三人きりの時間
ケイタが片付けを終えて帰ったタイミングで、ティアが私のメイド服の裾を引っ張ってきた。
「……どうかしたか、ティア?」
いつもこんなことをしてこないから、何か嫌な予感がしてきたが、とにかくティアの話を聞いてみないと何も始まらない――そう思った。
ティアは持っていた重たい本を開くと、私に見せる。
それの正体はティアにしか分からず、ティアが眠るときも常に持ち歩いていたから、その本が何であるかは誰にも分からなかった。
しかし今、ティア自身が本の正体を私に開示している。
これは、ある意味チャンスなのではないか?
そう思いながらも、ゆっくりと――本の中身を見ていく。
『×月○日 六名来客。全リクエストを到達。残り七パーセント』
『×月△日 十三名来客。全リクエストを到達。残り四パーセント』
「……これは、日記か?」
こくり、とティアは頷いてなおも話を続ける。
「この日記は、あなたの呪いがいつまで続くかを示したもの。そして、呪いは今日の営業を持って到達し
た。父様が定めた目標は、これでおしまい。あなたはこのボルケイノを営業する必要は無くなった。人間にも戻れるから、元の世界に戻ってまたトレジャーハンターの道に戻ればいい」
「……何というか、あなたってほんといつも急に言うわよね。明日、またボルケイノが閉まっていたらケイタたちが困るわよ」
「知ったことではない。そもそも、この世界に別世界の人間が干渉し続けることがいびつなゆがみを生み出すものだった。それを消し去る上でも、急に空間を閉鎖するしか方法はなかった」
「何かメッセージを残すことは可能かな?」
「可能。強いて言えば、手紙にて伝えることならば」
「それでかまわないよ。時間をくれ。あと、シュテンとウラとリーサをどうするか考えないと……適当に言い訳を考えて、どこかに預けるか旅に出て貰うか……」
「それならば、既に相談をしている」
「あら、どなたに?」
そう言った瞬間、ボルケイノの扉が開かれる。
入ってきたのは、ミルシアだった。
「……ミルシア。まさかあなたが、ティアの相談相手、ってこと?」
「うん。前にティアちゃんから話を聞いていてね。確かにボルケイノって変わった場所だなーとは思っていたのだけれど、まさか別世界なんてね。流石に想像はできないわよ。……で、何だっけ。シュテンちゃんとウラちゃんの鬼娘姉妹と、リーサという魔女の卵を預かってほしいって話? 働かせてもいいのよね?」
矢継ぎ早にどんどん話を進めていくが、まずは、ちょっと待ってほしい。
「ちょっと、ちょっと待って。ミルシア。ほんとうにあなたにお願いしていいの? あなたは一応一国の女王でしょう? そう簡単に物事を決めて……」
「三人の養いぐらい、どうってことないわよ。それにアルシスがメリューのことを認めているからできることだし。別に鬼だろうが魔女だろうが働いて貰えば平等に扱う。それがアルシスのルール」
意外と彼女も人間らしく、それできちんとした考えを持っているのだな、と思った。
ミルシアの話は続く。
「それにしても……ティアからある程度の話は聞いたけれど、まさかあなたが元々人間だったとはね。驚きだわ。ドラゴンって、呪いをかけることもあるのね」
「それはちょっと……。今考えても馬鹿らしいと思う話よ。ドラゴンの血を欲したせいで、こうなってしまったのだから」
「皮肉な話ね。ドラゴンを求めたハンターが、ドラゴンメイドにさせられて、ハンターから追いかけ回されるなんて……」
沈黙。
三人も人間が(正確には二人がドラゴンメイドか)居るにもかかわらず、会話に発展しない。
それはこの空間の空気が重くなっていることと等しかった。
「……とにかく、あの鬼っ子たちと魔女はうちで預かるとして……ケイタとサクラには話をするつもりは?」
ミルシアの言葉に、私は頷く。
今度は逃げない。
逃げて、勝手に居なくなるなんてことはしたくない。
「今回は、きちんと話すつもり。彼にもう二度と悲しい思いをさせたくないから」
「そう。……じゃあ、それでよろしくね。閉店はいつ?」
「いつになるの?」
「ええと、今日が青雨の月15の日だから、あと五日」
「五日、か……。皆さん、きちんと理解してくれるかしら」
「理解してくれるだろう。ボルケイノにやってくる人間は変わり者ばかりだ。急にこの店が無くなったところでよりどころが無くなったなんて思う人間は居ないはずだ」
「それってあなたも変わり者だ、と認めていることになるけれど?」
「王政を放ったらかして、こんな喫茶店に来ている女王のどこが人格者だと言うんだ?」
それもそうね、と私は笑った。
何だか心の底から笑ったのはとても久しぶりな気がする。ついに呪いが解けるとなって、どこか気分がすっきりしたのかもしれない。あれから遠い時間が経過したけれど、やっとまた人間になれるんだ、ってことを思いながら私は自分で入れたコーヒーを啜るのだった。
◇◇◇
次の日。私はケイタとサクラを集めて、ボルケイノを閉店する話をした。
ケイタは驚いていたが、同時に理解していたようだった。一度閉店を経験しているからか、遠からずいつかはその日がやってくるだろう、と思っていたに違いない。
対してサクラはその事実を受け入れがたいものだった。最近ようやく慣れてきたのに、もうお別れなんですね、と涙を零しつつ言った。仕方ないことだけれど、諦めるしかない。生きているうちに、いつかは必ず出会いと別れがある。そう私は言って、サクラとケイタに残りの四日間の営業も全力でお願いするように依頼するのだった。
長く続いたボルケイノも残り四日。
最後までお客様を笑顔にするんだから。
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