17 邂逅  その2

 勝利を吊り上げているダブルワークの両腕に、更なる力が加わる。

 普通ならば、事情を知らぬ通行人から恐喝を疑われた場合、慌てて手を離すものだ。異様な構図ではあるが、仲間内で起きた語気の強いコミュニケーションの結果でしかないのだから。

 しかし、ダブルワークは勝利を更に我が身に引き寄せると、宙に浮かせたまま、右手で服の襟を、左手で勝利の腰に手を回して包み込む。

 緑髪の男に、勝利の中で暴風雨と荒れ狂う激しい恐怖が伝わったのだ。

 彼もまた、彼なりの形で確信を得たのだろう。近づいてくる男が人間ではない、と。

 男の接近を牽制するように、二・三歩分の歩みでライムが優雅に立ちはだかった。

「すまない。この二人は私の連れだ。普段は仲が良いのだが、些細な事で衝突してしまった」

「そうか」と納得した風に足を止めるが、金髪の男は包装の上から尚も勝利を吟味しようとする。

 昨日から、美形男性のオンパレードだ。

 通りがかった男もまた、立っているだけで人目を引きつけるタイプの飛び抜けた美男子だった。ウェーブのかかった金髪を銀の髪飾りで後ろに束ね、膝に届いているのではないかという長さにまで延ばしている。虹彩どころか瞳まで白いので、麗しいの容姿で更にもう一層強く人の記憶に焼きつける気が満々だ。

 忍ぼうという心がけだけは常備しているライム達とは対照的でさえある。でなければ、元々派手な白人風の見目に仕立ての良い白のスーツを組み合わせたりはすまい。

 勝利の勘は、悲鳴に近い危機感の警報を鳴らし続けていた。

 この男が身に纏う『白』は、印象を操作する為の虚飾だ。白の内に何か別の、濃色の一面を隠しているのがわかる。

 すっかり怯えてしまった勝利だが、包み込むダブルワークの隙間から男の顔を見つめ続けていた。

 男も男で、壁となるライムの横から器用に勝利を観察し続けている。

 気づかれたのか、との不安が理性に揺さぶりをかけてきた。

 内なる切り傷が疼く。それは、三日吸いに遭った事で切り刻まれた勝利の時間の断面だ。

 闇に住まう神か。勝利は、ライム達や湖守の言う闇なる存在が醜い獣だけで満たされているのではない事を知った。

「君…」と、白いスーツの男が勝利に声をかける。「彼の言っている事は本当か?」

「は…」声が上擦った。「は、はい。この二人は、俺の知り合いです。お…、俺が言い方を間違えて、うっかり怒らせてしまいました。本当にそれだけです」

「ならばいいが…」

 立ち去り難い思いでもあるのか、未練がましく男が話を繋ごうとする。

 勝利が男の闇を察知したように、金髪の男の内にも響いて届くものがあるのかもしれない。勝利は三日吸いに遭っている吸魔化前の人間なのだ、と。

 白いスーツを纏った右腕が、勝利に延ばされてゆく。

 ライムの右手が払うより早く、背後からけたたましいクラクションが四人全員を怒鳴りつけた。

「こんな狭い道で喧嘩か? 通せよ。邪魔なんだよ!!」

 どうやら、バイクで通りがかった男が通行を妨げる勝利達に腹を立てたようだ。

「あ、悪ぃ」

 勝利を抱えたままのダブルワークと顔をしかめたライムが、道の中央を譲って一台のバイクをやり過ごす。

 ライム達とは反対側に避けた白スーツの男が、一瞬顔をしかめた。視線で追っているのは、勝利ではなく、通過したバイクの方だ。

 ダブルワークが勝利を下ろすと、ライムが先に立って歩き始める。

「行くぞ」と澄んだ声が、二人に従う事を促した。

 明らかに、ライムも事態の異常さに気づいている。

 勝利は、一定のリズムで足を動かすのが精一杯だった。時間にすればたかが一分程度の接触だったのに、フルマラソンを完走でもしたかのような疲労感と虚脱感が心身を襲う。

「い…、今、確率操作が、入りましたね」

「ああ。間違いない」と、ライムが歩きつつ肯定する。「もし、あの男が君に触れていたら、君の内にある時間の欠落部分が反応し、最悪、吸魔化していたかもしれない」

 ダブルワークの表情は、更に深刻なもので歪んでいる。

「ばれてるな、ありゃ。勝利が三日吸いに遭ってるのは」

「どうだろう。違和感は感じていたようだが、確信にまで至っていたかは疑問が残る」ライムが眉をひそめる。「だから、触れて確かめたかったのではないのか」

「そうしなくちゃならなくなったのも、確率操作の介入があったからなんだな」

 流石に半信半疑な様子で「かもしれんが…」とライムが言葉を濁す。

「恐るべし、勝負神…」ダブルワークが、ちらと勝利を見やる。「因みに、確率操作は、あいつが出てくる前に始まってたぜ」

 つんと足を止め、「そうなのか?」とライムが呟き、再び歩き始めた。

「勝利が、普通の勝利に戻ってる。それが何よりの証拠だ」

「普通に戻る、って。俺がいつおかしく…」勝利は、右手のハンハマーで左の掌を叩いた。「あ…!!」

「まんまと引っかかっちまった」ダブルワークが、不快そうに舌打ちする。

 唐突にライムの容姿を意識し始めた理由は、ここにあったのか。納得しやすい理由に行き着いて、勝利は異様に落胆した。

 確率操作が器の外側にばかり働くとは限らない。言われずとも気づくべき当たり前の現実だ。未だ勝利に主導権はないのだから、今後も操られる側に立たされる事は間々あろう。

 不運体質とは長いつきあいになるのだが、一回り以上スケール・アップした確率操作に代行者としての自覚がついてゆかなかった。

「え~」無性に腹が立ってくる。「今、すっごく嫌な気分です。利用されたみたいで」

「わかるぜ。俺もだ」と、ダブルワークが忌々しげに鼻を鳴らす。

 確率操作によって無駄に高められたのかもしれないが、ライムに対する勝利の思いは決して小さいものではなかった。

 もう一度裸体が見たい、という願望も邪念ではなく、境界線を有する信仰に属している。あの容姿を持つライムこそが、自分が吸魔化した時に力を振るってくれる救済者なのだ。頭上に掲げるべき向こう側の存在に触れたい、などと邪な事を考えられる筈がない。

 おそらくは、勝負神が咄嗟に思いついた牽制だったのだろう。おかげで、知らぬうちに勝利達に接近している敵の顔を見知る事ができた。

 しかし。

 しかし、だ。

 他者から清浄な信仰を捻られ邪念としてぞんざいに扱われれば、誰でも頬を膨らませたくなる。

 歩速が下がった勝利に、「振り返るな」とライムが短く警告した。「あの男、まだ私達を目で追っている」



          -- 「18 放たれた監視者」 に続く --

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