発見-3

 ぴたり、桜花が立ち止まった。一点、道の脇を見つめている。

「どうした」

 これは野生動物なら獲物を狙っている様子ではないのか。はらはらして、つい声を掛けたが少女は微動だにしない。この人混みだ。話し声が入り交じっていて聞こえなかったのかもしれない。

 メイズはしゃがんだ。腰を折るより確実に聞こえると思ったからだった。どうした、再び言おうとして、桜花と同じもの、視線の先にあるものが見えた。

 それは桃色の花だった。だが花にしては大きく、表面がてらてらと、きらきらとしていた。桃色の花びらが五枚集まって円形をした棒付き飴。柄もののペロペロキャンディー。

 桜花の着ている和服に描かれている花と同じか、似ているように見える。確か、彼女の名前と同じ、サクラという花だ。

「可愛い嬢ちゃんだねえ!」

 屋台の店主が気付いたらしい。人の良い男の声が飛んできて、無視できるはずもない。コート越しに桜花を引っ張った。少女の足取りはゆっくり、まるでぎこちない。そしていざキャンディーを目の前にすると、元来の俊敏さでメイズの後ろへ隠れてしまった。

「恥ずかしがり屋さんなのかな?」

 中年の店主が笑ってサクラの描かれたキャンディーを差し出す。その明るさとあたたかさは、きっと、間違いなく、この少女の知らないものだろう。桜花はますます小さくなったが、メイズは背を押した。張り倒すためではなく、極力、力を込めずに。

 一歩前へ踏み出した桜花の目前にキャンディーがある。少女は、おずおず、キャンディーを手づかみした。

「嬢ちゃん、ほら、ここを持つんだよ」

 あっはは、声を出して笑った店主が、顔をくしゃくしゃにしたまま桜花の手にキャンディーの棒を握らせてやる。両手で棒を握ったまま、固まってしまったのを見て、思い至った。もしかして。もしかして、桜花はキャンディーというものを知らないのではないか? 確かに、今まで口にしているのを見たことがない。はじめ、キャンディーで釣ってみようとしたが興味を示さなかったので嫌いなのだと思っていた。

「舐めてごらん」

 店主は察したのか、大仰に舌を出して商品をひとつ、べろり舐め、笑った。桜花はそれを見て、キャンディーを見て、なぜかメイズを見上げてくる。許可を求めているようにも、助けを求めているようにも見える。相変わらずの無表情だが。

 腹を決めてしゃがんだ。桜花の手ごとキャンディーを引きよせ、隅を舐める。甘い。キャンディーなど十年以上ぶりだ。どうだ、やってみせろと、少女へキャンディーを突き返した。彼女は舌の先で、ちょん、キャンディーに触れる。とたん、眼を見開いて顎を引き、何度もまばたきした。しろいばかりだった頬がほのかにあかい。

 少しずつ、次第に一心不乱に、キャンディーをぺろぺろする様子のあまりの幼さにメイズは驚いた。そういえばこの少女は、桜花は、何歳だろう。小柄さに見合わない怪力へばかり注意が行ってしまって考えたことがなかった。

 店主へ代金を渡すと、彼はなぜだかさっき舐めたキャンディーを寄越してきた。真っ白い、何も描かれていない棒付きキャンディー。

「嬢ちゃんがそれなら、あんたはこれだよ」

 いたずらっぽく笑う店主は自らの頭をなで上げる動作を見せる。なるほど、花柄を着た少女が花柄キャンディーだから、禿頭のおっさんには真っ白のキャンディーというわけだ。怒る気にもならずにいると、

「ふふ」

 微かな笑い声は桜花のものであるような気がした。だがキャンディーでベタベタの顔は相変わらずだ。

 なぜだかこの場がこそばゆく、メイズは自ら動き出す気配のない桜花の手を引いた。まいどー! 明るく、笑い混じりの店主の声を背に受けて考えるのは、桜花の手が思っていたよりずっと小さいということだ。

 キャンディーの代金が法外なまでに高く、晩飯はパンを買った。桜花用だ。結局引き払えなかった部屋で食べるように言って、メイズは夜の街をさまよった。どこにでも、流れ者にさせる仕事というものがある。こんなものは運悪く流れ着いてしまった者に押しつけてしまえという仕事が。

 そういったものの話をひとつふたつ、紫煙の溜る場所で聞いていると思う。こういったものは、桜花のほうがずっと慣れているだろうと。あの小さな身体の少女が、キャンディーさえ知らなかった少女のほうが、ずっと人間の始末というものに慣れている。

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