『釣り』-2

***

 呼び出されたとき、流風は調べ物をちょうど終えたところだった。終えた、というより一段落ついたと言った方が正しい。

 環はなにかに巻き込まれているのではないか。颯の不安は正しい。彼女がわざわざ約束を反故にして会いに来たのは、それを調べるためだった。颯も颯なりに調べている。だが彼女には別にやる事があって、娘の事ばかりに時間を取られてはいられないようだった。

 これを調べると請け負ったのは、娘の父親だからだ。娘を今の立場ーー軍の息のかかった王宮魔導師ーーに仕立て上げた勢力のひとつに、流風の名前もある。

 確かに、環は軍と議会と王宮の間でパワーゲームに巻き込まれている。本人も薄々感づいているようで、目立った事を避けている節が見られる。二日嗅ぎ回ってわかったのはこの位で、裏で動いているだろうなにがしかの作戦じみたものは存在を見つけられはしたものの、取っかかりが掴めない。だが、環なら下手は打たないだろうと思えた。魔導師に着任してからまだ数日だが、身の振り方には気をつけている。記録からそれが見いだせるのだから大丈夫だ。

 異人部隊のひとりは、指揮官の側にいる役回りをよくしている者だった。こんな使い走りはなかなかしない。

 話を聞いた限りでは、メイズがまんまとはめられたようだ。榊 麻耶と、颯に。こんな馬鹿をするはずのない男だ。仇を前に目がくらんだとしか思えなかった。

 その上指揮所に着いてみればメイズの姿はなく、通信は破綻している。彼にしては助けを請うのが早かったが、まさか逃げていたとは。恐れ入った。

「M3から各員。生きてるやつは返事をしろ。今すぐ!」

 わめいていた声のいくつかがコールナンバーを返してくる。中継役も何人か沈黙していた。道すがら聞いた状況と照らし合わせると、ピア・スノウの事務所へ向かった一個小隊は中継役が沈黙していて安否不明、颯がかかった魚を連れ入った『網』で待ち伏せていた数人と、その応援へ行く手はずになっていた歓楽街での颯の監視役数人、一個小隊分が壊滅している。

 合流地点を指示する。作戦は続けられない。

「『網』へ行く。メイズをなにがあっても捕まえろ。尻拭いがいる」

 指揮所の撤収も指示し、『網』へ走った。

 なんでもどうにか出来る男だとしても、このざまを逆転させることは無理だ。流風はなんでもできる、なんでもどうにかしてみせる。そうあろうとしてきたのだからそうだ。ほぼ同い年の女の子の、教育係をしなければならなかったのだから。なんだってできる男でなければならなかった。自分が指揮していて、メイズがいて、桜花がいたなら。きっとこうはならなかった。自分だけでは駄目だ。メイズがいなければ。

 『網』までは走っても十分はかかる。その間に生き残りがまたやられた。無線にノイズが入る。通信圏内に入った合図。

「そっちが本隊だろう」

 『網』に生き残りはいない。今いるとするなら、颯だけだ。

 返事はない。

 颯が榊 麻耶の率いる手下本隊とぶつかっていて、異人部隊が全滅していて、なおまだ生きてここにいるならば、麻耶はデザートに取っておくだろう。

「榊 麻耶を残しておけよ。大事な謝礼だ」

 必死に聞こえないように。自信と余裕を見せつけるように。流風のキャラクターに、颯は弱い。

 大きなノイズが走った。物音が大きすぎてノイズになっている。無線機を捨てたのだろう。

 言い返してこないのは、言い返すことができないからだ。つまり間に合った。颯は麻耶を生かして、とんずらした。そんなところだろう。メイズへの義理は果たしたと言える。麻耶がなにを言ったとしても知らんぷりを決め込むつもりだろう。

 『網』は路地だ。生臭い。血のにおいが強く、濃い。喉へ酸っぱいものがせり上がってくる。銃とライトを構え、一歩ずつ進む。人気はない。やはり颯はとんずらしたようだ。地面は血でぬめって生あたたかく、足音が湿った音を立てる。手と足、頭。無惨に転がった人体の中に武器は見られない。翼ーー弟も来ていたのか。こちらの世界に来たばかりでは武器は持ってないだろう。調達も難しい。根こそぎ持って行ったに違いなかった。

 路地の真ん中に、頭と首がつながった女が倒れている。忘れようもない。榊 麻耶。生きている。

「M3より各員。クリア。撤収にかかる。急げ」

 聞いた作戦によれば、仲間は上から狙撃する予定だった。この路地の中に遺体はない。仲間の死に様を、確認してやらなければならなかった。

 路地を挟む建物は両方二階建てだ。屋上には大量の薬莢と、死体が転がっている。仲間の遺体は端に転がっていた。麻耶は後で処理するつもりでいたのだろう。頭に一発。仇はとったぞ、そう言い切れないのはあまりにも下がむごたらしいからだ。血で塗り固められた路地。仲間が到着して、片づけを始めたようだ。

 榊 麻耶が気を失っている間に簀巻きにし、アジトの尋問室に放り込んだ頃には夜が明けようとしていた。

 颯は正気なのか。こんなことができる女じゃなかったのに。疑いだすときりがなく、いても立ってもいられず彼女に会いに行った。朱伊皐月のところへ。

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