第十話

                    *



 戦闘開始から、1日と22時間が経過した11時8分。


 東部領戦域では、『大連合』軍が沿岸に最大限『レプリカ』を配置し、もはや『島国』軍は接近すら出来ず、沖で釘付け状態にされていた。


 『フレイム』『グウィール』両機の起動が完了し、ウェストリアス基地からコーラリアス前線基地に移動する準備をしていた。


 一方、南部領戦域でも、逆襲を開始した『大連合』軍は、『島国』軍の防御陣を突破して相手陣地になだれ込み、奪われた領土をほとんど奪還していた。

 

 また、敵の『神機』襲来に備えて、戦闘開始直後から急遽きゅうきょ起動を開始していた、南方面軍所属の『スカウト1』『セイバー2』の2機も起動が完了した。


 『神機』・『スカウト1』は、機体の下半分が巨大な無限軌道に、上半分がよろいを装備したウマの様な形状をしている、銀色の遠距離射撃に特化した全高17メートルの2型『神機』である。

 同・『セイバー2』は、正八面体の身体に6本の脚が生えていて、中段あたりの左右から先がマニピュレーターの腕が生え、最上面にモノアイカメラのある丸いドームが突き出している、近接戦闘の特化した鈍色の1型『神機』である。


 監視所から撮影した機体の見た目から、『ウォーターストライド』、と名付けられた『島国』軍の『神機』を迎え撃つため、その2機は海岸近くの基地で待機する。


 現在の戦力は、『島国』軍の『レプリカ』が、若干数の援軍があったものの、62機にまで減少。『神機』は『ウォーターストライド』1機。


 『大連合』軍は『レプリカ』が139機、『神機』は『フレイム』、『グウィール』、『スカウト1』、『ランサー1』の4機。


 レオン達は全員、指令室に集まって、作戦の細かいところを綿密に打ち合わせしていた。


「それでは、『ウォーターストライド』とやらの対処はお任せしますわね」

「了解」


 エレアノールとレオンの、そんな会話で締めくくられて散会になった。


 その後、レイラ達と会話しているレオン達より先に、アメリアとエレアノールは『グウィール』の入っている格納庫にやってきた。


「アメリアさん」

「はい」


 『グウィール』の前方の足元で、アメリアはエレアノールにそう呼びかけられ、彼女の前にひざまずく。


 アメリアの後頭部に両手を回し、その額に口づけをしたエレアノールは、その手を放して祈るときの様に指を組むと、魔除けの祝詞を詠唱し、5重に加護を重ねた。


 それが終わったとき、ちょうどレオンとセレナが、『神機』へ搭乗するための、橋のようなタラップの下にある通路を通って、隣の格納庫へ向かうために通りかかった。


「『英雄』さん。ちょっとお待ちなさいな」

「はい?」


 エレアノールはレオンを呼び止め、アメリアを従えて彼の方に近寄る。


「せっかくですし、あなたにも加護をおつけしますわ」

「はっ。有り難く頂戴ちようだいいたします」


 レオンはそう言うと、エレアノールから何の指示も受けず、アメリアがしたように跪く。


 それを見るアメリアとセレナ、そして、レオンを見送りに来たレイラは、実に複雑そうな表情をしていた。


 レオンの側頭部に右手で触れ、アメリアと同じように額に口づけをしようとしたが、


「……あら。あなたにはこれ以上、加護は必要ありませんわね」


 その動きを止めたエレアノールは、少し驚いた様子でそう言って触れていた手を放した。


「私のそれを付けては、かえって邪魔になりますわ」


 流石に命1つ分を使った加護には、私のものはノイズにしかなりませんもの、と、一瞬辛そうな顔をしたエレアノールは、直後、慈しむ様に微笑んだ。

 ではご武運を、とレオンに言った彼女は、アメリアと共にタラップへと上がるエレベーターへと向かった。


「……そうか。セレナ……、お前が僕を護ってくれてたんだね……」


 パイロットスーツの上に着ているジャケットの、彼女のものだったロザリオが入っているポケットに手を当て、レオンはうつむき加減で声をやや震わせて独りごちた。


「レオン……」

「レオン、さん……」


 レイラとセレナの2人が、そんな彼を心配そうに見ていたが、


「大丈夫。行こう、セレナ」


 1つ息を吐き、顔を上げてそう言う彼は、いつもと同じ様に口元に笑みを浮かべていた。


「はいっ」


 セレナはレオンのそんな表情を見て、安心してそう返事をした。


 セレナ、レオン、レイラの3人と護衛数人は、隣の格納庫のタラップへと移動する。


「レオン。……どうか、どうかご無事で……」


 セレナと共に、コクピットに乗り込もうとするレオンの背中へ、レイラは不安そうな顔をしてそう言う。


「ああ。任せてくれ、レイラ」


 レオンは後ろを振り向き、わざとらしくキザに笑い、サムズアップをして見せた。


 それぞれがコクピットに乗り込むと、シャッターが開いていき、2台の台座が基地内に引き込まれた複線の上まで移動した。

 下のタイヤが車輪に切り替わって、『神機』を乗せるための貨車になり、各々がジョイントで連結された。


 先頭の牽引車と貨車2台が連結し、『フレイム』が跪き、『グウィール』が脚を格納して水陸両用車型になったのが確認される。

 自前のコアから、『神機』からの電力供給に切り替えた牽引けんいん車が、警笛を鳴らしながら前に進み始めた。


 1時間と少しで、2機はコーラリアスに到着した。


「一応、もう一回作戦を確認しますわね『英雄』さん」

「ああ」


 2機は高度な暗号化がされた秘匿回線を使って、作戦の最終確認を開始する。


 作戦は至ってシンプルなもので、まず『グウィール』が灯台のある方の岸にある、この地域では1番沿岸に近くて高い、西コーラリア山・山頂の台場に立ち、『島国』の方向に最大出力で通信波を放つ。

 『フレイム』はその麓の沿岸で、『ウォーターストライド』襲来に備える、というものだ。


「では手はず通り頼みます。マドック中尉」

「お任せを。ルイス殿」


 台座から地面に降り立ち、2機のパイロットはそう言葉を交わすと、それぞれが所定の位置についた。


 天気は快晴でやや弱い西風が吹き、陸海共に視界はかなり良い。


 『島国』軍はそんな2機に向かって、一斉に砲撃を開始する。


 しかし、実砲弾は要塞の対空砲で撃ち落とされ、ビーム弾は『グウィール』が対光学チャフで、『フレイム』はブレードモードにした武器を振るってそれをかき消し、それぞれ無効化する。


 『島国』の艦砲がクールタイムに入ると、レオンは武器をガンモードにし、威力を『レプリカ』のレーザー砲レベルに絞って、艦に乗っている『レプリカ』の砲身をミリ単位で的確に打ち抜いていく。


『なんだあの化け物!』

『いくら『神鎧しんがい』でも滅茶苦茶めちゃくちゃ過ぎる!』


 『島国』軍は、そのどうかしているレベルの砲撃におののき、全艦が全速で後退していく。

 その際、無謀にも『フレイム』へ砲撃する艦も数隻いたが、その艦達だけ2秒もしないうちに無力化されていた。


 山の上に陣取る『グウィール』はまず、連絡用のものを除いた、試験送信電波を全ての周波数で出力を千分の1にして流した。

 本来はジャミング用のため、ノイズがひどいのではないか、と心配されたが、むしろ現在の一般的な通信設備よりもはるかにクリアなものが流れていた。


 それを確認し終えたとき、


『『ミズグモ』が来たぞー! 進路を開けろー!』


 水平線の向こうから、『島国』の『神機』・『ウォーターストライド』――『島国』コードで『ミズグモ』が現れた。


 それは、『島国』艦隊の左舷方向に逃げた艦の横を通って、コーラリアス湾へ向けて接近してきた。


 『ウォーターストライド』こと『ミズグモ』は、藍色中心の洋上迷彩色に塗装された、大陸諸国では発見例がほぼ無い、水上を移動出来る近接遠距離両用の1型『神機』である。


 人間で言うと下半身に当たる部分に、クモのような太い脚が8本生えていて、その先にある超軽量かつ超強度素材で出来たフロートで水上に浮かんでいる。


 上半身に当たる部分は、三角の面で構成されたプレートアーマーの様になっている。

 右腕には腕と一体化した大口径レーザー砲を装備していて、先にマニピュレーターが付いている左腕は、その長さの割には妙に太い。

 また、肩の部分はかみしもの様に斜め上へ突きだしていた。


 頭は丸みを帯びた立烏帽子の様な形状をしていて、顔の部分はバイザーで覆われているて、前頭部の辺りには、クモの目の様なサブカメラの複眼が付いている。


 水上での推進力は機体後部にある、上下左右と後方に噴射口があるスラスターである。また、左右のスラスターは向きを変えることができ、前方にも噴射できる様になっている。

 その下部と、左右への噴射口の間の手前辺りに、ビームブレードが左右に帯刀する様にマウントされていた。


「おいでなすったね」


 そう言って唇をめたレオンは、『フレイム』を『グウィール』めがけて突き進む、『ミズグモ』の進路へ移動した。


 すると『ミズグモ』は、進路をやや右舷方向に取り、陸地に沿うように動いて『グウィール』へ砲撃を開始した。

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