第二話

 エレアノールはアメリアにエスコートされつつ、2人が普段暮らす教会堂へと向かう。


 道中の廊下は、壁の漆喰しっくいが所々はげ落ち、コンクリート打ちっ放しの床もあちらこちらにひび割れがある。


「いい加減、壁ぐらい直す予算が出てもいいと思うんですの。私」

「付いてはいましたが、機体の修繕費に回されたそうです」

「また先送りですのね……」


 2人仲良く手をつなぎながら、夢もクソもあったもんじゃない会話をしていると、


「あらぁー? あらあら、誰かと思えば、負け犬とその飼い主じゃないの」


 専属パイロットを引き連れ、突き当たりの角を曲がってきた、エレアノールとは色違いの修道服を着た『聖女』の少女が、いやみったらしくそう言ってきた。


 彼女は高慢そうなにやつきを貼り付けて、アメリアとエレアノールの前に立ちふさがる。

 ちなみに、彼女も先の戦争に出撃していて、乗機はディアマンティ山脈に穴を開けた工作用『神機』だ。


「去年も、何かで先送りになりましたわね」

「確か、水道管の破裂を直したせいだと記憶しています」


 だが、2人は少女を完全に無視し、立ち木を避けるかのように通り過ぎた。

 ルザは昨年、冬が異常に寒かったせいで、基地の水道管がほぼ全滅してしまっていた。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 頭にきた少女は、2人に向かってそう叫んで追いかけるが、


「毎年、こんな感じで直せていませんわね……」

「私の祖母が言うところの、『風水が良くない』のでしょうね。この基地は」

オーガの門がどうこう、という『島国』のあれですの?」

「はい」


 そこに誰も居ないかのように、彼女らは会話を続ける。


「あ、あの……、『聖女』様。司令官殿が、その……」


 めげずに追いかける少女に、彼女の後ろを付いてきていたパイロットが、彼女へと尻すぼみ気味にそう言った。


「あなたは先に行って、機嫌をとってきなさい!」

「はっ、ははは、はいっ」


 だが、見た目通り気が弱い彼は、少女に怒鳴られて回れ右をし、司令官の執務室へと駆けていった。


 再びアメリアとエレアノールを追いかけ、ムキになって絡もうとする彼女だが、まるで相手にされなかった。


「あーあ。『島国』系風情が乗らなければ、今頃向こうもルザだったでしょうにね!」


 もう2人をけなす語彙が無くなった彼女は、窓から見える山脈を指さし、捨て台詞気味にアメリアへ差別的な言動をした。


 それでやっと、エレアノールが立ち止まって振り返り、顔を真っ赤にしている少女と向かい合った。エレアノールの隣に立つアメリアは、表情1つ動かしていない。


「あらそう? 確か、アメリアさんの方が、総火演での評価は上だったはずではなくて?」

 エレアノールは口だけに笑みを浮かべ、余裕たっぷりに首を傾げる。


 先日、東部のユナイツ州で、『帝国』を構成する6州の兵を集めた、総合火力演習が行なわれた。

 そこでアメリアは、『レプリカ』による模擬戦で、対戦相手全員に大破判定を付けていた。その一方、少女の相方は逆に、相手全員から大破判定を付けられていた。


「それは……っ」


 痛いところを突かれ、絶句する少女を見たエレアノールは、


「さて、行きますわよ。アメリアさん」

「はっ」


 さらに顔を赤くする彼女へ、ご機嫌よう、と言って、アメリアと共にその場から去ろうとする。


「は、ハミルトン家の人間だからって! 調子に乗るんじゃ無いわよ!」


 彼女のその態度をうけて頭に血が上った少女は、エレアノールへつかつかと歩み寄って、自分より頭1つ低い彼女の後頭部をはたこうとする。


「――エレアノール様に、何をされるおつもりでありますか?」


 すると、アメリアが少女の手を右の前腕で受け、かなりドスの効いた声でそう言った。


 アメリアの目はさながら、『世界教』本部である大聖堂に描かれた、魔殺しの天使のようだった。

 ちなみにその天使の面構えは、「泣く子が失神する」ほど恐ろしい事で有名である。


「なっ、ななっ、何でも無いわよ!」


 勢いを完全にがれた少女は、泣きそうになりながら脱兎だっとのごとく逃げていった。


「お怪我けがはありませんか。エレアノール様」


 エレアノールにそう言うアメリアの表情は、先ほどとは一転して、非常に柔和なものになっていた。


「ええ。ありがとう、アメリアさん」


 一応、アメリアにそう礼を言ったものの、


「ですけれど、彼女の細腕で怪我する程、私は貧弱ではありませんわよ」


 かなり過保護気味な彼女へ、エレアノールは少しむくれ顔でそう言った。


「いえ、もしかしたら、何か刃物でも隠し持っている可能性も……」


「……アメリアさん。彼女は少々性格に難があるとはいえ、腐っても『聖女』ですのよ?」


 それは流石に失礼ですわよ、と、少女へのフォローを全くせずに、エレアノールはアメリアをいさめた。


「申し訳ありません、エレアノール様」


 そう言われた彼女は、謝る相手を半分わざと違え、エレアノールに頭を下げる。


「そこまで誠実ならば、あの『聖女』と思わしき彼女にも、きっと許して頂けることですわ」


 自分のパートナーをけなされ、静かに怒っていたエレアノールは微笑ほほえみながら、今ここに居ない少女へと毒を吐いた。


「では、今度こそ帰りましょう。エレアノール様」


 エレアノールの目の前で、アメリアは再びひざまずくと、彼女へ手を差し出してそう言った。


「はいですの」


 そう答えたエレアノールはにこり、と笑みを浮かべ、今度はその手をとった。

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