#02

 

 モルタナの言葉でハートスティンガー達の船団は停船した。接近して来た『クーギス党』の三隻の船は、高速輸送艦『ラブリー・ドーター』と、ウォーダ軍の『エムグラン』型旧式軽巡航艦が二隻である。『ラブリー・ドーター』は二隻の軽巡を残して進み、『ブラックフラグ』号の横へ並んで接舷する。


 カズージとホーリオを連れ、キノッサはエアロックでモルタナを出迎えた。四人の幹部を従えて、黒いショートヘアを揺らしながら、颯爽と乗り込んで来たモルタナは、デニムのショートパンツに丈の短い上衣のへそ出しスタイルと、小麦色の肌の露出が相変わらず多い。

 グラマラスなわがままボディを前に置かれ、眼のやり場を困らせているキノッサへ、モルタナはわざとらしく礼を正して申告した。


「乗船を許可願います」


「じょ…じょじょッ、乗船を許可しますです」


 口ごもりながら応じるキノッサに、モルタナは前屈みになり、上衣の胸元から覗く豊かな胸の谷間を強調させると、一転してからかい口調で言い放つ。


「ノヴァルナから聞いたよ。今度の作戦、あんたが大将なんだってねぇ。ずいぶんと出世したじゃないか」


「勘弁してくださいよぉ~」


 赤面して頭を掻くキノッサだったが、モルタナは場合が場合だけに、変に話を伸ばさずすぐに本題に移る。


「ともかく、ブリッジに案内頼むよ。話はそこですっからさ」


「わ、わかりましたッス」


 あっさりモルタナに主導権を奪われ、さしものキノッサもタジタジになって、エアロックの出口へ『クーギス党』の一行を促した。




 モルタナが『ブラックフラグ』号のブリッジに入ると、待ち受けていたハートスティンガーと部下達も一様に、まず彼女の大胆な肌の露出に眼を奪われた。全員が無言でありながら、内心で“おお…”と声を出しているのが聞こえるようであり、キノッサは気まずそうに苦笑いを浮かべる。これだけ挑発的でありながら、モルタナ自身は男性より女性が好みであって、ここにいる誰かがお近づきになろうとしても、手厳しく突っぱねられるだけの“罰ゲーム”だと知っているからだ。


 モルタナはハートスティンガーの前まで来ると、自分の腰に手を当て、凛とした口調で挨拶の言葉を口にした。


「あたいはモルタナ=クーギス。あんたがハートスティンガーかい。あたいらとは縄張りが違うから関りはないけど、噂は聞いたことあるよ」


「そ…そうかい。よろしくな」


 キノッサ同様に赤面し、眼のやり場に困りながら軽く頷いたハートスティンガーに、傍らのP1‐0号が口を出す。


「親分。そういう反応をおかみさんに知られると、怒られますよ」


「うるせぇ!」


 

 そこから話は遡って一週間前―――


 キノッサ達がハートスティンガーの根城である、惑星ラヴランへ向け出発した直後、それと入れ替わるように惑星ラゴンをモルタナが訪れた。ノヴァルナから旧式となった軽巡航艦二隻を供与され、その引き取りにやって来たのだ。


 軽巡供与の礼と、中立宙域・皇都宙域周辺の現状報告に、二人の幹部を伴ってキオ・スー城を訪れたモルタナを、ノヴァルナは夕食でもてなしていた。ノヴァルナの方の同席者はランとササーラ。妻のノアはウォーダ家が災害派遣を行っている、ミノネリラ宙域の惑星カーティムルへ赴いていて不在である。


「FT‐44215星系だって?」


 モルタナは手にしていたナイフとフォークの動きを止め、訝しげな表情で対面にいるノヴァルナに訊き返した。


「ああ。ちょっとしたヤボ用があってな。キノッサを向かわせてる」


「まさかヤボ用って、あそこの十一番惑星にある、宇宙基地じゃないだろね!?」


 FT‐44215星系はオ・ワーリ宙域内の恒星系だが、『クーギス党』が活動している中立宙域にも近いため、モルタナなら自分達の知らない情報も持っているのではないかと、ノヴァルナは考えたのだ。ただこれを聞いたモルタナの、戸惑う反応はノヴァルナも想定外だった。


「その通りだが…なんかあんのか?」


「あそこは今、ヤバいってんで、誰も寄り付きゃしないんだよ!」


「なに!?」


 モルタナの話ではFT‐44215星系に、放置されたままの旧サイドゥ家の宇宙ステーションがある事は、その周辺の宇宙海賊や略奪集団の間では周知の話だったらしい。それが四年ほど前、ある略奪集団がこの無人のままの基地を勝手に、アジトに使用するようになった。


 ところがそれから一年も経たないうちに、この略奪集団とは連絡がつかなくなったのである。そして数ヵ月後、彼等と取引のある宇宙海賊の船団が、付近に来たついでに様子を見に行ってみると、連絡が取れなくなっていたはずの、略奪集団の人間達に襲撃され、生き残った一隻の海賊船だけが逃走に成功した。命からがら逃げて来た海賊の生き残りが言うには、宇宙ステーションにいた略奪集団の人間達は全員、何かの生き物に寄生されていたというのだ。


「―――だから今、あの宇宙ステーションには、誰も寄り付かないって話さ」


「マジか!?」


 思いもよらぬ話に、ノヴァルナも半信半疑な顔をせずにはいられない。しかしモルタナの表情を見ると、からかっているような気配はない。


「マジさ。あたいもまた聞きにはなるけど、話しの出処は信用できるよ」

 

 寄生生物の真偽はともかく、キノッサが目指す宇宙ステーションに、重大な懸念がある事は分かったノヴァルナだったが、極秘裏に進めている大規模作戦であるために、迂闊にキノッサに対して恒星間通信の使用は出来ない。そこでモルタナが、座乗艦『ラブリー・ドーター』の高速を活かし、FT‐44215星系までキノッサ達を追いかけて来たのである。


 司令船『ブラックフラグ』号のブリッジで、キノッサ達にこの事を告げ終えたモルタナは、ハートスティンガーに頭を下げた。


「ブリッジに案内される途中、キノッサから聞いたよ。もう先行させた船が二隻、音信不通になってるんだって?…あたいらがも少し早く、あんた達を見つけてりゃ止められたんだが。済まない事をしちまったね」


 これを聞いて、ハートスティンガーは感じ入ったようであった。


「とんでもねぇ、よく知らせてくだすった。ねえさんはいい人だな」


 するとすかさずモルタナは、明るく言い放つ。


「そこは“いい人”じゃなくて、“いいオンナ”って言っとくもんさ」


 軽く笑いを誘っておいて、真顔に戻ったモルタナは今後の事を口にする。


「で?…これからどうするって話だよ。時間は無いんだろ?」


 途端に思案顔になるキノッサ達。


「ここまで来て…諦める事なんて、出来ないッス」


 キノッサは沈痛な面持ちで告げた。作戦はもう動き出しているのだ。失敗すれば命はない…そう覚悟して主君ノヴァルナを説得し、惑星ラゴンを飛び出して来たのである。さらにハートスティンガーも言う。


「俺も、仲間がどうなったか、確かめなきゃならねぇ」


 これを聞いたモルタナは、小さなため息をついて頷いた。自分も同じ立場であったなら、同じように反応するだろうという眼をしている。


「ま、そらそうだろうさ。仕方ないねぇ、あたいも力を貸すよ」


「モルタナのあねさん…」


 感謝の眼を向けるるキノッサ。ただモルタナは、冗談を交える余裕も忘れない。キノッサの鼻先を、ビシリ!…と指さして告げる。


「いいかい、コイツは貸しにしとくからね。帰ったら“ノヴァルナじゃなくてランちゃん”に、あたいに凄ぉーーーく世話になったって言っとくんだよ。いいね!」


「うう…わ、わかりましたッス」


 引き攣り笑いで二度三度キノッサが頷くと、周りをすっかり自分のペースに巻き込んだモルタナは、「じゃ、どうすっか考えるよ!」と、自分が大将とばかりに言い放った。





▶#03につづく

 

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