15 空中戦 その4
ダブルワークの右膝が、しっかりと曲がっている。その分、敵を弾き出さんとする潜在力は爆発的だ。
吸魔が飛んだ。正面奥へと。
反動で僅かに後退したダブルワークが、身を翻し吸魔を追跡する。
「あれ…?」
二~三回の瞬きの後、勝利は映像を凝視した。機体が回転した筈なのに、シートに包まれている体には、これといった負荷がかからなかった為だ。
三半規管は正常な上、胃も血流も平常時を維持している。
なるほど。戦闘前に「揺れる事はない」と話していたライムの根拠に、勝利も辿り着く。
機体の中に居ながら、別空間のように快適だ。些か理屈には合わないのだが、考察の無意味な疑問は今日に限ると初めてではない。
それは、炎を蹴りつけて飛ばす、などというでたらめな芸当にも当てはまった。
ダブルワークを指すと思われるヴァイエルとは、何なのか。
誰がこの桁外れな高機能を与えたのだろう。普段は人の姿をしている者の内に。
頭の中を占める冷静な部分が、勝利の中で好奇心という棚に疑問を詰め込んでゆく。それは、現時点の保留事項にする為でもあった。
「あ…!!」
再び、黒いものが穴の辺りで蠢く。やはり、いたのだ。二匹めが。
大きく開いた穴から、別の吸魔がこちらの世界へとその黒い全身を捻じ込んでくる。
一度、獣タイプよりも大きな黒炎となって膨張した後、何故か収縮し、厚みの少ない直方体と化す。コンビニに置かれている箱入りチョコレートのような、酷く薄い直方体だ。
最終的に、その全長は獣タイプより一回り大きくなったところで止まった。最も広い二面を空と地面に向け、赤いヴァイエルを意識したのか前進のスピードを突然落とす。
「こいつは珍しいのが出てきたな」黒獣の尻に先回りしたダブルワークが、獣の足蹴をかわしつつ腹の下に回り込む。「二匹めの吸魔は、マスだ。最初に遭遇したこの手の奴が立方体だったから、頭や四肢を持たない同系は一括りにそう呼ばれてる。中には、円柱や円錐タイプまでいる。獣タイプより一回りでかい分、俊敏さには欠ける。だが、炎の守りのしつこさは獣タイプ以上って代物だ」
「ミカギさん一人で大丈夫なんですか?」
ダブルワークの右刀が、寸でのところで獣に躱された。
薙ぎ払うつもりだったのだろうが、獣の方も必死になって全身を横に滑らせ逃れる。
察するに、ダブルワークが狙っているのは、腹の何処かだ。ライムが特定した最初の刺接点、『存在』とかいう代物の為に何としても腹を狙わなければならない、とわかる。
「ミカギのヴァイエルは、打撃特化が好みだ。押し込んで、押し込んで、どうにかしちまう。ましてや、ミカギにとっちゃ千載一遇のチャンスってやつだ。ま、見てな」
「はい…」
勝利は、固い表情のまま唾を飲んだ。女の人の愛機なのに、は言わない事にする。
加えて、密かに想像した。女性追跡者の相方として側に立つ人の姿を。女性ではない事を祈りつつ、意識を映像という現実に引きつけて戻す。
ミカギの赤いヴァイエルが、ダブルワークと同じ二本の両刃刀を装着した。機体の形がよく似ているだけあって、装備は基本同じなのかもしれない。
だが、外観はダブルワークよりも直線的で、腕や肩、頭部など細部がかなり異なっていた。ダブルワークよりも痩身な機体に、様々な黄金の装身具が付けられている。
ミカギ機が急接近をかけたかと思うと、勢いそのままに左右の両刃刀を突き刺さんとする。
が、青い炎の盾が出現した直後、両腕を下に落として僅かに落下し、両足で上面を蹴りつけた。
かかる負荷が両方の踵分で、しかも同時だ。青い炎盾ごと、直方体の形が歪む。
「凄い…」
形を保ちきれずに、炎が変形するとは。
ものが炎故、力がかかって揺らめいたのとは違う。直方体を維持しきれなくなり、吸魔が打点から折り曲げられたのだ。
更に、反動で上に弾き出された踵の勢いを利用し、全身を半回転させ、上体で直方体の下面を突く。繰り返し繰り返し、二本の両刃刀の先端が青い炎を突き上げた。
そして遂に、二本の切っ先が青盾を貫通する。
「一カ所め!!」
赤い機体の腰を護衛していた左のビーム兵器から、一本の赤い光が打ち込まれた。
下面を貫通し黒い直方体に刺さった後、赤い光は消滅し、後には銀色をした杭状の物体が残る。ミカギ達は、直方体の中に一本の杭を埋め込んだのだ。
「あれはピン。先端が、上手い事刺接点を突いて止まってる」
獣の前足と戯れながら、ダブルワークが説明する。
戯れる。ひらりひらりと華麗にかわすばかりの動作は、そういう表現が最も適当だ。回避であり、また挑発でもあるように思う。
「俺達が上手い事、三箇所の刺接点全てに刺さなきゃならねぇ。『存在』、『自我』、そして『時間』。刺す順番は決まってる。ライムが今集中しているのは、俺が『存在』点を刺した直後、二箇所目の刺接点、『自我』の場所が割り出せるからなんだ」
-- 「16 空中戦 その5」に続く --
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