第11話 青の貴婦人、後宮に召される

「おーい、おい、おい。

 うおーん、おん、おんおん」


 案内された後宮の一室では、青の貴婦人付きとなったブレス女官長が先程から、床に突っ伏して泣き続けていた。


「もう、いい加減泣きやみなさいよ、ゴローラモ」


 そう。中身はゴローラモのままだった。


「だって、だって、王様が……。

 まさか、あのような……」


 宰相の部屋でどうやら王様に会ったらしい。


「あんなおぞましい怪物に……。

 この女官長がガリガリに思えるほどの贅肉に覆われ、お顔は鬼さえも泣き出すほどの凶悪な人相……。

 なんとおいたわしい……うおーん、おんおん」


「結構失礼な事言ってるわね。

 王様ってそんなに太ってるの?」


「太ってるなんて可愛いもんじゃありません。

 ウサギの一匹や二匹、丸呑みしてるようなお腹でございました」


「ふーん。やっぱり噂って事実に基づいてるものなのね。

 じゃあトマトばっかり食べてるっていうのも本当かしら?」


「この際、何を食べて太ったかなんてどうでもいいです。

 ああ、この18年の在位が王様をあのようなお姿に変えてしまったのです」


「変えた?」


「はい。わたくし、元将軍ゆえに幼少の王子時代に何度かお姿を拝見した事があるのです。

 即位される前ですから、おそらく9才の時でしょうか。

 それはもう遠目にも愛らしい王子様で、サラサラの金の髪が風になびき、剣の稽古をなさっておいででした。

 ああ、そうです。

 その時対戦しておられたのが、今の宰相様でした。

 お二人の剣技は、絵画の一枚かというほど麗しく、みな手を止めて見惚れるほどでした。

 剣筋も良く、将来が楽しみな王子様だと思っておりました。

 そ、それなのに……。

 まさかあのような巨大なデブだるま……あ、いえ、余分な贅肉オバケ……あ、いえいえ」


「もう、何を言っても悪口にしか聞こえないわよ」


 忠臣のゴローラモがそこまで言うほどの、そんな恐ろしい化け物なのかとフォルテはつくづく舞踏会なんかに行けなくて良かったと思った。

 うっかり気に入られて後宮なんかに召されたらたまったもんじゃない。


 もっとも……別件ですでに後宮に召されてはいるが……。


「きっと幼くして両親を亡くされ、18年の王としての心労がストレスとなって王様をあのようなお姿に変えてしまったのです。ああ、おいたわしい」


 幼くして両親を亡くしたという境遇はフォルテと似ている。

 フォルテは、ほんの少し王様に親近感が湧いた。


「でもデブならちょうどいいじゃない。

 ゴローラモがちょちょいと憑依して、占い師を家に帰すと言ってくれればいいわ」


「な、なんと畏れ多い事を……。

 王様に憑依など、そんなバチ当たりな事は出来ません!!」


 そうだった、とフォルテは思い出した。


 ゴローラモは忠臣魂に溢れた男なのだ。

 第一の主君は死んでもなお母テレサだが、二番目は王家なのだ。

 それは昔から変わらない。


「王様と私とどっちが大切なのよ」

 答えは分かっていた。


「実はわたくしは王家に大変な引け目がございまして……」

「引け目?」


「はい。今までフォルテ様には黙って参りましたが、実は前王の時代に私は側近護衛官の任を命じられたのでございます」


「側近護衛官?」

 たぶん騎士のトップの職だ。


「ですが、ちょうど同じ時にテレサ様のヴィンチ公爵家へのお輿入りが決まり、悩んだ挙句に王宮から逃亡し、髪型と様相を変えテレサ様の側近護衛官として秘かに公爵様に雇って頂いたのでございます」


「な、なんでそんな事……」


 王の任命から逃げるなんて反逆罪と同じだ。

 そこまでしても母テレサの側にいたかったのか……。


「テレサ様のいない人生など、どうしても考えられなかったのでございます」

 霊になってもなお、母を忘れた事のないゴローラモならそうだったのかもしれない。

 きっと母テレサは女神のような存在なのだ。


「ですが、その直後、前王様は暗殺されてしまったのです。

 急に消えた私の後釜を選んでいて、側近護衛官が手薄になっていたのでございます。

 前王の死は、わたくしが引き起こしてしまったと言っても過言ではありません。

 つまりは現王が10才という幼い年で即位しなければならなかったのは、すべて私のせいなのです。

 私は現王に償い切れない贖罪を背負っているのでございます」


「なにもそこまで責任を感じなくてもいいんじゃないの?

 側近護衛官たって一人じゃないんだもの」


「いいえ! 先日も申しました通り、わたくしは当時随一の剣の使い手でございました。

 私が側にいれば、きっと未然に防ぐ事が出来ました!」


「父様が死んだ後、あっさり眠り薬で暗殺された人が言っても説得力がないわね」

 幼いフォルテが、頼りのゴローラモが変死したと聞いてどれほどショックだったか。


「あ、あれは、テレサ様の死で精神的に不安定になっておりまして……。

 いえ、済んだ事はいいのです。

 とにかく、わたくしは現王様には大きな借りがあるのでございます。

 たとえ贅肉オバケの怪物になっておられようと……」


「もう、分かったわよ。

 憑依したくないんでしょ?

 だったらブレス女官長でいいから、後宮を探ってきてよ。

 午後には一人目の貴妃様の占いをするんだから」


「分かりました。

 部屋を出て女官長に付いたり離れたりしながら、外の様子を探って参りましょう」


「憑いたり離れたりね?」

「はい、それです」


「ついでに女官の衣装一式を拝借してきてよ」

「ま、まさかフォルテ様まで女官に変装して?

 お、おやめ下さい。危険です!」


「ブレス女官長が新しく入った女官だって紹介してくれれば問題ないわよ。

 失敗したら牢屋に入れられるのよ。

 50000リコピンがかかってるのよ。

 出来る事は全部やるわ」


「50000リコピンの方に力が入っていたような……」

「いいから、早く行ってらっしゃい」



 ゴローラモ女官長の出て行った部屋でフォルテは、まずは部屋の探索を始めていた。


 女官達に連れて来られた後宮は、王の暮らす正宮からだけ行けるようになっていた。

 正宮には王の寝室、執務室、会見室、茶話室などが中庭を囲むように配置されている。

 そこには王の側近や重臣が出入りする事もあり、数多くの衛兵とそれ以上の隠密が警護しているらしい。

 そこから長い渡り廊下を進むと、高い塀に囲まれた後宮があった。

 出入りは渡り廊下の一箇所のみで、そこは厳重な取調べを受けた者しか入れない。

 朝、世話をしてくれた女官達は王様付きの女官らしく、彼女達ですらここから先には入れなかった。

 通ったのはブレス女官長と占い師のフォルテだけだった。

 もちろん王様以外の男子は禁制だ。



 高い塀の中は意外にも明るく、四つのエリアに分かれていた。

 三貴妃それぞれのエリアと、その他の側室エリアの四つだ。


 今回フォルテが一時的に泊まるのは、その他の側室用エリアの一室だった。


 その他の側室と言っても充分に豪華なロココ調の部屋だ。

 大きなベッドのある寝室に、ソファセットのあるリビング、食事用のダイニングまである。

 こんな部屋が、この側室エリアに三つはあるらしい。

 そして三貴妃のエリアは更に豪華らしかった。


「すごいわね。やっぱり王様ともなると桁違いだわ」


 部屋からテラスに出ると、緑の広がる庭があった。

 小さな噴水と、季節の花が咲く庭園が広がる。

 今の季節なら、ハイビスカスの黄色やピンクの花が一角を彩っている。

 そしてその向こうに赤いハイビスカスが……。


「あら? あの赤い色は何かしら?」

 遠くてよく見えないが、ハイビスカスとは違うような気がする。


「明日にでも散策してみようかしら」


 とりあえず今は午後からの占いの対策を練らねばならない。

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