◯しんねん
「おけましておめでとぅす」
どちゃり、と。
貸本屋店主は、
貸本屋の奥––––––貸本屋店主の自宅には、冬用の炬燵が置かれている。年末年始は流石の貸本屋も休業だ。そこで、年始の来客に顔を見せた瞬間。の、出来事であった。
貸本屋の背中にのっしりと何かが乗りかかっている。なんぞやと首を回して背中を見れば、
「お年玉下さい」
タックルする形で、断鋏が貸本屋に全体重をかけていた。
「そんなことする子にはお年玉あげません。ってか貴方はお年玉貰う歳じゃあないでしょうが」
「うるさいじじい」
「はあ? それなら貴方もじじいでしょ」
背中から断鋏を引き離そうともがくが、相手は背中に張り付いているので中々剥がれない。ぐぐぐぐぐっ、と、取っ組み合いになるかならないかくらいの拮抗を保っている。
「黙れ年齢不詳。じじい。老人。じじい」
「今じじい二回言いましたよね?」
「………何してる二人共」
すっと襖が開いて、重そうな外套を羽織った青年が姿を見せる。呆れた、と言いたげな声色で肩に乗った雪を払いつつ、「扉が開いていたから勝手に入った」断鋏を貸本屋の背中からべりりと引き剥がした。
「何事だ? また喧嘩か」
「まさか。このじじいがお年玉くれないから」
「お年玉?」
首を捻り、青年は貸本屋を見る。
「何だ、そんな事か」
ぼそりと青年が呟けば、断鋏が「そんな事じゃないですよ。このおじいちゃんはせこいです」毒を吐いた。
「其れなら私が君にやろうか」
「はあ?」
「はっ?」
さらり。何と言うこともない風に青年は外套の内側を弄る。そしてやはり何と言うこともない風に財布を取り出し、何と言うこともない風に中から五千円札を––––––
「いやいやいや流石にそれはないです」
断鋏が押し戻した。「何故だ」「だって将校さんはこの中で一番年下でしょうが」ぎゅむぎゅむと断鋏は必死の形相で青年の手袋をした手を押している。「いやいやいや流石にそれはないよ」ぺちぺち貸本屋も青年の肩を叩いて宥めるようにした。ふうむ、考えるようにして、青年はその財布を外套の中に戻す。「ではこうしよう」そして外套を脱ぎ、上着を脱いで上半身を白いシャツだけにした。
「雑煮を作ろう。お年玉の語源は餅であると聞いたことがある。それに––––––––」
青年は口角を上げ、微笑んだ。
「幸は分け合ってこそだ」
きょとん。断鋏と貸本屋は目を丸くした。そして顔を見合わせて吹き出す。
「生憎私は出身が大坂なもので関西風になってしまうのだが」
「ん、いいよ。醤油だっけ」
「昆布出汁と、そうだな、大根と人参と––––––」
「襷を持ってきますね」
愉快な正月になりそうである。
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