55 声 その1
吉報とは、かくも突然にもたらされるものなのか。層を重ねた厚い雲の中央に、更なる上空から一条の光が大穴を穿つ。
閉塞感からの解放を謳い、勝利の胸中は神話の一シーンさながらの光景を鮮やかに描き出した。
遂に転機が訪れる、のかもしれない。追加装備の到着によって。
「シールド、というと。つまり盾」
『ヴァイエルの装備だよ。勿論、ただの盾じゃない。使い方は不二が知ってるから、安心して任せて』
はい、と言い掛けるが、勝利は直前で一つの質問に代えた。
「あ、あの……、湖守さん。そのシールドに何をさせたら、戦場で最大の効果が出せるんですか?」
もし、不二が予めその使用方法を知っているのなら、勝利が考えるべき事柄は一歩進んだ先にある。
現在、鉄壁の防御を必要する機体はこの戦場に複数存在していた。シールドで誰を護りたいか、と自身に問えば、当然三通りの答えが返ってくる。
しかし、最も危険な状況に置かれている者は、一機だ。
『主として命じなさい。「解き放て」と』
「解き放て……。何を、ですか?」
抜けているもの知りたさに、勝利はコックピットを満たす上司の声に更なる疑問を投げかける。
『シールドの力を。その意味も不二なら知ってる。君の役目は、命じる事。そして、部下を信じる事だよ』
「はい」
部下という響きにぎこちなく勝利が頷くと、湖守が付け加える。『風になった乃宇里亜は速いよ。もう近くにいる頃だから』
「はい!!」
何故、譲渡時には件のシールドが外されていたのか。シールドの力を解き放つ瞬間、一体何が起きるのか。
次から次へと関係する疑問が湧いてくるものの、それらには大きな蓋を被せ、勝利は自分専用の携帯端末を顔に近づける。
「不二。湖守さんが、お前に専用のシールドを渡したいそうだ。風が届けるらしい。左腕を伸ばすんだ」
『了解した、主』
勝利の見守る球状モニターの正面左寄りに、新たな分割画面が加わった。チリが気を回し、ミカギとは別に不二を追跡した映像をダブルワークに転送し始めた為だ。
「ありがとうございます、チリ。ダブルワーク」
ミカギとバスケットを護る不二は、護衛対象の女性より遙かに小さな体を持つ。全高五〇センチと言えば、虫の少年達より幾らか大きい程度だ。
白い花びらの舞う中、虫の翅を持つ金髪の少年が二人、時折画面を横切る。
彼等には決して傷をつけず、巧みに躱す不二が左腕を真上に伸ばした。五本の指先は揃えられ、挙手で乃宇里亜に自身の位置を伝えているかのようだ。
映像の一部で、旋風が起こった。
次第に花びらを高速で捕らえ巻き込むと、チリの外周まで風の直径はその大きさを増す。
冷たい旋風に目を開けていられないのか、二人の少年達も不安定な羽ばたきで渋々チリから離れてゆく。
一瞬、一つの影が不二を覆った。
ヴァイエルの左肘が僅かに下がる。左手首にV字型の影が添えられた瞬間、左腕の総重量が倍化したのだろう。
その後、疾風は垂直に降下し、人家の屋根数件分を軽く叩いて消えた。
残ったのは、不二と同じ色に塗られている硬質な一枚の盾だけだ。
後づけの装備でありながら、装着しているところを見ると、盾の収まりの良さに舌を巻く。上下の直線ばかりが目につく不二のラインに、盾は横幅と斜めの線を加えている。
攻防の術が揃い、二連砲の威圧感は盾によって相殺された。
素人でもわかる。ああ、これが完成型なのだ、と。
『勝利!!』
チリが名を叫んだ。
「不二」携帯端末に向かって、勝利は小型ヴァイエルの名を唱える。「主として命じる。解き放て、盾の力を!! あの白スーツに向かって!!」
『了解した、主』
正にその瞬間、闇の神の右膝が浮き上がった。
『そろそろ限界が近い筈だ。黒の縫修機。いい加減、名を吐けばよし。さもなくば……』
黄金の風を操る闇の神が、尚も輝く一閃をスールゥーに見舞おうとしている。
『ちぃッ!!』
黒の縫修機が、衝撃に備え胸の前で両腕を交差させた。既に何カ所かの外装が欠け落ち、肘から手首にかけてのラインは異様に痩せ細ってしまっている。
もう一度同じ場所に攻撃を食らった場合、最悪、腕そのものが失われてしまうかもしれない。
不二の盾が、中央から縦二つに割れた。
その溝に、上から下へと光が走る。
白スーツが、右足で黄金の風を起こした。
刹那。何かが、飛んだ。
しかし、スールゥーは以前と同じ位置に留まっている。衝撃を受け弾き飛ばされた様子はない。
代わりに、曇天の下で黄金の波が立った。
攻撃を放った側の白スーツが、自身の力に弄ばれたのだ。
長髪を束ねていた髪止めが砕け、波打つ金髪が翼のように広がる。
スールゥーも上下に後方にと派手に弾かれたが、闇神の速度は、飛ばされた縫修機の飛翔武器に勝る。
薔薇精達が咄嗟に人型を成し、数人がかりで彼の減速に手を貸した。もし助力を受けられなければ、白スーツの男は包囲網の外に出てしまっていただろう。
『今やったの、不二?』ツェルバが仲間達に問う。『凄いじゃん!! そういう手があるなら、もっと早くに使って。スールゥーがボロボロだよ』
「ごめん」いつもの癖で、勝利は反射的に謝った。「たった今、使えるってわかった追加装備の力なんだ」
『へぇ~』疲弊したスールゥーの語尾に、僅かな喜色が混じる。『僕達の勝算、無いって訳でもないんだ』
『……勝算、だと?』闇神の声が仲間内の会話に割り込み、怒気を孕んだ低音で凄む。『お前達に勝利を得る資格があるとでも言うのか!?』
距離が離れ小さくなった白スーツの姿に、一対の翼が重なった。
人間サイズの身の丈には合わない、巨大な黄金の翼だ。
「もしかして……」
勝利の唇が、渇く。
あの男が生み出していたものを風と決めつけたのは早計だったかもしれない。視覚が捉える黄金の痕跡は、おそらく巨大な何かが繰り出す体の一部だ。
-- 「56 声 その2」 に続く --
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