第四話

「ごきげんよう。皆様、お疲れ様ですわ」


 工廠こうしょうに入ったエレアノールは、拡声器を使ってそう言うと、にこやかな表情で作業員達に小さく手を振る。


 それを見た彼らは作業の手を止め、見麗しいエレアノールに見れる。そのせいで、数人が危うく足場から落下しそうになった。


 基地内を一通り巡回したところで昼になり、エレアノールはルザ州各界の要人達との昼食会に参加する。


 その後は、その参加達との会談や、報道各社の取材を受けるなどしている内に、とっぷり日が暮れていた。


 軍関係者との晩餐ばんさん会を終えたところで、ようやっとエレアノールとアメリアは、分刻みの予定から解放された。




 2人が自室に帰ったのは、もう夜中の方が近くなった頃だった。


「疲れましたわ……、アメリアさん……」

「お疲れ様です」


 アメリアがドアを後ろ手に閉めると、ぐったりした表情のエレアノールは、彼女の鍛え上げられた腹に顔を埋めた。


 エレアノールは重い修道服からシンプルなワンピースに、アメリアは色気の無いシャツとパンツ姿に着替えていた。


「では、入浴の方は、翌朝にされますか?」

「いえ、今夜入りますわ……」


 そうアメリアに言ったエレアノールは、彼女の匂いを深呼吸して嗅いでいた。


「そのように、手配いたします」


 アメリアはそう言うと、自分の端末で浴室担当の兵士に連絡を入れた。

 エレアノールの温もりを、腕の中に感じるアメリアの表情は、とても柔らかなものになっていた。


 ややあって。


 用意が出来たと連絡が入り、エレアノールはアメリアに抱えられながら、教会堂から少し離れた所にある浴室棟へとやってきた。


 2メートル四方程のエレアノール専用浴室で、2人はあまり上等では無いバスタブに一緒に入る。


 専用とは言っても、基地の他の施設と同じく、あちこちがボロボロだった。ボイラーも不調で、石鹸せっけんの泡が浮かぶ湯はそこまで暖かくない。


「ねえアメリアさん。あなたは、私と初めて会ったときのこと、覚えていますの?」


 アメリアの脚の間に座るエレアノールは、そう言って彼女に背中を預ける。


「はい。勿論もちろんですとも」


 愛おしげにエレアノールを見て、そう言ったアメリアは、彼女を包み込む様に抱き寄せた。


                    *


 現在から7年前。


 『南北統合戦争』の末期に行なわれた『第4次ルザ征討』に、アメリアは『レプリカ』のパイロットとして、エレアノールは『神機』搭乗員として参加していた。


 『南北統合戦争』は、世界暦224年から約2年間にわたって行なわれた内戦である。

 開戦当初はルザを中心とした北部軍が、現政権である南部軍を圧倒していた。だが、あとわずかで北部軍の勝利、というタイミングで、『大連合』軍が「おこぼれ」を狙って侵攻してきた。彼らとも戦って消耗した結果、北部軍は敗北を喫した。


 『統合戦争』開始前、『帝国』国土の3分の2を支配していたルザは、面積を国土の1割以下にまで削られてしまっていた。


 北軍の『神機』を撃破した南軍は、現在のルザ州都にある基地を占拠。北軍所属の軍人と、周辺の民間人を含む1200人弱が捕虜になった。


 彼らは砲撃でボロボロにされた、街の中央広場に集められていた。


 その周辺には数百人の歩兵と、アメリア機を含む『レプリカ』3機と、捕虜の方へと進む緑色の『神機』があった。この機体は、現在もエレアノールが乗っているものだ。


「これから一体……、何をするつもりですの……?」


 当時、まだ10歳のエレアノールは、何が行なわれるかは分からなかったが、それがとてつもなく恐ろしいものだ、ということは何となくわかっていた。


「何って、決まってるじゃないですか。あの賊共に「正義の鉄槌てっつい」を下すんですよ」


 どこか誇らしげにそう言ったパイロットの、そのバイザーの下は自己陶酔に満ちた笑顔だった。


「それは……、ダメですわ……」


 エレアノールがパイロットの考えを拒絶すると、『神機』の歩みがピタリと止まった。


 『神機』は操縦席のパイロットと、後部座席の『聖女』との意思が一致しなければ行動を停止する様に出来ている。


「何故ですか『聖女』様。あれは『帝国』に仇なす者。言うなれば、あなた方が滅するべき『魔』なのですよ?」


 そう言ったパイロットの口の端は、異様につり上がっていた。


 彼の言葉に込められた狂気に、エレアノールの背筋に悪寒が走る。

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