第72話 夫婦の契り

(一)

「あの声…また父上か?」

泣くような唸るような女の声が城内に響く。

政家が近習に問うた。

ここ二、三日の父はどうかしている。まるで色に狂ったようになってしまった。

今日も腰元二人を寝所に引き入れたらしい。

昨日も、一昨日もだ。

年甲斐もない…何があったのだ。


腹の上で白い塊が、あられも無い声を上げながら踊るように腰をくねらせている。

あおむけに寝っ転がった隆信は氷のような眼でそれを見つめていた。

やがてその白い塊は、糸が切れるような叫びを上げると、隆信の上に倒れ込み動かなくなった。隆信はいらいらしたようにその白い塊を払いのけ、蒲団の上でうつ伏せになっている別の白い塊に覆いかぶさった。猛り狂った暴れ馬のような一物を、白く豊かな若い尻に突き立て、獰猛な獣が獲物を食らうように激しくさかった。

たまらず声を上げた白い塊は、ぴくぴく痙攣すると動かなくなった。それでも、構わず動いていた隆信だが、白い尻を一発パンと張ると、子供が玩具に飽きるように動きを止めて布団に座った。巨大な一物はびんと佇立したままである。

一昨日からだ。女を抱いても精を発することができなくなった。

大きな一物は昼でも夜でも佇立したまま、歩くにも大小便にも不便なほどだ。

女の数を増やし、激しくしても変わらない。

中の精ははちきれんばかりに溜まっているのに吐き出すことが出来ない。


あの目 あの目か…


あの炎を宿した目がわしを捕えて離さぬのだ。

不思議なものだ。子供とは交合わえぬと言っておきながら、我がものは激しくそれを求めておる。


「出かけるぞ!」

小姓が着替えを持ってとんできた。

「昌直の屋敷に行く。今宵は泊る故、もう帰って来ぬぞ!」


(二)

毎晩同じ夢を見た。

その夢は誾千代をさいなんだ。

いやらしい夢

熊に激しく突かれる夢

一番我慢ならなかったのは、夢の終わりの自分が必ず悦びの声を上げることだ。

欲しているのか?

期待しているのか?

父の宿敵じゃ

法姫の仇ぞ

理屈では分かっていた。

心と体は別なのか?

これが女

女とはこういうものなのか?

少女と女のはざま

誾千代はどんどんやつれていった。

誾千代自身気づいてはいなかったが、統虎のことはつゆほども思わなかった。


灯が迫ってきた。

もうこれが夢かうつつかわからない。

「出や…。」

鎖が外された。

命じられるままによろよろ歩く。

蔵だったのか…。

外に出たときぼんやりと思った。

座敷に通された。

薄明かりの中、蒲団が敷いてあるのが分かる。

蒲団の上には…

これはいつもの夢か

そう思った。

熊に湯巻きを外され、裸にされた。

いつもの夢のように、激しい息づかいでのしかかってくる。

ずんと倒れこんだ熊は大いびきを掻いて眠りだした。

手を引いて起こされた。ふぁさと湯巻きが身体にかけられる。

逞しい腕で抱きかかえられたとき、どこかで同じことがあったと思った。

すっと身体が宙に浮く

ああ、やっぱり夢だ。

少し欠けた月

誾千代は空を飛んだ。


(三)

「!」

「お誾ではないか!」

木下昌直の屋敷まで来た統虎と信胤は驚いた。

屋敷のそばの松の根元

裸に湯巻きをかけられただけの誾千代が眠っていた。

「おい、おい!」

統虎が揺するとうっすら目を開けた。

まだ夢と現実の区別がついていないらしい。

「おお…弥七郎。どうした?」

「どうしたではないぞ!」

屋敷の中で大騒ぎが起きた。

統虎たちは知らないことだが、蒲団の上で倒れている隆信と居なくなっている誾千代に気づかれたらしい。

「ここにいては危ない。急いで離れよう!」

「それはそうじゃが…。」

誾千代はまだふらふらしている。抱いて走れるほど統虎に体力は無い。

屋敷からばらばらと人が出てきた。

「走れ!」

信胤が刀を抜いて屋敷の方へ向かった。

「お仙!」

懐かしい名で呼ばれた信胤は振り返ると言った。

「お誾が気づいたら言ってくれ。また、戦場で会おうと。」

そして、踵を返すと再び走り出した。

「おい、お誾!しっかりせえ。自分で走ってくれ!」

手を引っ張ってもくねくねと動くのみ

本当にまずい!

「!」

いつのまにか、目の前に漆黒の馬がいた。

赤い炎のような眼で統虎をじっと見る。

「乗れ…乗れと言っているのか?」

ぶるるるる…。

そうだというように、静かにいなないた。

誾千代を抱き上げ先に乗せ、自分も飛び乗った。

駆けだした馬は、まさに鳥の如く、飛ぶように走った。


「なんでだ?」

いつのまにか背後に来ていた四亀が言った。

「さあな、気まぐれさ。」

一三夜丸は大木の枝の上で、くちゃくちゃと草を噛んでいる。

「あんたまさか…惚れたのかい?」

「ばかな…俺は忍び。心なんてないさ。」

「でも、あそこまでしてやるなんて…。」

「言ったろ、気まぐれだ。それか、熊のじじいにゃ勿体ないと悪戯をしたかったのかもな。」

一三夜丸は懐から横笛を取り出し、月に向かって吹きならした。


(四)

「弥七郎…。」

「お誾、気がついたか。」

「ああ、何か長い夢を見ていたようだ。」

「夢か…そうだな、これは悪い夢だ。醒めて良かったな。」

黒馬は気にする様子もなく北を目指して走っていく。

「弥七郎。」

「なんじゃ?」

「命をかけて救いに来たのか?」

誾千代が熱い目でじっと見た。

「はは…何を言う。夫婦じゃから当たり前だ。」

統虎は照れ臭そうだった。

「!」

抱きついてきた誾千代が、突然口を吸った。

湯巻きが外れ、柔らかい乳房が胸に当たる。

統虎は馬の上で意識が遠くなった。

その日筑前の森の中で

誾千代と統虎

二人は夫婦となった。






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