第32話 フォルテ、舞踏会に招待される

「行ったわね……」


 フォルテはピッツァのいる厨房の窓から、華やかに飾り立てた馬車が出て行くのを頬杖をつきながら眺めていた。


 今日は王宮の舞踏会だった。


「見てごらんなさい、私にも招待状が届いたのよ」

 昨日ナポリ夫人は、わざわざ厨房に出向いて、フォルテとピッツァに王宮の招待状を見せびらかして行った。


 王の妃選びだから余程の重臣でない限り母親まで招待されないと聞いたが、どうやらマルゲリータは特別らしかった。


「やはり王様は社交界でも一番の美人と言われるマルゲリータの噂を知ってらしたのね。

 おそらくもう妃はマルゲリータと決めてらっしゃるのだわ。

 だから母親の私にも招待状が来たのよ」

 ナポリ夫人はそう言っていた。


 占い師を一夜の夜伽にさらうぐらい酔狂な王ならば、マルゲリータに目をつけてもおかしくないだろうと思った。


「でもあの恐ろしい顔のデブ王でも嬉しいのかしら……」


「そんな恐ろしい顔だったのですか?」

 ピッツァは釜から焼きたてのパンを取り出しながら尋ねた。


「それはもう恐ろしいなんてもんじゃないわよ。

 私なら絶対イヤよ。私は……私なら……」

 フォルテはアルトの顔を思い浮かべた。


 アルトに会いたい……。


 その思いばかりがどんどんつのっていく。


 迎えに来るってどういう意味?


 正直に話すって、庭師じゃなくて護衛騎士だってこと?

 それならとっくにバレバレだけど……。


 ううん、何を期待しているの?

 アルトはそもそも男色じゃないの。

 勝手に何を勘違いしているのよ……。


 この幾日か、毎日同じ言葉ばかりを心の中で逡巡しゅんじゅんしている。


「フォルテ様、今度の品評会に出すパンが焼けました。

 試食なさってみますか?」


「ええ、是非!」

 フォルテは目の前の鉄板に乗せられた丸くて平たいパンに目を丸くする。


「まあ! パンにしては薄いのね。見た事のない形だわ」


「切って取り分けましょう。薄く伸ばしたパン生地にトマトソースとチーズをのせています」


「わあ! いただきます!」

 薄い生地に齧りつくとチーズがとろりと伸びてくる。

 食べた事のない食感と、絶妙なトマトソースの酸味とチーズのコラボレーション。


「美味しい!! これはもうパンという感じではないわね。違う食べ物よ」


「私の名前そのままにピッツァと名づけようと思っています」


「ピッツァ!! 素敵! きっと今にみんなが知る食べ物になるわ!」


「トマトを下さったアルト様……ですか。

 彼のトマトがあってこそ出来る料理です。

 品評会までに会える機会があるといいのですが……」


 アルトの名を聞いてフォルテは沈んだ。


「そうね。きっと今日の舞踏会には来ているのだと思うわ。

 だって王様の護衛騎士だもの」


「本当は舞踏会に行きたかったのではないですか?」

 ピッツァは最近沈みがちなフォルテを心配していた。


「舞踏会にというよりは……」

 そこにアルトとゴローラモがいるような気がしていた。


 そんな二人のいる厨房が外からノックされた。


「失礼致します、フォルテ様。お届け物でございます」


「届け物?」

 フォルテはピッツァと目を合わせて首を傾げながらドアを開けた。


 すると……。


 そこには……。


 アルトと別れてから命令通りにフォルテを影に日なたに守っている隠密がひざまずいていた。

 彼らはアルトについては何も話さないけれど、完璧にフォルテを警護していた。

 非常に優秀な隠密だと思っていた。


 そしてその後ろに大きな衣装箱を抱えた衛兵二人と、更には後宮で会ったベテラン女官が数人列をなしていた。


「え? なに? どうしたの?」


「舞踏会の招待状を預かっております。

 大急ぎでこちらのドレスに着替えてお越し下さいとの事です」


「え? でも……私は……」


「さあ、お嬢様、お手伝い致します」

 女官に手を引かれる。


「ピ、ピッツァ、わたし……」

 フォルテはピッツァに振り返った。


 ピッツァはこのところ感じていた予感が現実になったのだと淋しげに微笑んだ。

 二度目の拉致から帰って後、フォルテの様子がおかしかった。

 それが恋わずらいなのだと、気付きたくないのに気付いていた。


 きっと相手は口に出さないけれど、このトマトをくれた男……。

 この素晴らしいトマトを作った男なら敗北を認めるしかないと覚悟していた。


 だから……。


「さあ、フォルテ様。ピアニシモ様の事は私に任せて、行ってらっしゃい」

 笑顔で背中を押した。


「ピッツァ……。ありがとう……」




◆ ◆



 王宮の大広間は大勢の華やかな貴族で溢れていた。

 王様の正妃の座を狙って、若く美しい令嬢がこれでもかと宝石をつけて、趣向を凝らしたドレスに身を包み、髪を高く結い上げてお互いに牽制していた。


 青年貴族も参加しているが、今日は王様の妃選びだ。

 まずは王様が最優先だ。

 どんな気に入った令嬢がいても、最初にダンスの相手を選ぶのは王様だった。

 

 しかしそう分かっていても、人気の令嬢の元には男性貴族が群がっていた。


 そして一番人気はやはりマルゲリータだった。

 青紫の胸の開いたドレスを着るマルゲリータに、少しでも近付こうと男達の輪が出来ていた。

 その中にはもちろんペルソナもいた。

 ナポリ夫人は、その様子を満足気に見ている。


 しかしその広間に突如、ほうっという歓声が響いた。

 何事かと振り向いた男達はすぐにそちらに目を奪われる。


「どこのご令嬢だ?」

「なんて美しい……」

「初めて見る顔だ」


 そこにはキャラメルの髪をリボンで清楚に結わえ、白いオーガンジーたっぷりのドレスを纏ったフォルテが立っていた。

 リボンの飾りをドレスに散りばめ、それは亡き母テレサと仕立てた社交界デビュー用のドレスを更に豪華に贅沢にしたものだった。


(どうして知ってるの?)


 フォルテはドレスを見て驚いた。

 それはアルトがゴローラモの話を聞いて、慌てて仕立てさせたドレスだった。


 耳と首を飾る宝石も大粒で、おそらくこの中の誰より高価なものだ。

 フォルテは、でも気後れしていた。


 17才で初めてこんな華やかな場所に出たフォルテには知り合いがいなかった。

 護衛騎士もさすがに中までは付き添えず、どこかに行ってしまった。


 一人で戸惑うフォルテの元には、すぐに男性貴族の群れが出来た。

「はじめまして、私はトロイ子爵です。どうぞお見知りおきを……」

「私は南の地を治めております……」

「お名前をお聞かせ願えますか」

「どちらのご令嬢ですか?」


 矢継ぎ早の質問に、フォルテはどうしていいか分からなかった。

(どうしよう……。アルトはどこに……)


 そして自分の側から男達が立ち去って行くのに気付いたマルゲリータとナポリ夫人は、男性の群れをつくる中心を見て驚いた。


「フォルテ?」

 ペルソナも初めて見るフォルテの着飾った姿に目を丸くする。


 そうして自分の娘よりも注目を浴びているフォルテにナポリ夫人の怒りが膨れ上がった。


「あなたっ!! こんな所で何をしているのっ!!」

 ナポリ夫人の罵声が飛ぶ。


「お義母かあ様……」

 フォルテは蒼白になった。


「嫌だわ! どうやって入り込んだの? 招待状が無ければ入れないはずでしょ?

 まあ! もしかして誰かの招待状を盗んだの? この泥棒猫ったら!」


「い、いえ……そんな事はけっして……」


「だいたいそんな高価なドレスと宝石をどこから……。

 やっぱり隠し財産があったのね! なんて卑しい子!!」

 ナポリ夫人は掴みかからんばかりにフォルテに近付いてくる。

 そしてドレスを引きちぎられるのかと思った瞬間、その手を誰かが掴んだ。


 それは姿が見えなくなっていたアルトの隠密だった。

 姿が見えないだけで、変わらず守ってくれていたらしい。


「な、何よ! あんたっ!!」


「王様のおなりでございます。ご静粛に」

 冷たく言われ、ナポリ夫人はしぶしぶ引き下がった。



 広間の入り口には大きなラッパと太鼓の音と共に、騎士の一団が現れる。

 白い軍服の近衛騎士の集団だ。

 その花形集団の登場に、貴族達は真ん中を開けて注目する。

 

 そして近衛騎士団に続いて、クレシェン宰相が姿を現わした。


 普段は陰険な顔をしているが、こういう場ではマントを揺らし優雅な男だ。

 ほうっと女性陣のため息がもれる。


 そして続いて現れたのは……。


(王様……)


 ……とフォルテが思っているダル軍曹だ。


 そして若い貴族達も噂話からこれが王様かと、緊張で魔人と化したダルの凶悪顔に震え上がった。

「え、やだ、あれが王様?」

「デブとは聞いてたけど、まさかあそこまでとは……」

「あんな恐ろしい顔無理だわ……」

 令嬢達は、うっかり見初められては大変だと、慌てて顔をうつむけた。 



 そして次に現れたのは……。



(え?)



(どう言うこと……?)


 フォルテは何が何だか分からなくなった。



(アルト?)


 でも……。


 アルトの黒髪は見事な金髪に変わっていた。


 しかも……。


 金刺繍のマントに、飾り剣、大ぶりの輝石のついた杖。

 その三つを身につける者……。


 つまりは……。



(王様?!!)


 ざわざわと広間に驚きが広がる。


「うそっ! あれが王様?」

「きゃああ! 素敵!」

「誰よ、デブ王なんて言ったのは!」


 令嬢達が色めきたっている。

 アルトの後ろには先日会った隠密が目立たぬ衣装で警護している。


(そんな……。まさか……)


 でも考えれば分かった事だった。

 王様だと言われてみれば合点のいく事ばかりだ。



 なぜ……気付かなかったんだろうか……。

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