13 空中戦  その2

「へ…?」

 耳にしたライムの説明をどう処理すべきか、上手い判断ができない。勝利は最初、ただ歪んだ愛想笑いを浮かべるのみだった。

 ダブルワークの中? 何を馬鹿な、と興奮した部分が脳内で激高する。彼は人間だろうに、とすかさず反論したくなった。

 しかし、今吐き出すのは適当でない、と冷静な側面が理解してもいる。緑髪の男が人間の容姿である事など、ライムが知らぬ筈はないのだから。

 軽く頭を振って、球状モニターに集中し直す。空に開いた穴は、大拡張が時間の問題という有様になっていた。

 ところが、追跡者達は臨戦態勢に入りながらも、空中から大人しく静観している。

 何らかのリスクを回避しているのか。勝利は、妥当な説明を探し、その可能性に行き着いた。

「もどかしいか?」

 ダブルワークに図星を刺され、勝利の体がびくんと震える。

「え…、でも。きっと、それなりの理由があるんだろうなって思います」

「当たりだ」嬉しそうに、ダブルワークが声で勝利の頭を撫でる。「あの穴は、吸魔が通り抜ける程度なら、時間が経てば自然と塞がる。だが、広がりすぎるとそのままだ。生憎、俺達じゃ修復できない代物なんでな。こうして、柄にもなくいい子にして待ってるって寸法だ」

「はぁ」

 そういう事情を知るからこそ、あの赤い機体も吸魔の全身がこちらに現れるのをただじっと待っているのか。

 或いは、やりとりにあった通り、同じ穴から二匹めが現れる事を想定し構えているのか。

「勝利君。済まないが、体の固定は君が自分でやってくれないか。ダブルワークとリンクしている間、私は、隣にいる君の姿を視認する事ができない。座った時、左手首の下。シートのやや外側にボタンの感触が生まれる筈だ」

 ライムの言葉に合わせて、主シートの左横に黒いシートがもう一つ現れた。

 大きさ、色、質感全てがライムの使用しているものと同じだが、唯一上半身の固定方法が異なっている。

 勝利の為に用意されたシートは、身を預けてボタンを押した途端、肩と胸にぶよぶよの黒く大きなカバーを被せてきた。体は完全にシートと一体化し、最早多少機体が暴れたとしても勝利がシートの外に放り出される心配はない。

 しかし、右横に並ぶライムの専用シートは、上半身を覆う面積が若干だが狭く、形も違う。もしや、頻繁に着脱を行うのか、と思わせるものがあった。

 顔を正面に向けたまま、ライムは左横にいる勝利に話しかける。

「シートに座って、今、ライムさんの隣にいます」

「そうか。これから、君にとって馴染みのない戦闘というものが始まる。元々、揺れはそうそう伝わってはこない仕様だが、映像酔いの危険はある。君の中で生まれる恐怖は、何とか自分でコントロールしてくれ」

「そんな…」無体なと続けたかったが、口に出してなるものかと意地になって飲み込んだ。

 誘われたという経緯があるにしろ、ついて行く事を敢えて望んだのは、他ならぬ勝利自身だ。ここで取り乱したり不平を漏らすなど本意ではない。

「頑張ります!!」と、勝利は大声で喚きながら映像の変化に気を配る。

「その代わりと言っては何だが、君には私達が行っている活動の全てを見せよう」

「はい…!」

 勝利の声が上擦った。二人に試された事など不快な記憶が、勝利の中で大きく反転しその印象を変える。

 協力的な被害者に、彼等は現場で最大級の返礼を用意するつもりなのだ。

 ならば、死んでも堪えねばなるまい。銃弾や炎の応酬が目前で展開されようと。ヴァイエルが何の事なのかを訊けなくとも。

 穴がとうとう限界を超え、破裂するように拡大する。境界の破片が多方向に飛散するのも構わず、吸魔の全身が空中へと踊り出た。

 直後、黒い全身が渦を巻いて膨張する。

 昨夜の三倍、いや五倍近くに膨らんでゆく。

 下を流れる車の一台一台が、遠近分を差し引いてもひどく小さいものに映った。

「でっかいだろ」別段驚いた様子もなく、ダブルワークがいつもの事と軽く受け流す。「連中は、実体のない黒い炎だ。元々あのくらいの大きさで、人間を襲いたくなると自分の体を小さくする。ビルの陰や路地裏で待ち伏せしやすくなる為にな」

「あのくらい…?」

 つい問いかけてから、勝利はしまったと思った。

「ああ」しかし、ダブルワークは緊急時にもかかわらず丁寧に応対する。「吸魔によって、大きさや形、強さに差がある。B七三は、平均的なサイズだな。獣型も一番多い」

 それ故、白い機体にも吸魔に応酬する為の十分な大きさを必要としたのか。勝利は、昨日から捨てきれずにいた疑問から解放され、つい口端を上げた。

 線路上で浮遊するところを目撃した時、何故そこまで大きくしたいのか、との素朴な疑問に囚われた。だが、人を納得させる理由は何にでもあるのだ、と妙に落ち着く自分に気づく。

 だから、いつまでも思考の中で練り回すのはよそう。この機体がダブルワークだ、ヴァイエルだ、と説明された件について。

『しかも、もう一匹出てきそうよ』

 電話で聞いた女性の声が、今度は語尾を伸ばす事なく切れのよい口調で警告を発する。

「ミカギ、そちらを任せてもいいか?」

 電話でも聞いた声に、ライムが淡々と役割を分担する。

『わかってるって!! 最初からそのつもりよ』

 赤い宝石と見紛う人型の機体から、パーツの一部が二つ外れた。素早い動きで左右に展開する。

 両肩に元々装備されていた分離式の武器か何か、なのだろう。

 更に拡大した映像で見たいのだが、勝利を同乗させているだけでも十分に特別扱いだ。流石に「美しい姿だから目に焼きつけたい」は言えなかった。

「こっちにも、同じモノが付いてるんだぜ!!」

 敵襲に備えるダブルワークの声が、思いのほか上機嫌で威勢がいい。

 映像で二箇所、同時に動く物が現れた。カチンという音と共に、目線の高さにあるモニターの左右から白いパーツが離脱してゆくのが見える。

 場所から察するに、赤い機体と同じく肩の辺りからだ。

 左右でそれぞれ一つづつ、同じ形をした涙型の白いパーツが鋭い先端を吸魔に向ける。

 空中に浮いたままの黒い獣が、頭を低く下げこちらを威嚇した。

「始めるぞ!!」と意気込むダブルワークに、「ああ。最初の刺接点の割り出しは終わった。いつもの通りにやれば何も問題はない」と慣れたやりとりの中で、ライムが何かを相棒に託す。

「刺接点は、どの吸魔にも三箇所ある。まずは、ライムが割り出した最初の刺接点。『存在』から、だ!!」

 短髪の男の声で、語尾に力が入る。

 左右に展開したパーツの鋭い先端から、突然赤い閃光が放たれた。



          -- 14 「空中戦 その3」に続く --

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