#18

 

 ラヴランの大地を染めた夕陽も地平線の彼方に沈み切り、夜の闇が幕を下ろす。キノッサたちに代わって夜風を浴びに出て来たのは、マスクート・コロック=ハートスティンガーであった。

 彼等が本拠地としている、メインの産出プラントがあるこの地方では、今の時期の夜空には大小四つの月が浮かぶ。そのうちの二つは変形した小惑星であり、見た目からは横倒しになったヒョウタンと、翼を広げた鳥のようだ。


 その翼を広げた鳥のような月を見詰め、ハートスティンガーは腕を組んでいる。太く黒い髭をたっぷりと生やした顔が思案の表情であるのは、昼間のキノッサの申し入れをどうするか、考え込んでいるからだ。そこへ背後から声がかかる。


「考えはまとまったのかい?」


 それは妻のタウシャーナだった。


「マルセラは?」


「寝たよ」


 「そうか」と応じたハートスティンガーが再び夜空を見上げる。タウシャーナは歩み寄って、夫の隣に寄り添った。


「まさかキノッサが本当に、星大名家に仕えるようになったとはねぇ」


 しみじみと言うタウシャーナの言葉に、ハートスティンガーは苦笑いを浮かべて応じる。


「ああ。ヤツの部屋を残しといたのが、無駄になっちまった」


 ハートスティンガー夫妻は、夢を追って出て行ったキノッサが、その夢を果たせず帰って来た時のために、それまで暮らしていた部屋を残してやっていたのだ。


「それが、逃げて帰って来るどころか、あんたの仕官話を持って来るとは、まったく…世の中ってのは何が起きるか、わからないもんだねぇ」


「ふ…」


 小さく笑ったハートスティンガーだが、すぐに難しい顔に戻る。二人並んで無言で月を眺め、しばらくするとタウシャーナが口を開いた。


「何事も肝心なのは、タイミングだよ」


 ぽつりと言うタウシャーナ。ハートスティンガーはさらに無言で月を眺めると、やがて硬い口調で妻に問い掛ける。


「みんな…ついて来てくれると思うか?」


 それは無論、キノッサが持ち込んだ話に、乗るかどうかの判断であった。事は自分と家族だけの問題ではなく、ハートスティンガー家に従って来た家臣とその家族に加え、他星系から流れて来た難民達の運命をも左右する事になる。


「おまえさんは、どうしたいんだい?」


「俺は…キノッサの奴が言う通り、ノヴァルナ様の目的が陛下の御為おんためであるならば、力を貸したいと思う」


 そんな夫の背中に軽く手を当て、タウシャーナは静かに告げた。


「…なら、みんなもそうするさ。思う通りにやんなよ」





 翌日昼頃、ハートスティンガーはキノッサ一行と組織の主だった者を、採掘プラントの大会議室に集め、彼等の前で大きく宣告した。


「俺達ハートスティンガーの一党は、このキノッサの申し入れを受け、本日これよりウォーダ家のノヴァルナ公にお味方する」


 その言葉にざわめく一同。ハートスティンガーの傍らに立つキノッサは、朝のうちに予め返答を聞いてはいたものの、緊張を隠せずに背筋を伸ばす。ハートスティンガーは“続きを聞け”と、皆に対し右手を軽く掲げた。


「今からおよそ四年前、ノヴァルナ公が上洛された際、公は星帥皇テルーザ陛下とご友誼を結ばれ、その信頼のもとに上洛軍編制のご認可を頂かれた。その目的は、銀河皇国に星帥皇室を中心とした秩序を取り戻し、人心に安寧をもたらす事。これはかつての『オーニン・ノーラ戦役』において、我がハートスティンガー家が奸臣ホルソミカ家を打倒せんと、兵を起こしたる理由と同じである」


 非合法組織の長と言っても、ハートスティンガーの出自は星帥皇室直臣であり、その血脈は消え去ってはいない。一度決心すると、それを宣する声に淀みは無かった。またそれを聞く家臣達も同様で、身なりこそ豊かとはいえないが、自分達の首領の言葉を聴く内に、武人の眼になっていく…


「いま起たねば、いつ起つのか! 百年に及ぶ雌伏の時は終わったのだ。我等はこの時のために志を失わず、独立独歩の道を進み続けて来たのである。俺は行く。我もと思いたる者はついて来い!」


 ハートスティンガーが力強く言い終えると、「おう」と一斉に声が上がる。ただ全員という訳にはいかない。他家に仕えていた者や難民達の代表者などの中には、戸惑いを隠せない人間も複数見受けられる。しかしそれは当然ともいえる反応だ。


 賛同出来ない者にはあとで話をつけるとして、ハートスティンガーは傍らに立つキノッサの背中を、バン!…と豪快にどやしつけた。そしてその勢いにつんのめるキノッサに、大声で言い放つ。


「…てことで、おまえに手を貸してやる! 何をどうするか話せ!」


 体勢を立て直したキノッサはまず、ハートスティンガーに向けて頭を下げ、大声で「ありがとうございますです!!!!」と礼を言い、それから講堂に集まる全員に向けて再び頭を下げ、「ありがとうございます。宜しくお願い致します!!!!」と礼を言った。ここで暮らしていた時も人気者だったのか、そんなキノッサの姿に穏やかな眼を向ける人間の数も多いようだ。


 顔を上げたキノッサは「それでは…」と、真顔になって作戦概要を話し始めた。





▶#19につづく

 

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