、司書の先生がニコニコと笑っていた。友達と仲良く談笑できていいね、という感じだ。
(全然、いい感じじゃないんだけど。正直、私にとっては苦痛でしかない)
女子達は手塚治虫の漫画本を手にしながら騒いでいる。
「ブラック・ジャックって結構、カッコイイじゃん」
「でしょ? 顔の傷もカッコイイと思わない?」
「思う。黒コートもいいね」
「なんか、昔の漫画なのに今読んでも感動できるって不思議だよね。ね、そう思うよね?」
また私に話題が振られた。私は
「ここ、一応、図書室だからさ。静かにしないと」
一人の女子が頭に右手を乗せる。
「あ、そうだね。いくら私達しかいないっていっても、図書室だもんね。なんか、向こうのカウンターで先生がジーっと見てるし」
別の女子も小声になる。
「なんか、あの先生、私達を
気のせいではない。恐らく、司書の先生は「私達」ではなく、「私」を見ているのだろう。観察されているのだ。
司書の先生の目が言っている。
『どうやっていじめから抜け出したの? あと、千円はいつ返してくれるのかな?』
と。
私は司書の先生に伝えたい気持ちだった。これは私が望んだ形ではない、と。こんな自体になってしまったのは桐生君のせいである、と。
それから私はカウンターへ目を移したり、女子達と話したりとで落ち着かなかった。
女子達は小声になって『ブラック・ジャック』の話に花を咲かせていた。
私は時々、うなずいたり、
やがて、予鈴がなった。私達は図書室を出ることにした。
図書室から退室する際、司書の先生の視線をまたしても感じた。振り返ると、やはり私を見ている。
私は皆に気が付かれないようにため息をつきながら、図書室から去った。
その日、休憩時間に私の席に人が来ないことはなかった。皆、何かと事情をつけて私に話かけてきた。つい数日前までいじめられ、無視されていたのが嘘のようだ。
私は時折、吐き気に襲われた。私は何とか吐き気を
放課後。
私は全てから解放された気分だった。
(やっと家に帰れる)
いじめも心に傷を付けたが、皆が妙に
帰り道のことだった。
私は胃がひっくり返るような感触を覚えた。食道から酸っぱいものがこみ上げてくる。
私は道路の側溝に向かった。側溝へ向かって吐いた。
胃の内容物が口から次々と
(何だこれは?)
私は鞄からポケットティッシュを取り出すと、口元を
(いじめから抜け出した反動か? 皆の対応についていけなくて、身体がどうかしちゃったのか?)
私の頭の中はクエスチョンマークで満ちていた。
家に帰り、「ただいま」と挨拶をする。
キッチンから、「おかえりなさい」と母が返事をした。
父も
父は会社で働き、敦は野球に打ち込んでいるのだろう。
そして、私も普段通りに学校へ通っていた。嫌な吐き気を
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