竜の盟約
そして、最終日。最後のお客さんが帰っていったのを見送ってから、私たちは片付けを開始した。このボルケイノは私たちがいなくなったと同時に消失するから、掃除をする必要性は正直言って考えられないのだけれど、ティアが「飛ぶ鳥跡を濁さずと言うでしょう」との鶴の一声でそうせざるを得なかった。
「……ふう。なんとか終わったな。あとはみんなに今までの給与を渡せば、ちょうど良くなるはず。ええと、ミルシアがやってくるのはあと一時間後だったっけ?」
「メリューさん」
ケイタの声が聞こえたので、私は振り返る。
そこに立っていたケイタは、どこか顔を真っ赤にさせていた。
「……どうした、ケイタ? 顔を真っ赤にさせて」
「ほんとうに、ボルケイノは終わっちゃうんですか?」
「…………ああ。それについては、変えようのない事実だ」
「そうですよね。呪いが、治ったから、ボルケイノも終わるんですよね。でも、もう少しだけ続けたかったな、という思いもあります」
「それは私もだ。竜にかけられた呪いとはいえ、この生活が辛かったわけではない。むしろ楽しかった日々であったことも頷ける。まあ、仕方が無いことだよ。奇跡と言っても良い確率で私たちは出会い、ともに過ごした。それだけで良いだろう?」
「でも……」
ケイタの言葉を聞いた直後、直ぐ傍でカウンターを拭いていたはずのティアが私の隣に立っていた。
「なら、変えてみましょうか」
「は?」
唐突だった。
刹那、ティアとケイタを包み込むように障壁ができあがり、私ははじき出される形で障壁から脱出してしまった。
「ティア……っ!」
「確かに、竜の呪いはあなたにはかかっていました。そしてそれは解けて、あなたは人間に戻れる。だけれど、それってつまらないですよね? ボルケイノをずっと続けたい。あなたたちはいつかそう思うはず! だから私は父上に聞いて考えたのですよ。ボルケイノを続ける方法……『竜の盟約』を行う方法を」
「やめて……やめて、ティア。あなたはいったい何をしようとしているのか、分からないけれど……、とても恐ろしいことをしようとしているのだけは伝わってくる! やめて、お願いだから、やらないで……」
「嘘を吐くな。お前達は望んでいただろう。この仮想家族の光景を。そして私の役目を何であるかを皆は忘れているのではないか? 私はメリューの『罰』の執行人にして監視役。そしてその間に、彼女の罪は清算されたが、しかし彼女たちはボルケイノの継続を望んだ。竜の力があってこそのボルケイノ。このボルケイノには竜の力が、ボルケイノの空間を維持するためには必要不可欠なのよ。……だから、『新たな竜』に出現してもらうの」
ティアのその笑顔は妖艶で、冷たくて、それでいて恐ろしかった。
「新たな竜……って」
「決まっているでしょ。あなたを、ドラゴンにするのよ。差し詰め、ドラゴニュートと言ったところかしらねえ?」
ティアとケイタを中心に緑の光が淡くできはじめる。
それが嫌な予感の気がして――私は手を出そうとするも、その境界を越えることができない。
「ケイタ!」
「……まあ、これもありなんじゃないかな、って思うんですよね。冷静に考えると」
ケイタの言葉に、メリューは耳を疑った。
勝手にドラゴンにさせられるのに、これもあり? いったい何を考えているというのか。
「もともとメリューさんがドラゴンメイドとして居ることがとても可哀想に見えていたんですよ。だから、それを俺が代わりに出来るというのなら、それを甘んじて受け入れよう。それが俺の運命なら」
「はは、ははは! 馬鹿なやつ。そんなことを言っても私の情に働きかけようと思ったって無駄なんだから。竜の盟約は絶対。それに、父上も言っていましたし。この喫茶店は永遠に続けるべきだと。しかし、いずれ竜の盟約として呪いを解く時はやってくる。それまでに対策を練らねばならない、と! だから私は父上のために、新たな生贄を作り上げる!」
「いい加減にしなさいよ、あなた……」
徐々に、メリューさんの姿がドラゴンに変わりつつある。肌が少し鱗になっているいつもの様子から、徐々に鱗に包まれていく。
「あなた如きがドラゴンにメタモルフォーゼしても無駄な話。簡単に言ってしまえば、純血の竜にはかないっこないのだから」
そして、メリューさんに手をかざすと――あっという間にメリューさんは人間の姿に戻ってしまった。
強いて言えば、その姿は鱗が無い。完全な人間の姿になっていたのだけれど。
そして、俺の意識もまた、遠のいていく。
竜の盟約が完了しつつある証だ。そんなことを思いながら、俺は微睡みの中に意識を潜らせていくのだった。
◇◇◇
「父上、これで宜しいのですか」
全員が眠った後、私は独りごちる。ケイタは、今は意識を失っているだけだが、その間にドラゴニュートとして姿を変えて、やがて記憶も順応していく。
彼だけでは無い。サクラは偶然迷い込んだ客として、メリューは人間のメイドとして、シュテンとウラとリーサが引っ越すことは無くなって。帳尻の合わせた記憶の整理を進めていた。
『上出来だ、我が娘よ。後は、再び彼の者の命尽きるまで盟約を守るばかりだ』
「呪いとも、言えますが」
『そうさな。……確かに神からの罰という意味では我々のやっていることも呪いと言えるだろう。しかし従うしかあるまい。人間には申し訳ないが、我々の呪いを遂行するためには、このままボルケイノを続けるしか無いのだよ』
「承知しております」
『ならば、それで良い。またいつか会おう、我が娘よ』
そうして、二匹の竜の会話は終わりを迎えた。
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