#10

 

「ちなみに第一から第三惑星までは、公転軌道がトランスリープチューブに掛かってなくて、第五から第十二惑星は、惑星の位置がチューブの外にある状態よ」


 ノアがそう付け加えると、ノヴァルナの表情は険しくなった。謎だらけの『超空間ネゲントロピーコイル』だが、分かっているのは、正六角形のコイルを形成する六つの恒星系の中の周回惑星が均等に並ぶ、七年に一度の三カ月間だけ、トランスリープチューブが“開通”する事だった。そして今年はその七年後にあたる。


「あのデカブツが動き出したのか…?」


「災害が発生したのは一年前だから、正確には動き出そうとしていた…ね?」


 ノアの推測によると、チューブそのものは常時存在しており、コイルが形成されている間にのみ“出入口”が出現するのだが、コイルパーツの設置された惑星の位置が正六角形に近づき始めため、一年前から影響が大きくなりだした可能性が高いらしい。するとランが、素朴な疑問をノアに投げ掛けた。


「素人の質問で恐縮なのですが、七年ごとにそのチューブが出現しているのであれば、なぜ、昨年までカーティムルは、大災害に見舞われなかったのですか?」


「私達が住んでるこの銀河系自体が回転していて、各恒星系の公転速度は時速九十万キロ近くにまで及んでるの。そんな中で銀河中心から、約五万光年離れた位置まで真っすぐ伸びたチューブがあったら、周囲の恒星系や星団との相対位置が変化しても当然でしょうね」


 これを聞いて「なるほど」と頷くラン。自覚が無ければ、自分が今いる惑星や恒星系の運動に気付かないのも当然である。例えば、今ノヴァルナ達が暮らしているこことは別世界にある、“地球”と呼ばれる惑星は、時速約1670キロもの速度で自転しており、さらに時速約11万キロの速度で公転。しかもこの“地球”を含む恒星系は所属する銀河系の中を、時速約86万キロで公転しているのである。


「今回はたまたま、有人惑星のカーティムルを巻き込んで、人的被害が出たから発覚したが、本当はこれまでにもどこかの惑星が、大災害を喰らってるかも…だな」


 ノヴァルナがそう言うと、ノアは「ええ…」と頷く。ホログラム上では細い糸のようなトランスリープチューブだが、『超空間ネゲントロピーコイル』のサイズは直径約520光年もあり、位置の変化でどこかの恒星系を巻き込んでも、不思議ではない。そしてこれはこの先も同じはずだ。ノヴァルナは、“また仕事を増やしやがって”と言いたげな表情で頭を掻いて告げた。


「実害が出るとなりゃあ、もうチョイちゃんと調べて、対策を考えねぇとな…」

 

 とは言え、トランスリープチューブ対策を立てるにしても、その詳しい構造や、誰がどんな目的でこんなものを建造したのかなど、情報が不足している状況であるのは否めない。


「とりあえずは、相対位置の変化で将来的に、またトランスリープチューブに接触しそうな有人惑星が他にないか、計算してみようと思うの。あなたはミノネリラ宙域の掌握の方が忙しいでしょ? 私に任せてもらっていい?」


 ノアが提案すると、ノヴァルナは「助かる。宜しく頼まぁ」と言葉を返し、苦笑いで言葉を続けた。


「…てゆーか、毎度任せっぱなしで、悪ぃな」


 それを聞いたノアは、夫の普段の振る舞いを真似して、不敵な笑みで「いーってことよ!」と応じる。結婚して四年、二人の間にまだ子供はおらず、“フォルクェ=ザマの戦い”以後は共に過ごす時間も減ってしまったが、この二人の場合はそれが逆に、昔のままの距離感を保っている部分もあった。ただ、ノアが冗談めかしたのはそこまでで、すぐに真顔に戻ってさらに話を進めた。


「それともう一つ…私達がいま居る、この『スノン・マーダーの空隙』も、トランスリープチューブが影響してる可能性が高いわ」


「なに?」


 眉をひそめるノヴァルナの前でノアは。『ナグァルラワン暗黒星団域』のあらたなホログラムを浮かび上がらせる。


「この『スノン・マーダーの空隙』は、五年前に出現したもので、それまでは周囲と同じ、星間ガスばかりだった…でもシミュレーションによると、ここにある白色矮星GHG‐15788769が、どうやらその頃にトランスリープチューブを掠めたらしいの」


 ノアの説明によるとブラックホールに次ぐ超高密度天体の白色矮星が、トランスリープチューブに触れた事で重力勾配に変動が発生し、一時的に星間ガスが押しのけられて、ラグビーボール状の空隙が発生したというのだ。


「それって、いずれはここが消えちゃうって話ですか?」


 ノアの説明に戸惑った声を発したのはネイミアだった。彼女にすれば、キノッサが苦労して手に入れた、このスノン・マーダー城を廃棄する事になるのでは…と、不安に思ったのだろう。


「ここはいわば、川の中に出来た中洲みたいなものなの。でもたぶん、そんなにすぐには消えないはずだから、安心して。重力バランスも今のところ、安定してるみたいだし」


 それを聞いて頷くネイミアに、ノヴァルナは不敵な笑みで言い放った。


「ま。それに、こんな小せぇ城ひとつくれてやったぐれぇで、満足するようなヤツじゃねーだろ。あのサルは」





▶#11につづく

 

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