現実世界への手紙-2
まだ正規職員になって日が浅いために桜花を伴っても一人ではシヌーグに行くことは許されていない。職員の誰もが違法行為をしているくせによくやるものだ。個人の権益を守って今の違法な利益を減らしたくないからだと察しはつく。
男あさりをしているケイに話しをつければ簡単だ。荷の中身は移民の男と関係がない。
中身が読まれないことまでは管理しきれないと念押しした。流風は問題ないと言ったが、娘の母親宛の手紙だ。触れられたくないはずのものだろうに。
荷物に紛れ込ませておけば夏子葉が勝手に見つけると言ったことも、人事であるように感じる。離ればなれになった恋人への手紙だ。わざわざ頼み込んで届けさせるくせに、さして重要でもないというのか。
流風を外に、メイズは一人事務所へ戻った。ケイは部屋で昼寝している時間だ。お楽しみでなければいい。邪魔をしてまでして頼むのは貸しになる。
ケイは運良く昼寝から目覚めたところで、何度目か知らない二度寝に入るところだった。
「運びたい荷物がある」
こう切り出すと、ケイは一言答えた。嫌だ。
「私と一緒に入国した親子のものだ。怪しいものじゃない」
危ないものでもない。手紙とまで言うのははばかられた。
ベッドが縦に入るだけの奥行き、幅はベッドの幅の倍もない。ランタンに火は付いていなかった。暗い部屋を、開けたままのドアの隙間から入る陽光だけがうっすら浮かび上がらせている。
ほこりとヤニ、酒、汗のにおい。乱雑に衣服が積あがった部屋はおおよそ女性が寝起きしているとは思えない。
「あのあおい髪の?」
そうだ。答えると、ケイは起きあがった。寝乱れた姿は見飽きて、だらしがないとしか思わない。
「ものは?」
煙草ちょうだい。そう言いたげに手を振られるのは気にくわないが、頼む立場である以上聞くしかない。一本火を点けて渡した。
「手紙だ」
「いいけど、中を見るわよ。それと、」
てがみ。繰り返して、ケイは煙を吐いた。検閲ではなくーーそもそも密輸に必要ないーー興味だろう。彼女がいっとき滞在していた村を焼いた原因になった、男と同じ色の髪をした親子への。
「あなた、代わりに協力しなさい。わたしの計画に」
聞くと、ケイの計画というのは仲間を集めるというものだった。
彼女にも似た経験をした知り合いがいるらしい。あおい髪の人間と関わったために命を狙われ、追い回されている者が。
看護婦の前歴がありながらこんなところで大した仕事でもない職に就いているのは、仲間を移住させるためだという。ここまで追ってくることはないから。そして、情報を集めるために。
「復讐するつもりはないのではなかったか」
「まだ決めていないだけよ。知ってから決めてもいいでしょ」
随分冷静なことだ。理性的、というべきか。そんなことでは復讐など遂げられない。この私でさえ遂げられていないというのに。
「賛同はできないな。私にも同士はいるが、意見が合わなかった」
「別に、仲良くする必要はないわ。これはビジネスよ。わたしは追っ手のない場所を提供する。彼らはわたしに情報を渡す」
「情報だけでは倒せないぞ」
「いいのよ。倒すことにしたら、倒せるように今度は戦力を集めるから。わたしはね、ただ知りたいの。わたしが、何に巻き込まれてこんな目に合ってるのか。その原因がね」
利はあって害はない。こちらにとってはうますぎる話だ。それをわかっていて持ちかけている。
「わかった。それならひとつ、提案がある」
提案? ケイは鼻を鳴らしてわらった。
「ここを掃除したい」
「ここって、部屋のこと?」
「違う。ごみくず同然の職員どもだ。密入国は他にもやってるやつがいるだろう。邪魔をさせないために一掃してケイの知り合いで席を埋めればいい」
ここの職員には本当にモラルがない。下品で下劣だ。桜花が何度も襲われるようなことは防ぎたかった。一対一なら返り討ちにできるが、多数なら始末しきれないかもしれない。
それを知ってか知らずか、ケイはふうんとだけ言って応えた。
「勝手にやって。補充は手配する」
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