第ニ章第四話ー5

 普通大きい方するって言われてついてくる人いるか?

 結構長い間友人やってるが、諒のそういうところは少しよくないところだ。


「分かったよ」


 分かっていない時の“分かった”を言って、パソコンを操作しだした。

 よし、諒を言いくるめたし、トイレに行きますか。


「あ、祐くん。お出迎えしてくれたの?」


 よりによってこのタイミングできますか、先輩方!

 あと、なにこの違いますと言えないシチュエーションっ。


「ちょっと遅かったので、どうしたのかなと思いまして」


 我ながらナイスアドリブ。

 ホントはこのアドリブを是非とも違う重要な部分で使いたかった……。


「心配してくれてありがとう」

「少し帰りのSHRが長かったんだよ」

「そうだったんですか」


 正直どうでもいい。

 早くトイレに行かないと諒に嘘がバレてしまう。

 これは、奥の手を使うしかないな。


「どうしたの、祐君。お腹痛いの?」

「は、はい。ちょっと」


 腹痛アピール!

 意外とこのアピール実用性が高い。

 心配そうに俺を見る宮城先輩と高田先輩に罪悪感を覚えてしまうが、そんなことは頭から切り離す。

 今は、諒に大きい方をすると言った信憑性を高めるのが最優先だ。


「トイレ行ってきな?」

「ありがとうございます」


 ふぅ、なんとか脱出成功。

 大きい方にかかる時間を試算して、スマホでもいじってよう。

 ――部活が終わり、我が家。

 夕飯を済まして、自分の部屋でテレビを見てくつろいでいたら妃奈子がさも当然のように入ってきた。


「ノックくらいしろよっ。あと、ずいぶんすんなり入ってきたな!」

「あたしにそんなこと言っていいの?」


 キラーンと妃奈子の目が光った気がした。

 こういうときの妃奈子は、なにか俺への爆弾ネタを持っているときだ。


「どういうことだ」

「円ちゃんを見つめてたこと本人にチクる」

「気づいてたか……」

「いや、気づいてたもなにもあたし合図送ったじゃん」

「そういえばそうだったかもしれない。あまりよく覚えてないけど」


 そう妃奈子に言うと、「なんか、見てませんよアピールしてたよ」などと言い、不敵な笑みを浮かべて俺の隣へ座った。

 甘いシャンプーの香りが鼻孔をくすぐる。


「ねぇ、祐君?」

「なんだ」


 甘えた声を出してきた。

 これは、さっきの『円芭を見つめてたこと本人にチクる』をなんらかの交渉のカードに出してくるに違いない。


「チクられたくなかったら、祐君の膝の上に座らせて?」


 ほら、ビンゴっ。

 しかも、声的にはおねだりに聞こえるが、内容を聞くと脅迫だからね。

 恐ろしい女である。


「分かった」


 こんな人の弱味を切り札に使うような子とは間違っても付き合わないようにしよ。

 俺は、そう心に誓い、寝るまでの時間妃奈子の重みに耐えていた。



 ☆☆☆



 十二月といえば、待ちに待ってない持久走の月である。

 どうしてこんなことをしなければいけないのか。

 別にやりたい人がやればいいと思うんだよね。

 文化部にとっては、地獄以外の何物でもない。


「文化部の底力そこぢからみせてやろうぜっ」


 一部例外はたまにあるけど。

 大半の文化部の人は俺と同意見のはずだ。

 やる気を強要してくる我が親友にシカトをしながら、校庭へと足を運ぶ。

 いいよな。足の速い奴は。


「あぁ、そっか。祐持久走無理なんだっけ」

「何年親友やってんだよ。分かるだろ、毎年のことなんだから」

「流れで聞くのあるじゃん」

「知らねぇよ、そんなの」


 あるじゃんとか言われても元ネタを知らない俺としては理解のしようがない。

 全生徒が集合して走るため、校庭は避難訓練以来見たことのない人だかりである。

 こういうところ苦手なんだよね……。

 息しづらいというかなんというか。


「俺らの学校ってこんなに人いるんだな」

「多すぎだよな」


 あまり集団の中では走らないようにしよ。

 ……あ、そもそも集団の中に入れるほど俺足速くなかったわ。


「一位取ってやるぜ」

「まぁ、せいぜい頑張れ」


 あながちこいつは一位取れる可能性がある。

 諒は足が速い。別に羨ましくはない。

 う、羨ましくないし。

 大体この高校の持久走のルールは、ゴール出来れば良いのだから。


「それじゃ、そろそろ始めるぞ」


 俺が拗ねていると、体育教師がベンチに寝そべりながらまもなく開始することを宣言した。

 この人はいつも変わらないな……。

 どうして他の教師は、注意しないのか。

 でもまぁ、この件に関しては恐らく生徒である身では触れてはいけないのだろうけど。

 人には誰しも触れてはいけないことがあるし。


「じゃあ、祐。またゴールでな」

「おう」


 俺に背中を向け、諒が人混みへ溶け込んでいく。

 うーん、やっぱり腹立つな。


「やっと見つけたよ、祐君!」

「探しましたわ」

「背が小さいから探すの大変だった」


 ん? なんか一人悪口言ってる?

 わんさかいる生徒の中からお馴染みのメンバー(円芭・妃奈子・長田)が姿を現した。

 つか、今来た奴ら全員俺と同じ身長くらいじゃねぇか。

 みんなそしたら探すの大変だし。

 自分で自分の言ってる意味分かってるのかな、円芭の奴。


「一緒に走ろう、祐君」

「別に構わないが、俺足遅いぞ」

「ダメっぽかったら置いてくから大丈夫だよ」


 一体何が大丈夫なんでしょうね。

 妃奈子も諒とおなじパターンか。

 さすが最近仲良いだけある。


「まもなくスタートするぞ~」

「はぁ……」


 憂鬱すぎてため息が出てしまった。

 急に雨でも降らないかな……。

 こう、ザァー! と。

 あぁ、眩しいっ。太陽が輝いてる!


「ちょっと祐、ため息つかないでよ」

「すまん、つい」

「鈍足組は大変なのよ、ねぇ練本」

「その通りだ」


 長田がフォローしてくれた。

 仲間がいるって素晴らしいね!

 一人じゃないって感じ。


「私も鈍足ですけどっ」

「そ、そうか」


 円芭はなぜか眉にシワを寄せお怒りの様子である。

 そんな威張るほどのことじゃないだろ。

 急に声を張るもんだからビックリしてしまった。

 仲間はずれ感が嫌だったのか?


「んじゃ、スタート~」


 えぇ、始まっちまったよ!

 なんか位置についてーみたいなものないのかっ。

 あの教師め。教師への要望書的なやつを記入する機会があったあかつきには、絶対体育教師のこと書いてやる!


「ンキャ!」


 な、なんだ!? 変な声がしたぞ。

 短い悲鳴のような声だった。

 しかも、どこかで――つい数秒前に耳にした声。

 まさか転けた?

 そう思い声のした方へ振り向くと、長田が土下寝をしていた。

 うわぁお! 顔から転けてる!

 なんでこうなった。

 どうして手を使わなかったんだろ。

 って、のんきに観察してる場合じゃなかったっ。

 助けないと!


「大丈夫か、長田っ」

「だ、大丈夫じゃないわよ」


 顔を上げぬまま、俺の問いに長田が答えた。


「ですよね~」

「ちょっ、磨莉っ。大丈夫?」


 一緒に走っていた俺らがいなくなったことに気づいたのか、円芭と妃奈子がこちらへ駆けつけた。

 にしても、妃奈子っ。どうして無言よっ。

 しかも、無表情ときた。

 ヤバい、ここに悪女? になりそうな人がいるんですけど!

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