狐の恩返し・2 (メニュー:いなり寿司)
「……お待たせいたしました」
私はケイタに食事を持たせた後、こっそりと眺めることにした。理由は単純明快。もし私の見立てが正しければ、あの少女は――あの少女と、私は一度出会ったことがある、そう思ったからだ。
だから、それを確かめるべく――私はケイタの裏に回っている、というわけ。もちろん、ケイタには気付かれないように視覚機能を阻害する魔法をかけている。ほんと、魔法の素質がない人間は術にかかりやすくて助かるよ。
……おっと、これは差別発言に取られかねないな。とりあえずいったん保留しておこう。
「いただきます」
少女は箸を手に取ると、ゆっくりとそれを見つめた。
少女の目の前にあるのは、いなり寿司が二つ。
箸でいなり寿司を丁寧に取ると、それを口に放り込んだ。もちろん、それは少女の口に入る大きさではないことは重々承知している。残念ながら、ここにやってくる客って男性客が多いのよね。だから、どちらかというと大きい……サイズになってしまうのよね。それについては理解して貰うしかないけれど、予め知っている客はそれを把握しているから「今回は小さめで頼むよ」とシニカルに笑いながら言うのよね。誰とは言わないけれど、いつもパフェを注文する羊使いの人とかはたまにそうしているわよ。
「……美味しい。やっぱり、この味だ」
少女は何かを理解したかのような、そんな頷きを一つした。
ん? もしかして誰かから見聞きしたのか。それとも一度このボルケイノにやってきた、とか? いや、それは有り得ない。なぜそこまで言えるか――というと、私は物覚えが良いほうだからだ。確かにすべてを覚えておくことは出来ないけれど、とはいっても、忘れてしまうことも少ない。
しかし、あんな子供がボルケイノに来たことはあっただろうか? 確かあれくらいの子供だと、私が見知っている範疇ではミルシアくらいしか知らないはずだったが……。
「ごちそうさまでした!」
気付けば少女はすっかりいなり寿司を食べ終えていた。何というか、あっという間だ。早業と言っても良いだろう。なぜそう言ったかと言えば、ゆっくりコーヒーを嗜んでいる(仕事中に何しているんだ、あいつは)ケイタが目を見開いてしまうくらいだった。
少女は落ち着く間もなくポケットから銀貨二枚を取り出して――銀貨二枚だと?
いくら何でも、そのいなり寿司には合わない値段だ。確か、いなり寿司だけなら銅貨六枚で良いはずだ。ちなみに銅貨一枚はケイタの世界では『ヒャクエン』というらしい。分かりづらい単位だが、まあ、あいつの世界に行くことはもう二度とないだろうから別にそこまで気にすることもないだろう。
「お釣りを用意するのでお待ち下さい」
まあ、ケイタもその価値に気付いていることだからあまり呵責しないことにしようか。
「いえ、大丈夫です」
ケイタの行動を、少女は言葉で遮った。
「え?」
「……私を助けて下さった、あのメイドさんのためならば、それほどのお金は無駄ではありません」
「やっぱり、そうだったか」
私は、気付けばその言葉をぽつりと口にしていた。
「え?」
「え?」
ケイタと少女は同時に私の方を向いて、そう言った。
不味かったかな。表に出るつもりはなかったのだけれど、まあそこまで気にすることでもない。今更隠れたってもう遅いし、それを気にするほど私は小心者ではない。
「……ずっと気になっていたんだよ。こんな子供がボルケイノに来たことがあったか? ってね。まあ、ミルシアとかは居たかもしれないが、でも、それは少数派だ。だから、だからこそ気になっていたんだよ。このお客さんは誰なんだ、って。普段はそんなこと気にもとめないし、プライバシーの侵害に繋がるわけだけれどね」
「なら、どうして……」
「確信があったからさ。それは、来店時には証拠なんて一つもなかったことだったけれど」
それは、例えば『食べたいと思ったメニュー』。
それは、例えば『最後に伝えたその言葉』。
仕草や言葉の一つ一つから、予想は確信へと変化する。
「じゃあ、それはいったい……」
「実はさっき狐の親子に食べ物を分け与えてね。ま、おかげで昼飯を食べるタイミングをすっかり逃してしまったわけだけれど。そんで、もう一つ。確か狐には姿を変えることが出来る……正確に言えば、錯覚を見せることが出来るんだったかな? ケイタの世界にもかなりの逸話が残っていたはずだけれど」
「じゃあ、もしかして……」
「そういうこと。彼女は狐、それにしてもまさか恩返しでやってくるとはね。律儀な狐も居るものだね」
◇◇◇
後日談。
というよりも今回のオチ。
結局、自らが正体を明かすことはなかった。けれど、やっぱりあの少女は狐で合っていると思う。いなり寿司を食べたかった、というのもその点に挙げられるだろうしね。
余談だが、ケイタの世界でも油揚げは『きつね』のことを言うのだとか。初めて知ったけれど、実は私の世界もそうだったりする。案外常識が似通っているんだよな。……実はルーツが一緒だったりして? まあ、そんなことはないか。
そんなことはあっという間に流れ去って、今日もボルケイノは営業するのだった。
……なんか、テンプレートっぽい〆だけれど、たまにはそれも良いだろう?
私は誰に問いかけるでもなく、そう呟くのだった。
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