#25

 

「瓢箪?…なんで瓢箪なんだ?」


 P1‐0号が素朴な疑問をキノッサに投げかける。それに対するキノッサの答えは簡単なものだ。


「子供の頃住んでた実家の庭に、植えてあったんス」


「それだけ?」


「それだけ」


 それだけと言いながら、複雑な事情の家庭で育ったキノッサの事であるから、まだ円満だった頃の思い出か何かがあるのかも知れない。




「なんだこの家紋は?…どこの誰だ?」


 無論、『銀河に千成瓢箪』の家紋など、まだ公式登録されておらず、セレザレスが銀河皇国のアーカイブを調べても、情報を得られるはずがない。もし名のある武将が相手なら、討ち取ればより大きな功績となると考えたのだろうが、相手はこの時点ではまだ、ただのウォーダ家事務補佐官だ。


「誰でもよかろう。ともかく攻撃だ」


 ラムセアルに示唆されてセレザレスは頷いた。敵基地は射程圏内目前である。確かに雑念にとらわれている場合ではない。


「よし。攻撃に掛かるぞ」


 実戦経験はなくとも、攻城戦などの基礎的な知識は有している彼等である。ぎこちない動きではあるが、三つの艦隊の各艦は間隔を開け、宇宙ステーションを半包囲し始めた。その動きを見て、キノッサは命令を発する。


「この戦いは、敵を引き付けている場合じゃないッス。ビーム兵器は攻撃開始!」


 一瞬後、宇宙ステーションの各砲座と、周囲に展開した武装貨物船が、一斉に火箭を開いた。大量のビームが、各個に動き始めていたイースキー軍の宇宙艦に、襲い掛かる。


 戦場ではよく、“敵を引き付けてから撃て”という指示が飛ぶが、今回のキノッサはそれとは真逆の命令を出した。それは彼等がいる宇宙ステーションが、補給基地であって宇宙要塞ではない事、そして防衛戦力の大半が、武装貨物船であるという事に根差しているからだ。

 防御力的に劣る自分達には、先制攻撃で敵の動きを鈍らせる事の方を、優先すべきであり、なおかつ増援部隊のカーナル・サンザー=フォレスタ率いる、ウォーダ軍第6艦隊の到着までの時間を稼ぐためには、やはり敵に先手を取られたくないという、キノッサの判断だった。


 キノッサ側の先制攻撃に、イースキー艦隊に幾つもの閃光が煌めく。目立った戦果は無いが、牽制目的の攻撃にそれは仕方がない話だ。むしろこの攻撃を煩わしく感じて、敵の動きが鈍った事を良しとすべきであった。


「よし。次はどうする?」


 指示を求めるハートスティンガーに、キノッサは頭をフル回転させて告げる。


「敵の動きをよく見るッス。一点への集中砲火を阻止するッス!」

 

 宇宙要塞攻略において各艦の間隔を広く開け、強力な要塞砲の集中砲火を避ける一方、各艦は逆に要塞の一点へ集中砲火を掛けて、要塞の防御機能へ穴を開け、そこから防御力を奪って行くのが、要塞攻略の定石である。キノッサはその敵艦の集中攻撃を妨害するため、広範囲への砲撃を命じたのだ。状況を見たキノッサの的確な命令であって、これもBSIパイロットの道を諦め、戦略・戦術学習に時間を回したおかげかも知れない。


 “キノッサの一夜城”と、その周りを固める武装貨物船からの激しい砲撃に、照準もままならなずに撃ち放つイースキー側の砲撃は、どうしても集中攻撃の照準も甘くなる。“一夜城”とは名ばかりで、実態はただの整備・補給基地であるから、正規の宇宙要塞ほどの出力はない防御シールドでは、集中攻撃に耐えられない。そのためにも、敵火力の分散は必須だった。


「ええい。何をやっている!!」


 先手を取られたセレザレスは、忌々しそうに司令官席の肘掛けを拳で叩く。


「BSI部隊を出すか?」と問い掛けるバムル。


「いや。それはまだ早い。混戦になったら、なおさら砲撃に集中を欠く」


 バムルの意見を制したラムセアルは、代案として戦艦部隊を押し出し、その火力で“一夜城”の防御システムに穴を開ける事を進言した。セレザレスも他に思いつく事は無いらしく、この進言を容れて、三艦隊の戦艦を前進させる。


 ところがこれは、キノッサの読み通りであった。


 戦艦部隊が出て来たところで、それまで使用を控えていた基地の対艦誘導弾と、ダイナンの三隻の重巡航艦の宇宙魚雷の、一斉攻撃を命じる。二百発を軽く超える誘導弾が放たれ、イースキー家の戦艦部隊へ襲い掛かった。前衛の駆逐艦や巡航艦の集中砲火の動きを鈍らせれば、戦艦の火力を頼りに前面へ押し出して来ると、キノッサは考えていたのである。


 これには拿捕した駆逐艦の、艦長から得た情報も下地となっていた。イースキー側の三人の司令官の名を聞いたキノッサは、無名の武将である事から、数カ月にウモルヴェ星系でノヴァルナに苦も無く撃破された、未熟な武将と同類に違いないと判断し、それならば意表を突くような戦術は、使って来ないだろうと思ったのだ。


 戦艦は合わせて三十隻いるが、護衛艦もないまま前進してしまったため、二百発を超える誘導弾を、迎撃しきれるものではない。特に誘導弾に紛れた、ダイナンの三隻の重巡航艦からの宇宙魚雷は、自律機能を持っているため、各戦艦の最終迎撃手段のCIWSまで回避して悉く命中した。

 

 宇宙魚雷などの誘導式実体弾の強みは、エネルギーシールドの貫通能力を有するところである。迎撃砲火を掻い潜った誘導弾と宇宙魚雷が、十八隻の敵戦艦の外殻に複数本ずつ直接突き刺さって、反陽子弾頭を起爆させた。猛烈な爆発が起こり、宇宙戦艦の巨体が震える。


 誘導弾と魚雷を喰らった戦艦の中には、バムル=エンシェンが座乗する、第13艦隊旗艦も含まれていた。しかも宇宙魚雷の一本は、艦橋付近に命中。その爆発が起こした激しい衝撃で、バムル以下、艦橋にいた司令部スタッフの全員が、床に強く叩き付けられた。これにより大半の者が昏倒し、イースキー軍第13艦隊は一時的に指揮系統が大きく混乱する。これを傍受したティヌート=ダイナンが、キノッサのもとへ連絡を入れた。


「司令官殿。敵の交信が乱雑になっている。敵部隊の一部で、指揮系統が乱れているようだ」


 この報告を好機と見たキノッサは、ビーム砲による敵の巡航艦と駆逐艦への、牽制を続けさせながら、誘導弾の第二次一斉発射を命じる。


「狙いは動きが鈍った艦隊の戦艦を中心に、撃つッス!」


 そこへハートスティンガーの忠告が入った。


「分かってると思うが、一斉発射出来るのはあと一回分だ。いいな?」


「分かってるッス! だからこその二回連続ッス!」


 強く頷くキノッサを見て、ハートスティンガーも頷き返すと、一斉発射の命令を出す。“だからこその二回連続”というキノッサの台詞に、何か意味があるのだと感じたからだ。すぐさま放たれる対艦誘導弾と宇宙魚雷。だがイースキー軍も、手をこまねいていたりはしない。第9艦隊と第11艦隊の無傷な戦艦が、主砲射撃を行って来た。敵戦艦の主砲ビームがエネルギーシールドを打ち、強力な閃光が中央指令室のキノッサ達の視覚を眩ませる。

 そしてほぼ同時に、第二次として一斉発射した誘導弾と魚雷が敵戦艦群に到達。新たに五隻の戦艦に命中。すでに第一次攻撃で被弾していた戦艦五隻にも命中し、被害を拡大させた。


 するとその直後、第9艦隊と第11艦隊の戦艦は、指揮系統の乱れた第13艦隊の戦艦も、一緒に引き連れるようにして後退を始める。


「む?…どういう事だ。奴等にとってここは、力押しの局面じゃないのか?」


 ハートスティンガーの言葉通り、多少の損害を受けても、ここは戦艦の体力と砲撃力をアテにして、力押しを続けていい局面だ。それを後退するとは少々理解し難い話だった。それを聞いてキノッサは、苦笑い交じりに告げた。


「どうやら、上手くいったみたいッスね」





▶#26につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る