#08

 

 ナルガヒルデら誘引外交部隊がスノン・マーダー城を離れ、抜けた戦力補填にルヴィーロ=ウォーダの第3艦隊が到着したのは、6月10日の事であった。


「直接お目にかかるのは、お久しぶりですね。義兄上あにうえ


「そうだね。壮健そうで、なにより」


 シャトルのドッキングベイまで、ルヴィーロとノアを出迎えに来たノヴァルナの言葉に、ルヴィーロは穏やかな口調で応じる。

 ルヴィーロ=ウォーダはこの時三十五歳。ノヴァルナの父ヒディラスのクローン猶子だけあって当然だが、最近ますますヒディラスに似て来ている。ただ性格はヒディラスとは反対で非常に温厚だった。クローンであっても育った環境によって、性格に差異が生じて来る好例と言える。ちなみにノヴァルナや、その弟だったカルツェは母親のトゥディラ似で、ルヴィーロとはあまり似ていない。


「申し訳ありません。また面倒な仕事を押し付けます」


「なんの。きみのためなら、火の中も厭わないよ」


 柔らかな笑顔で冗談交じりに言われると、ノヴァルナは照れた笑いで「ありがとうございます」と告げる。ノヴァルナは傍若無人な振る舞いで、“カラッポ殿下”だの“イミフ王子”だのと、周囲から白い眼で見られていた時代から、穏やかな性格のルヴィーロに対してだけは、素直に本当の自分を晒していた。

 もともと控え目なルヴィーロだが、六年前にイマーガラ家に捕えられ、当時のイマーガラ家宰相セッサーラ=タンゲンによって洗脳され、ヒディラスを毒殺した時以来、自らさらにウォーダ家内での存在感を薄めている印象だ。しかし武将としては有能で、特に防御戦においては“ミノネリラ三連星”の一人、モリナール=アンドアに互すると評価されている。


 そのように防御戦に長じたルヴィーロとその艦隊を呼び寄せたのは、ウモルヴェ星系方面の情勢が落ち着いた事に加え、オウ・ルミル宙域で集結しているロッガ家艦隊に備えるためだった。


「補給と兵の休養を済ませたら、すぐに警戒行動に入らせてもらうよ」


 そう言うルヴィーロに対し、ノヴァルナは「助かります」と頭を下げる。そしてルヴィーロが先にその場を離れると、ノヴァルナとノアは互いに小さく頷く。


「久しぶり。ちゃんとご飯食べてる?」


「おまえなぁ…」


 ノアにいきなり母親のような口調で切り出され、ノヴァルナは自然と苦笑いになる。「久しぶりなら、もうちょっと色気のある挨拶はねーのかよ」と切り返しておいて、本題について触れた。


「ノアもメシがまだなら喰っとけよ。わざわざ出向いて来るぐらいだから、メシ喰いながらするような話じゃねーだろ?」

 

 ノアがもたらした、惑星カーティムルの大災害に関する新たな情報は、確かに食事をしながら聞いていいような、軽いものではなかった。


 昨年の7月にミノネリラ宙域内の、ウモルヴェ星系第三惑星カーティムルで発生した、惑星全土におよぶ火山の一斉噴火は、都市の大半が壊滅し、百万人以上の死傷者を出す未曽有宇の大惨事となった。

 宙域支配者でありながら、なんの行動も起こさないイースキー家に代わり、ノアの指揮するウォーダ家の災害派遣部隊が、救援活動に向かったわけであるが、同時に行った、この大災害の原因調査が難航していた。このような大規模な天変地異が発生する可能性の高い惑星が、植民惑星に選定されるはずが無く、そのうえ実際に火山が一斉噴火する兆候など、事前には察知されなかったからだ。


 本来は城主となったキノッサ用の執務室に置かれたソファーセットに、ノヴァルナとノア、そしてノヴァルナの副官のラン・マリュウ=フォレスタ。さらにキノッサに代わり、ノヴァルナ付き事務補佐官を務めるようになっている、ネイミア=マルストスが集まる。


「…で、住民の移住の方は、終わったのか?」


 災害救援の状況の方から話し始めていたノアに、ノヴァルナが尋ねる。被害状況から判断し、結局カーティムルは植民惑星としては放棄せざるを得ず、今年に入ってから救援活動は移民活動へ移行。生存者およそ三百万人が、周辺にある他の植民星系や、一部はオ・ワーリ宙域まで移動していたのである。


「あと少し…ひと月もは掛からないわ。周りの独立管領や植民星系の人達も、協力してくれて助かってる」


「そっか…まぁ、移住したらしたで、何かと大変だろうがな…」


 時折垣間見せるノヴァルナ本来の優しさに、微笑んで頷いたノアは本題に移る。


「それで、大規模災害の原因なんだけど」


「わかったのか?」


 真顔に戻って問い質すノヴァルナ。同じく植民惑星を支配する身としては、不明であった大災害の原因が判明した事は、気にならないはずがない。そしてノアが口にした大災害の原因は、ノヴァルナの想像を遥かに超えたものだった。


「原因は、『超空間ネゲントロピーコイル』よ」


「はぁ!!??」


 『超空間ネゲントロピーコイル』とは七年前、初めて出逢ったノヴァルナとノアが、皇国暦1589年…現在から二十七年後の、ムツルー宙域へ飛ばされた原因となった恒星間に及ぶ超巨大施設である。しかしそれが今回の、惑星カーティムル大災害の原因だとは、どういう事なのか?


「なんでその名前が、ここで出て来んだよ?」


 ノヴァルナは狐につままれたような表情で、ノアに問うた。




▶#09につづく

 

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