現実世界からの手紙-1

 掃除は違法移民の襲撃に見せかけることができ、空いた正規職員のイスにはケイがこれまで入国させた仲間が座った。彼女の仲間――知り合いの知り合いの知り合いに至るまで――同じ境遇の人間たちを着実に入国させているが、情報はこれといってめぼしいものは集まらない。共通することはひとつ、榊 麻耶かその仲間に追われていることだけだった。

 襲撃犯を逃したことは責められず、生き残ったことをほめられもしなかったが、ケイとメイズは勝手に昇進することにした。元から無いも同然の支部長とその補佐だ。仲間内で支部を埋めたために、中心人物が上に立つのは道理でもあった。

 支部の体制が安定してきた頃、おおよそ流風の手紙を出してから一年後に返事が来た。

 メイズが茶を淹れに休憩室へ入ったときだった。休憩室にいたケイが、素早く手に持っていたものを隠したのだ。珍しいことに、桜花が彼女と一緒にいる。

 どうした。聞くよりも前に、

「なにしてるの、こんなところで」

 ケイが眼を泳がせた。抑揚のない言い方は、隠し事を誤魔化そうとして誤魔化し切れていない。

「茶を淹れに来た。なにを隠した?」

 密入国させた知人の娘に書類を書かせている途中だ。シヌーグからの荷物も一緒だった。荷物が主で、人間はおまけで隠して運ばせている。

 密輸した品物だろう。まったく、掃除の時に違法な物品を一掃し、以後酒と煙草の他は禁止したはずだ。支部長自らが規則を破るとは。

「違う、違うのよ。変なものじゃなくて。手紙。返事が来て」

 ケイはそろそろ、背に隠したものを出した。

 白い封筒だ。あちらで流通している、一般的な大きさの封筒。宛名は漢字とアルファベットだ。瑠璃 流風様。女の字。

 漢字は読めないが、理解はできる。この世界全体にかかっているーー包んでいる魔術だというが、便利なことに言葉が通じないということがない。だから入国時に書類を書かせるのだ。世界への言語の登録を兼ねて。この便利な魔術のおかげで、桜花も随分しゃべるようになった。

 だからとにかく、瑠璃流風という漢字は読めないが、流風を意味していることはわかった。

「それをこんなところに持ち出してどうするつもりだ」

 手紙を荷物に紛れ込ませて密輸するとき、ケイは彼女の好奇心と流風への不信から、中身を見ると言った。流風本人も中身が見られることを覚悟していたために、メイズもそれに関してはなにも言わずにいた。だが、今になって返ってきた手紙まで覗こうとは。この一年の間、流風とは連絡を取り合っていた。密入国も含め、入国させた者の住む場所や職などの世話を頼んでいる。全てとはいわないが、ケイの知り合いも流風の世話になっていて、彼女も流風とは友人であるはずだった。

「だって、気になるじゃない。流風の手紙、すごいラブレターだったのよ」

 大方予想はついていたが、実際読んだ人間にそう突きつけられると応えに困る。ケイにつき合って読まなくてよかった。

「なおさら中を見るわけにはいかんだろう」

 ただのラブレターだったなら、返事もおのずと察しがつく。友人だから見逃さずとも、検閲の必要はない。それについても規則を作ったはずだ。

「流風がただのラブレターなんて出すわけないじゃない。あれはラブレターに見せかけた重要な意味をもつ・・・・・・」

「重要な? それでそれで?」

 流風の声だった。楽しんでいる声だ。ケイがこちらの背中越しに、本人と眼が合ったらしい。顔を強ばらせ、眼を泳がせながら、

「あ、開けてない! 開けてないから! 見てないわよ!」

 腕を伸ばして手紙を差し出した。足音が近づいてきて、手紙が渡る。メイズは後ろめたいことなどしていないのに振り返ることができなかった。桜花はケイを盾にして隠れ、顔半分だけ出してこちらを窺っている。

 紙のこすれる音だ。そういえば封筒は分厚く見えた。この返事もどうせ、甘ったるいラブレターに違いない。

「これ、本当に見てない?」

 だが、流風の声は堅く冷たい。ケイが消え入りそうな声で答えると、彼は足音高く去ってしまった。

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