発見-1

 もう一眠りしたいところだが――寝た心地がまるでしない――行動は起こしておくべきだった。桜花が手がかりにならない以上、昨晩殺してしまった狙撃手から辿らなければならない。

 だがそれも簡単ではなかった。メイズがこの町に来たのは、チームの一員として雇われたからだった。そのため仕事に必要な手配を直にはしておらず、町の勝手が分からない。それはこの町の勢力図が分からないということでもある。その上よそ者である、メイズの雇い主は早々に町を退散するに違いなかった。

 勝手の分からない町で去ろうとするよそ者を探す。メイズには難しい作業だ。それも、眼を離した隙に人を斬り殺す少女を連れて。

 聞いたことのない、妙な音がして振り返ったら男が倒れるところだった。日の傾き始めた裏道、情報屋にやっと出会えたところで。倒れる男の胸から腹へ、深い切り傷が走っている。情報屋の用心棒だろう男は悲鳴も上げきれずに事切れて、情報屋は泡を食って走り逃げてしまった。

 桜花は平然と刀を鞘に収め、彼女の中での定位置に抱え直す。殴りたいが、そうしたら平然と斬り殺されてしまいそうに思えて、握った拳を引っ込めた。

「もう二度とするな。また一からやり直しだ」

 桜花は首を傾げただけだったが、言って聞かせる時間が惜しい。情報屋は一人ではない。だが繋がりは強く、もうこの物騒な少女のことは伝わっているだろう。町じゅうに広まるより早く、新しい情報屋を捕まえなければならない。

 そしてまた失敗した。

 なにか蹴り飛ばす感触がしたが、何だったのか気にしていられない。足音と話声が路地に反響して、迫っているように、既に追い越されてしまっているようにも感じる。街灯の届かない、前もろくに見えない真っ暗闇の中を焦って走り逃げているから余計だ。

 桜花の軽い足音がすぐ後ろにある。ぴったりと貼り付いているかのような真後ろ。もっと速く走れと煽ってくる。彼女を前にすればメイズが追いつけない上、立ちふさがるものを全て殺してしまうに違いない。それは避けたい。これ以上敵を増やすのはごめんだ。

 だが、こうしてわかりやすく急かされるのも実に不服だ。現状も実に不服極まる。

情報屋の用心棒ひとりを手に掛けてしまっただけ――おそらくは大した理由がなかったことが反感を買ったのだろう――で町中の手練れに追い回されてしまっては、町を逃げ出すしかない。逃げられるものならだが。

「わけもなく、手を上げるから、こういうことになるんだ」

 いや、こういったことが、自分のような復讐に取り憑かれた人間を生むのだ。

 息は苦しいがきちんと言って聞かせる必要がある。ぜえぜえと息を切らしながら話しても、桜花からの反応は早くしろという不服以外になかった。



***

 暑い。人がこう多くては敵わない。メイズは道を埋める人混みの頭達を見下ろして、げんなりと息を吐いた。なまじ頭のひとつふたつ分背が高く先が見えるのに、いつまでたっても先に進めない――見通しの立たないのを予測できる分憂鬱もひとしおだった。

 ほうほうの体で逃げ出した町から数日の間移動を続け、有り金をはたいて桜花の偽造パスポートを作りたどり着いた異国の地だ。直近の命の危機を脱し、榊 麻耶への手がかりは何一つない。それでも人口の多い街だ。情報を手に入れられる可能性はある。

 懐から煙草を取り出して、最初の目的を変更する。まずは煙草だ。最後になっていた一本を咥え、火を点ける。ついで、髪の毛一本残らず剃った頭を搔いた。頭を上げようが下げようが、視界には人混みが続いている。大人が五、六人横並びで歩けば埋まってしまう道幅の両側に屋台が隙間なく並び立ち、人の流れがごちゃごちゃしているために足が止まってしまった。

 人がこう多くてははぐれてしまうかもしれない。思う矢先、定位置である視界の隅、一歩後ろにいるはずの桃色が見当たらない。

 やっと動き出した人波に逆らって振り返った。すぐ後ろの人間とぶつかって――やはり桃色の和服を着た少女ではない――睨まれるが睨み返して黙らせる。

「桜花!」

 名前を呼んで逆走するものの返事も桃色の人影もない。ああ、しまった。

 眼を離すと何をするかわからない。そもそも何を考えているのか把握し難い。ふたりで旅をして数ヶ月経つというのに。人生の半分以上をこの復讐の旅が占めている自分が、女子どもに縁があるわけもない。ましてや東洋の、これっぽっちしかない島国の少女ならなおさら、上手く扱えるわけもないのだ。と、この数ヶ月自身に言い訳を続けてきた。だが仕方が無い。敵として出会った彼女が、付いてきてしまったのだから。まるで煙草の煙に取り憑かれる様に、フラフラと。

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