第31話 企む男達
「はっ!」 タプ トプ
「ふっ!」 タプ トプ
「くっ!」 タプ トプ
アルトの執務室では、ダル軍曹が巨体を上下させスクワットをしていた。
もちろん中身はゴローラモだ。
「その掛け声は分かるが、タプトプというのは何の音だ?」
アルトは会議の書類から目を離して、もう500回はしているだろうダルに声をかけた。
「これは5重アゴの肉が反動でくっつく音と、7段腹の肉がくっつく音です」
言いながらもタプトプ、タプトプと鳴っている。
「……。その体でスクワットをするお前を尊敬するぞ」
アルトは心からゴローラモに賞賛を伝えた。
「会うたびフォルテ様に悲鳴をあげられるなんて、もう耐えられないのです。
でも、見て下さい。この数日の努力の成果が分かりますか?」
スクワットを終え、アルトの前まで近付いてきたダルに首を傾げる。
「成果? どこか変わったか?」
「もうよく見て下さいよ、アルト様。
5重アゴが4重に、7段腹が6段になりつつあります」
得意気にアゴをそらすダルだったが、正直5重も4重も大して違わない。
きっと暗闇で見たら、フォルテはまた悲鳴を上げる事だろう。
「まあ、しばらくダルの体を鍛えてやってくれ。
気付いたら6段腹になってたら、あいつも喜ぶだろう」
そこへ部屋の外から声がかかり、クレシェン宰相が入ってきた。
「……」
最近いつ来てもダルがいる事に不審を浮かべる。
「またここにいたのか、ダル。いつもアルト様の部屋で何をしてるんだ?」
「そ、それは少しばかり運動を……。
この部屋は広くて伸び伸び動けますので」
「運動? お前がか?」
「ほら見て下さい。5重アゴが4重に……」
ダルはクレシェンにも同じようにアゴの肉を見せた。
「……。確かに、7段腹も6段になってるな」
「!」
ダルは、ぱあっと目を輝かせた。
「わ、分かりますか?」
「よく分かったな、クレシェン」
アルトも感心した。
見てないようで、よく人の事を見ているのだ。
だから抜け目なくいろんな事に気が付く。
ゴローラモは少しクレシェンが好きになった。
「そんな事より、ラルフ公爵の家督相続の偽造文書の件ですが、言われた通りの場所に書類が見つかり、娘婿を捕える事が出来ました。よくあの場所に隠してると分かりましたね」
「ああ。最近勘が良くてな。夢のお告げというか……」
アルトはゴローラモに微笑んだ。
怪しい家を前もって霊騎士ゴローラモに捜索に行かせている。
そして集めた情報を元に突然衛兵を踏み込ませている。
これですでに5件の偽造文書を見つけ、正しい家督相続者に渡す事が出来た。
これで一気に王派のフラスコ公爵が優勢となり、議案が通りやすくなった。
だが、フォルテのヴィンチ公爵家はまだそのままだった。
娘二人が残されたヴィンチ家は、ベルニーニの最大の巣窟であり、ナポリ夫人やマルゲリータは近しい存在らしい。
フォルテの警護とは別の隠密に探らせているが、なかなか偽造文書が見つからない。
屋敷とは別の場所に隠しているようだった。
次々捕えられる仲間に、警戒も強くなってきているだろう。
早くしっぽを掴まないと逃げられる恐れがある。
「お待ちかねの偽造文書ですが、ようやく見つけましたよ」
クレシェンはにやりと微笑んで、懐から一枚の羊皮紙を出した。
「あったか!」
待ち望んでいた一枚だ。
これで証拠はそろった。
後はどうやってこの証拠を突きつけるかだ。
「実はわたくし、とっても小気味いい方法を思いついたのです」
クレシェンがいつもの悪巧みの顔になった。
「小気味いい方法?」
「はい。この所アルト様は見違えるように精力的に活動され、忙しさのあまりすっかりお忘れになっているようですが、三日後に王宮で舞踏会が開かれます」
確かにベルニーニ一派の壊滅と同時に、後宮のアドリア貴妃を辺境の地へ幽閉する事になってその段取りに忙しかった。本人は何が悪かったのか分からないような状態だったが、無知だからといってこのまま後宮に置いてやる事など出来ない。
ヴェネツィアの間は解体して、残った二人の貴妃とも今後の身の振り方を話し合っている。
「私の妃探しの舞踏会か?
まだやるつもりだったのか?
私の気持ちはもう決まっている。中止だ」
「しかし、招待した令嬢達はその日のためにドレスを新調し、ダンスのレッスンをしているのです。やめるわけにはいきませんよ」
「ではダルが代わりに王のフリをして出てくれ」
王の姿を見た事がある者も少ない。
会議に来る主要な重臣ぐらいしか直接の姿を知らない。
「バカ言わないで下さい。ますますデブのトマト王などと陰口を叩かれますよ」
「フォルテの誤解さえ解けたら、私は別にそれでもいい」
「そのフォルテ嬢を舞踏会に招待するのです。
ついでにナポリ夫人も招待しましょう。
ベルニーニや主要な男性貴族ももちろん参加します」
「それはつまり……」
「大勢の貴族が見守る中でベルニーニを捕えましょう。
そしてフォルテ嬢にプロポーズするなら、どうぞご勝手に。
私はフォルテ殿の事には関わるなと言われましたから」
クレシェンは結構根に持ってたらしい。
「お前もたまには気の利いた悪巧みをするではないか。
それに……感謝しているぞ。
少し投げやりになっていた私を支えてくれたお前がいたから、私の今がある。
私が無知な王にならずに済んだのは、お前が常に戒めてくれたからだ。ありがとう」
「な!!」
クレシェンは思いがけず感謝の言葉を告げられ、珍しく顔を赤くした。
誰に嫌われようと、アルトに煙たがられようと、変わらぬ信念で苦言を言い続けた。
実は誰より心優しい男なのかもしれない。
「何を急に……。変な物でも食べたのではないですか?
さ、さあ、そうと決まればいろいろ決めねばなりません。
これで失礼致します」
クレシェンは赤くなった顔を見られぬように逃げるように部屋を出て行った。
「ふむ。あいつの弱点は褒められる事だったか……。
良い事に気付いた」
アルトとダルは顔を見合わせて笑った。
◆ ◆
「なにっ! ラルフ公爵家まで踏み込まれたのかっ!」
王宮に近い小さなサロンで、男の罵声がとんだ。
円卓の周りには五人の男と二人の女。
このメンバーを束ねているのは、肩までの茶髪を裾でくるりとカールさせたこの男、ベルニーニだった。髭も揃えたようにくるんとカールしている。
大して大柄でもなく腕っ節が強いわけでもないが、他の四人の男は怒鳴られて震え上がった。
闇に精通している男。
目をつけたら蛇のようにねちっこく追い掛け回し、無慈悲にすべて奪う男。
汚い人脈だけは数多く持つ男。
一度仲間になってしまったら、逃れる事の出来ない恐ろしい男だった。
「あれほど偽造文書は分からない場所に隠しておけと言っただろう!
どこに置いてあるか確認して隠し直せと先週言ったじゃないか!」
そのおかげでゴローラモが見つける事が出来たとは知らない。
「まさかヴィンチ公爵家の偽造文書は大丈夫だろうな! おいっ!」
指をさされた男は「ひいっ!」と声を上げた。
「だ、大丈夫です。今朝確認して、絶対分からない所に隠しました」
嘘だった。
今朝隠し場所を見ると、無くなっていた。
大変な事になったと思った。
しかし、この場で言える訳が無い。
言ったらここで切り捨てられるに違いない。
「絶対見つからない所に隠せ!
いや、このさい焼き捨ててしまえ!
偽造文書はまた作ればいい。
今は持ってる方がやばい」
「は、はい。では帰りましたらさっそくに……」
むしろ良かったと思った。
これで文書を見せろと言われる事もなくなった。
「どうも最近あの愚王が調子に乗ってるようだ。
今回の事も王が中心になって仕組んでるらしい。
邪魔なのはクソ生意気なクレシェンだけかと思ったら、あの小僧まで」
国の王様を小僧呼ばわりするベルニーニに、誰も反論出来ない。
「最初王位についた頃は泣きべそをかいて助けてくれと私に頼っていたくせに、最近はフラスコなんぞと手を組んで私の邪魔ばかり……。もう我慢がならん」
「で、ですが占い師にクーデターを起こしても成功しないと言われたのでは……」
「ふん! 占い師などの言う事なんかあてになるか!
あのインチキ占い師め!」
「ど、どうするのですか?」
「ふん! こうなったら王を暗殺してやる。
ちょうど明日、王宮で舞踏会が開かれる。
妃選びだなどとのぼせた事を言ってるバカ王に思い知らせてやる。
マルゲリータ、自分の役割は分かっているだろうな!」
名を呼ばれ、マルゲリータは黒髪を背にはらい妖艶に微笑んだ。
その隣りにはナポリ夫人も座っていた。
「ええ。分かっておりますわ、おじ様。
王を虜にして
「そうだ。お前の魅力があれば王もメロメロになるだろう」
「聞くところによるとひどく太ったお方だとか?」
「ああ、それはダル軍曹の事だ。
重臣以外は最近会った者もいないから変な噂がたっているな。
王は金髪の……まあ、美男子だ」
「それは良かったこと。
落とし甲斐がありますわ」
「当日は多くの間者を紛れ込ませておく、王をやった後はクレシェンを殺せ。
この二人がいなくなれば、デルモンテ国は私のものだ」
「し、しかし堅固な守りの王や宰相をそう簡単に殺せますか?」
男の一人が不安そうに尋ねる。
「ふふ。実は王の護衛には最大の穴があるのだ。
あまり知られてはいないだろうがな」
「最大の穴?」
「そうだ。いつも王の背中を守るダル軍曹だ」
「あの一睨みで百人殺すという恐ろしい軍曹ですか?」
「ははは。実はあれは見かけ倒しもいい所だ。
剣もさっぱり使えぬ木偶の棒だ。
ダル軍曹を先にやってしまえば、王の背後はガラ隙だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます