第10話 島津の脅威

(一)

 「いやあぁぁぁぁぁ!!!」

 裂ぱくの気合いと共に激しく打ち込んだ一撃は、その倍の衝撃を持って弾き返された。仰け反ってゴロゴロと後ろ向きに転がる。

 口中に広がる鉄の匂い。転がっているときに、口の中を切ったらしい。流れる血を手で拭って立ち上がる。

 「もう終わりか!」

 「まだまだー!」

 そう言いながら、弥七郎は再び木刀を振りかぶって突撃した。


 強くならねば!!誰よりも強く!


 毛利との戦いで目にした伯父・鎮信が振るう大薙刀が目に浮かぶ。


 伯父上より強く!


 輿の上から二本の六角棒をぶんぶんと自在に振るい、敵を読んで字の如く叩き潰していく道雪の姿が浮かぶ。


 道雪様よりも強く!!


 巻き上がる紅葉の中、栗毛の馬に跨り、さっそうと的を射ていく若武者の姿が浮かんだ。


「俺は誰にも負けーん!!!」

「むっ!」


 弥七郎の踏み込みが一層鋭くなった。木刀が宙にはね跳ぶ。

「それまで!」

 肩で息をしながら座りこむ弥七郎を、賢兼は愛おしそうに見つめた。

「強くなったの。こんなわずかの間で、天分もあろうが、よう努力した。わしもうかうかしておれぬ。」

 肩衣を脱いで、手ぬぐいで全身の汗を拭いながら、百武賢兼は敵の嫡子を賛美した。高橋弥七郎は、それにわずかな微笑みで返した。

 水之江をひそかに訪れ、百武賢兼に修行を懇願したのは、毛利戦の後のこと二月ほど前だ。強くなりたいと思ったとき、不思議と浮かんだのは、たった一度敵として対峙したこの男だった。仇敵の不思議で無茶な提案を、なぜかこの男は快諾した。それから毎週必ずこの国境の山で共に汗を流している。


「それではまた来週じゃ。」


 弥七郎は一礼すると馬に跨って岩屋城の方へと去った。賢兼も馬にまたがろうとしたが、ふと繁みの方を見てこう叫んだ。

「覗きとは趣味が悪いぞ!」


 青地に銀糸で龍の刺繍がある着流し姿の、長身の武士が森の中から現れた。

「お主の方こそ、物好きにもほどがあるぞ。敵を強くしてどうする。また、このことがお館様に知れたら、ただではすまんぞ。」

「放っておけ。それより、お主がここに来たのは、なにも覗きに来たばかりではあるまい。」

 成松信勝は、辺りを見回しながら、賢兼に近寄って耳元で囁いた。

「南の島津が蠢いておる。どうやら日向を巡って大友と大戦になりそうじゃ。」


(二)

 「何をしておるのじゃ?」

 そう聞く前に誾千代は珍しく躊躇した。しかし、心の中の何かが話さずにはおらせなかった。

 府内城の中庭、足袋のまま庭に下りている見知った後ろ姿は、耳に手をあて熱心に何かを聞いている様子だった。

 「だから…!」

 返事が無いので、もう一度、今度は大声で尋ねようとした誾千代に振りかえり、口に人差し指をあてて、しーっと統安は言った。

 誾千代が目を白黒させていると、統安はにこりと笑い、こう言った。

 「耳を澄まして、何か聞こえるでしょう。」


 遠くから、何とも不思議な音色が聞こえてくる。太鼓や、琴、琵琶とはまるで違う。笛や笙に似ているがそうではない。どこか悲しげで美しい音色。

 「おそらく、これが南蛮渡来のオルゲノというものかと存じます。」

 「知ったような口を、お主、オルゲノとやらを見たことがあるのか?」

 「いいえ。しかし、宗麟さまが入手されたという話は聞き及んでおります。」

 はっきり聞こえないので、誾千代もえいやと庭に下りた。統安がにこにこ笑って手招きするのを、わざと見ないように音に近づく。

 「それでは遠い。こちらでござる。」

 ふいに片手が引かれ、誾千代はよろよろと前につんのめった。

 「危ない!」

 体がくるりと回転し、何か柔らかいものに包まれた。目の前に統安の顔がある。

 ばちん!!

 思いっきりひっぱたいた。

 「失礼いたました。」

 頬を赤くした統安が言うが、顔を見ることが出来ない。

 心臓の鼓動が痛いほどに高まった。


 「いやー、若いということは、それだけで宝じゃの。」

 永劫にも似た沈黙は、廊下の向こうからのだみ声で破られた。

 「石宗さま!」

 角隈石宗が、にやにや笑いながら歩いてくる。その後ろを道雪、鑑盛が続く。

 「おぎんよ、しばらく会わんうちに、すっかり大きくなったの。それに、今回は

  その統安殿と婚約じゃそうな。めでたいの!」

 「私は婚約など………。」

 勝気な誾千代に珍しく、否定の声が小さく、弱々しい。

 道雪はどこか複雑な思いを感じていた。

 「会議は終わりましたので?」

 統安の問いに、鑑盛が頷いた。

 「終わったというか、何というかじゃ!」

 忌々しげに、石宗が呟く。

 「ところで、これからお二方、もちろん統安殿とおぎんもじゃが、わしの家に寄らんか?」


(三)

 こんお方は、いつでん気儘にお出でなさる。

 城に戻った梅北国兼は、病妻に代わって家事を取り仕切っている老女に白湯を持つてくるように命じた。

 「突然来られてん、こげな田舎じゃ、なんのおもてなしも出来もはんど。」

 「よかよか、おいとわいの仲じゃ。気はつかわんでよか。」

 長身の男は、円座も使わず、板間の上にどかっと腰を下ろした。

 「しかし、自ら道普請とは。」

 「冬のうちに済ませておかんと。春はなかなか皆多忙でごわす。」

 「なるほどな、それゆえ、この統治難しき山田の地が治まっておるのか。

  いや、勉強になる。」

 「おたわむれを。」

 大仰に頭を下げる家久の姿に、更に頭を下げた国兼は殊更に恐縮して見せた。

 ぷっ

 くくくっ

 その光景にどちらからともなく笑い声が起こり、それはやがて大爆笑へと変わった。

 薩摩国山田は、元々蒲生氏が長く治めてきた土地で、主家への民の敬いや思慕の念強く、島津の支配に代わっても、その状態が続いたため、しばしば一揆がおこり、何回も地頭が交代した。しかし、国兼が治めるようになって、わずか一年で一揆の芽は摘まれた。徹底して民に寄り添うやり方が功を奏したものと、もっぱらの評判である。


 「国替えでごわすか。こん年末に?」

 「そうじゃ。」

 「またどちらへ。」

 「佐土原じゃ。」

 「それはそれは御出世。歳久様を飛び越えて日向太守でごわすか。」

 「戯れを申すな。そんなわけがあるまい。」


 日向国佐土原は、旧太守伊東家の本拠地である。日向の政治軍事の中心であることは間違いなく、太守でなくとも責任の重い役目であった。


 「又七郎様を佐土原に置かるるということは、いよいよ大友が南下してくっ。

 義久様はそう読んでおいでごわすな。」

 「そうじゃ、高城の山田有信と協力して、大友軍に備え、日向をまとめ、軍備を整える。それも急いでやらにゃいかん。」

 朱鷺の方づきのお寅婆が白湯を木椀に入れ、粗末なお盆に乗せてやってきた。

 「豊寿丸(後の豊久)様や鎌徳丸(後の忠仍)様もご一緒で?」

 「鎌徳は東郷家に養子に出した。連れていくのは豊寿丸ひとりじゃ。」

 家久は椀をぐっと傾けた。

 「幼か豊寿様も行かないかんとは、義久様も相変わらず厳しか。」

 「それが太守たる兄の役目じゃ。」

 国兼は白湯をずずと啜ると、居住まいを正して聞いた。

 「さて、そげな忙しかときに、こげな山奥にわざわざのお出まし、何用あってのことでごわそう。」

 家久は残った白湯をぐっと飲み干した。

 「お主のところのな、喜内と山蜘蛛をまた貸してほしい。」

 「は、どのような御依頼で?」

 「大友家中の主だった者を調べてほしい。どんな性格で、どんな好みで、何を恐れ、何に弱いか。どんなことでも良い。できるだけつぶさにじゃ。」


(四)

 石宗の屋敷は、府内城から少し離れたところにあった。豊後の大碩学、大軍師で一万石の重臣とは思えぬ質素な造りは、石宗の人柄を表しているようにも思える。

 石宗は居間に座り込むなり深いため息をついた。

 「ああ、三老既に亡く、今や大殿に面と向かって諫言できるのは、道雪よお主一人じゃ。」

 道雪は、珍しくにこりとした。

 「老師がおられるではござらんか。」

 「わしは老いたよ。お主とは二つほどしか違わんが、最近めっきり疲れることが増えた。」

 縁の外を見つめる石宗に道雪はこんなことを言った。

 「いっそ出家されたら如何か?生まれ変わった心地がしますぞ。」

 石宗は何を馬鹿なことをという顔で弟子を見た。

 「神官が出家してどうする。神から呪われるわ!」

 めったに笑わぬ鑑盛ですら笑い、満座は笑いで満ちた。

 「しかし、大殿の稚気も相変わらずじゃ。憶えておるかあの猿。」

 道雪は大きく頷いた。

 早くから頭脳明晰で知られた宗麟は、一方でいつまでも子供のようなところがあった。

 若き日、宗麟は凶暴な猿を飼い、近臣に何度もけしかけて、慌てふためく様子に大笑いするときがあった。これを聞いた道雪が、素知らぬ顔で宗麟の前へ出向いたところ、案の定、猿をけしかけてきた。道雪は顔色も変えず、持っていた鉄扇を一閃させ、猿の頭を割って殺した。あまりのことに驚く宗麟に道雪はこう諫言した。「人を弄べば徳を失い、物を弄べば志を失う。」

 このときは反省の態度を見せた宗麟だったが、この後も似たようなことは続いた。さらに酷かったのが、美貌の妻を奪うために、重臣・一萬田一族を誅戮したことと、伴天連教にはまり、改宗せぬ妻を一方的に離縁して実家の奈多八幡へ追いやり、侍女であった伴天連教徒「まりあ」を妻としたことである。若き日の猿の件と合わせて、これら暴虐とも思える件で宗麟の豊後国内での評判、威信は地に落ち、義統に家督を譲って隠居せざるを得なくなった。


 「年老いたせいかの、最近思う。あのとき、我らは本当に大殿を支持すべきだったのかと。」

 石宗が言う「あのとき」とは、世に言う「二階崩れの変」のことである。

大友氏第20代当主・大友義鑑は、正室の子である義鎮(宗麟)を嫡男としていたが、頭脳明晰ながらも奔放な性質を危ぶみ、溺愛する側室の子である塩市丸を後継者とすべく、義鎮を廃嫡しようとした。このため、大友氏内部では義鎮派と塩市丸派に分裂し、互いが勢力争いを繰り広げていた。義鑑は寵臣の入田親誠と共謀して、義鎮派である重臣・小佐井大和守、斎藤長実(鎮実の父)、津久見美作、田口蔵人佐の誅殺を謀った。

 小佐井、斎藤は次々と殺され、天文十九年二月十日、自分達の身も危ないと察した津久見美作、田口鑑親らが、大友館の二階で就寝していた義鑑と塩市丸、その生母を襲撃し、壮絶な相討ちとなったが、主君・義鑑らを死亡せしめた。

 この一件で、いっとき豊後は混乱したが、三老や石宗、道雪がいち早く義鎮を支持したことで収まったのだった。

 「あのとき、温厚な御次男晴英様を選ぶ途もあったじゃろうに。」

 「老師、言うても詮無いと存ずる。あのときは、大殿の聡明さに賭けるほか無かったのじゃから。」


(五)

「さて、本題じゃ。他ならぬ島津のこと。道雪や鑑盛殿は島津について何か御存じか?」

 道雪も鑑盛も頭を振った。

「接点なきゆえ、噂程度にござる。」

 石宗は頷いた。

「さもあらん。何せい南の果てのこと、わからないことが多すぎる。ただ、わしは軍師として、わからんことは調べねばならん。ということで、草の者を使ったりして二、三年前から密かに調べておったが、調べれば調べるほど分からんことばかりじゃ。草の者も十人送って一人くらいしか帰らぬしの。」

「わかったこととは?」

 道雪が身を乗り出した。

 石宗が書付を取り出し、眼鏡を手にぱらりと広げた。

「まずその兵。太古のころから隼人、ハヤヒトとして文献に登場する薩摩の兵は、その名の通り山野を駆けて鍛えた足が速い。吉弘のところの大谷隼人を知っておるか。薩摩の武士だったあ奴がよい例じゃ。それに、もともと隼人は海洋民族であるから、海の戦にも強い。さらに、二代前の忠良の方針で、家臣の教育を充実させた。武士の子は小さいころから兵児と呼ばれ、集団で野太刀流と言われる古式剣法の修行をし、勉学に励み、体を鍛える。そうして大きくなった兵は強い。個人の武は他家の二倍、三倍と言っても過言ではない。そのうえ、長く続いた国内の戦で鍛え抜かれておる。決して、ただの蛮族などではないぞ。」

 大友家も蒲池家も家臣の教育は家単位、まちまちである。戦の経験はともかく、教育に関する限り、どちらの家も島津家より遅れていると言えそうだった。


「次に国。薩摩大隅は確かに山がちで平野少なく、土地は痩せて作物は殆ど実らぬ。そうは言っても、忠良の代からの灌漑も進み、今や薩摩大隅で六十万石ほどの米はとれるじゃろう。一方で山の富、良質の金鉱脈、鉄鉱脈を有し、菱刈にあるという金山は肥後の相良が欲して何度も兵を出したほど。噂じゃが日の本有数の埋蔵量を誇るという。また、錫山や隠山の良鉄を使った波平の太刀は名刀として九州有数のものじゃ。さらに、海の民である隼人は、古来から大陸や南海諸島と交易をしており、島津も明や奄美と交易を続けておる。この収益も馬鹿にはできず、おそらく、現時点での島津の国力は、諸々併せて百万石にも匹敵するじゃろう。」

 つまり、国力では大友と同等のものということだ。にわかには信じられない話だった。

「加えるなら鉄砲じゃ。道雪も大砲(おおづつ)を武器としているが、大友家ではこれら鉄砲類を博多や堺の商人から買っており、高額なこともあって、家中の鉄砲を合わせても百丁あるかどうかということじゃろうが…島津は我が日の本で一番最初に鉄砲が伝来した家、そればかりでなく、種子島で一番最初に製造に成功し、一番最初に戦で使用し、今や有する鉄砲は千丁を軽く超えるという。この点では大友は明確に劣るのじゃ。」


「最後に人。我が大友家は名将、猛将多いが、それは島津も引けを取らぬ。三名臣と言われる鬼武蔵・新納忠元、守りの山田有信、内治の鎌田正近、暴勇・川上三兄弟、あまたの智将を輩出した伊集院一族、一門衆の島津義虎、島津忠長らも一軍を率いるに値する勇将。何より、島津四兄弟じゃ。」

 それは聞いている。道雪、鑑盛とも表情は同じである。

「四兄弟をまとめ、父貴久が為し得なかった肝付氏打倒、一族の悲願であった日向攻略を果たした嫡男義久。目的のためなら、ときに冷徹にもなりうるその人柄は要注意じゃ。武勇抜群で家臣の信望厚い次子・義弘。本人は歴戦の勇者じゃが、それより怖いのは、義弘のためなら命を投げうっても良いという家臣が大勢いることじゃ。こういう男は敵に回したら怖い。三男は知謀の歳久と言われる島津家の軍師。島津軍の戦略のほとんどを立て、三州統一の影の立役者じゃ。城攻めが苦手な島津家にあって、歳久が睨めば落ちぬ城は無いとも言われている。末っ子は又七郎家久、わしが思うに、この男が最も要注意じゃ。」

 誾千代が身を乗り出した。

「又七郎じゃと。石宗様、私は又七郎と名乗る男と最近会うた。」

「なに!どんな風体であった?」

 誾千代は身ぶり手ぶりで、その人相風体、言葉のなまりや、水之江での鮮やかな脱出などを語った。

「ふぅーん。聞けば聞くほど島津家久に違いないと思えるの。しかし、そうだとして、その家久、水之江で何をしておったか?」

 考え込みそうな石宗に、珍しく統安が催促した。

「石宗様、それでその家久の何が要注意なので?」

 おっと言う顔で石宗が言葉を繋いだ。

「四兄弟の祖父忠良、島津中興の祖として家中の信望を集める人物じゃったが、その忠良が四兄弟を褒めたとき、家久にだけは明らかに別格の評価をしておる。義久には三州太守に相応しいと言い、義弘は武勇について、歳久は知謀について、並び無きと表現しておるが、家久にだけは軍法戦略の妙を得たりと絶賛しているのじゃ。」

 誾千代が首を捻った。

「妙を得たりとはどういう意味じゃ。」

「難しいか…そうさの喩えて言えば…。」

「天才、天分ということですよ。簡単に言うと。」

 統安の言葉で納得がいった気がした。あの龍造寺の精鋭を手玉に取った手法、天才と言われれば納得の気がする。

「したが天才とは。孫可愛さのあまりではござらんのか。」

 鑑盛が不審そうな顔をする。そう簡単に天才などいてたまるかとの思いがあった。

「失礼ながら、蒲池殿は桶狭間の戦いをご存じかの。」

「もちろん知っており申す。織田信長公が、手勢五千で今川義元公の一万六千を破った戦いで。」

「数字上はそうじゃが、あれは今川が戦線を拡大しすぎたのに付け込んで、義元公の本陣三千を五千で襲ったもの。算用だけなら勝って当然の戦いじゃ。それでは、日向の伊東殿と義弘が戦った木崎原の戦いは御存じかな?」

「寡勢で大軍を破ったとしか知りませぬ。」

「この戦いは、伊東軍三千に対して義弘軍三百、桶狭間は三倍強じゃが、なんと十倍の敵を相手にした戦いじゃ。この戦いを義弘は釣り野伏りという島津得意の戦法で勝利している。ただし義弘の兵は五十名ほどしか生き残らなんだがの。義弘の戦いはときに命知らずで、北薩の国人菱刈氏との戦でも危うく全滅しかかって敗北しておる。」

その戦の激しさを想像して、場は沈黙が支配した。

「驚くのはこれからじゃ。家久はその義弘を軽く上回る。まず、義弘を敗北せしめた菱刈氏を、その直後に義弘より少ない兵を率い、釣り野伏りで破り滅ぼしている。菱刈氏の油断をうまく利用したようじゃ。次に肝付氏を中心とした大隅の国人三千が、島津の隙につけこんで、海潟にある小浜砦を攻めたことがあった。この小浜砦、砦とは名ばかりの塀を巡らしただけの造りであったが、百の兵で守る家久はなんと計略を使い三千の敵を撃退しておる。この計略は、策謀好きの肝付兼次の性格をうまく利用したものであったらしい。そして、この二つの戦いとも、島津軍にほとんど犠牲は出ていないのじゃ。」

ごくり

誰かがつばをのむ音が聞こえた。

「釣り野伏りとはいかような戦法でござるか?」

道雪の問いに石宗は首を振った。

「わからん。戦法に関して詳しいことは何もわからん。」

「さっそく、わしの方でも調べましょう。」

立とうとする道雪を、石宗が留めた。

「まて、島津で本当に恐ろしいのは実は四兄弟でもないのじゃ。」

「どういうことでござる?」

鑑盛の問いに石宗はある紙を広げた。

梅   北  

と書かれている。

「うめ…きた?」

統安の問いに石宗は頷いた。

「そうじゃ梅北国兼。名は知られておらぬが、島津の水軍の束ねじゃ。そればかりでなく、島津の影の軍師と呼ぶ者もおる。その領地は二千石、わずか百人ばかりの兵を率いる身なれど、山蜘蛛という忍びを使い、諸国の情報を一手に集めておる。しかも、この山蜘蛛、若いころは果心居士という有名な忍びじゃと言う。」

「果心居士とは、あの信長公を暗殺しようとしたという?」

「そればかりでないぞ。信玄も謙信も北条氏康も皆果心居士の手で暗殺されたという噂がある。また国兼の家臣には、大黒屋喜内という千利休の弟子の豪商がおり、全国各地で米商いをして情報を集めまわっているらしい。」

「しかし、この名、どこにも聞こえておらぬぞ。」

「鑑盛殿、だから恐ろしいのじゃ。」


また、しばらくの沈黙が続いたが、突然道雪が沈黙を破った。

「ああ、そう言えば、大黒屋は博多にもあるぞ!!」
















 


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