07 神との面接  その3

「自分の誕生日に誰かが亡くなっているのかは、わかりません。俺が大きくなる前に、祖父の法要はほとんど済ませてしまったらしいので」

「お爺さん、それは父方になるのかな? 他界しているの?」

「はい。祖母の事は微かに覚えていますが、祖父の生前については全く。祖母よりも数年早かったみたいです」

「そう…」湖守が、手にしていた履歴書をテーブルの上に置いた。「勝利君。悪いんだけど、お爺さんが亡くなった日についてちょっと調べておいてくれる?」

「…はい。構いませんけど」何の為ですか?、と思わず続けたくなってしまう。話しぶりから察するに、勝利と神との接点を探る上で何かの手がかりにするつもりだ。

 今や一周家の人間は、勝利だけでなく両親と妹まで神の範疇に入れられつつある。

 いや。それは妥当な判断なのかもしれない。湖守が抱いている疑問は、勝利自身の疑問でもある。

 息子の内に古き神が宿っている事を両親は知っているのか否か。関心の対象となるのは当然だ。

 その神が確率操作を司る神だと知っているなら、家族にまで及ぶ勝利の異常体質に日々奇妙なほど鷹揚だった事にも筋が通る。

 一度、実家に帰った方が良さそうだ。言い渋る話題に電話で突っ込みをかけても、成果はまず期待できないから。

「あの、湖守さん」

 これが面接ならば、勝利からの質問も当然許されよう。

「なにかな?」

 湖守に営業スマイルが戻っていた。望む調査を始められる事への満足感から、何割かは本物の笑顔であるとわかる。

「もし…。もし俺の生まれた日に、父方か母方いずれかの祖父が亡くなっていたりすると。何かの仮説が証明されるんですか?」

「そういう事になるね」歯に衣着せぬ湖守の物言いに、聞き手の方がぎくりとした。「三世代循環という偽装方法が、僕達神造神の間で使われる事がある。簡単に言うと、不死の自分達を上手い事人間の世界に適応させる、偽の寿命作りだ。但し、それを行う為には、最低でも四人の神造神がチームを組む必要がある」

「偽の寿命…」祖母の死と妹の誕生に繋がりがあるという事か。「それって、もしかして同じ日に亡くなった祖母と妹は、同一人物…」

「その可能性は、あると思った方がいいね」湖守が首肯を交える。「僕達第二世代神は、不老の能力を失っている。信仰されなくなった神々が不老不死のまま消滅するのとは違って、僕達の系列の神々は、消滅こそしないけど、神格が大きく下がると老化のスピードが増す。ま、それは、神造体に何を用意するかも影響するから、神格だけでは語れないんだけどね」

「はぁ…」

 一周家の妹と両親も、何らかの神に違いない。湖守は断定しているも同然だった。逃げ場を失った肺の中の空気が、溜め息に近い相槌となって勝利の口から吐き出される。

「それでも、人間から見たら不老レベルの緩やかすぎる老化だ。同じ土地には長く住めなくなってしまう。そこで、神造体の老化ペースを敢えて人間とほぼ同じ速度まで上げてしまおうと考える一派が現れたんだ」

「でも、不死なんですから、根本的な解決にはなりませんよね?」老いた先のことを案じ、勝利が救いのある説明をねだる。

「ああ。大丈夫」と、湖守が眉を下げた。「それまでの形を捨てる事は、好きなタイミングでできるんだ。どの神造体もね。そして、もう一度赤ちゃんに偽装して、生まれた事にする。神造体自体の再利用は可能だから、それを延々と繰り返すんだよ」

「じゃあ、もしかして…」勝利は、気づいた。その偽装方法には、共犯者が必須である、と。湖守の言った方法で人間の世界に馴染む為には、死と誕生の両方を偽る必要があるからだ。「産婦人科とか助産院とか、葬儀屋さんをしている神様もいるんですね」

 湖守の顔の満足度が上がった。勝利の推理が正しいのだ。

「それで僕も、神様のネットワークを充実させたんだよ」

「でも、俺の親はきっと湖守さんの事を知りませんよ。携帯端末を持っていませんし」

「そういう、地方で閉鎖的に活動している神々のコミュニティは、まだまだ多いんだ。望む土地に上手く馴染むと、敢えて他と繋がる必要性は感じなくなってしまうからね」

「馴染む、ですか…」

 その場合の馴染むは、紛れる事を指す。

 自身を偽って人間の中に溶け込み、寿命さえ無理矢理拵えて人間のようにあろうとする神々。勝利には、湖守達がどこか哀れに思えてしまった。

 何の為なのだろう。天駆ける事を諦めた行動なのか。それとも、湖守やライム達のように、闇との戦いに備えてのものなのか。部外者からの判別は容易ではない。

 いや。身内でも困難な気がする。心話の能力を失い、ありのままの思いを伝える術をなくした神々の間で、本音のやりとりをするのはひどく難儀な筈だから。

 まるで、誤解や嘘に翻弄される人間のように。

「三世代循環は、一周家全体には当てはまりそうだね」湖守が、テーブルに置かれている履歴種の氏名部分に人差し指を乗せた。「ただ、君は完全な状態で人間の肉体を持っている。実はね、勝利君。それは前例のない現象なんだよ」

「また、それですか?」と、勝利は残念そうに口端を下げる。「昨日も言われたんです。三日吸いの被害者がこんなに安定しているなんてレア・ケースだ、って」

 カウンターの端に座るダブルワークと隣のライムに、ちらりと念押しの視線を送った。

「ああ。覚えてるぜ」ダブルワークが勝利の話を全面的に肯定する。「おまえ自身も気にはなってるんだろ? 隣の女の子みたいに吸魔化しない自分をよ」



          -- 「08 神との面接  その4」 に続く --

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