#08
陸戦隊指揮官からの状況中止の命令は、各隊員のヘルメットと一体化したヘッドセットから伝えられた。『ホロウシュ』の詰所に向かった別動隊も、その場で命令を受け、逆に『ホロウシュ』によって武装を全て剥ぎ取られている。
カルツェ達の後方にも四人の陸戦隊員が護衛に付いていたが、彼等にも密かにその命令通信は届いており、実際は後をついて来ているだけで、すでに何かあってもカルツェ達の味方はしなくなっていた。
そんな状況の変化に気付かず、カルツェ達は城の主通路を、エレベーターホールの入口前までやって来る。するとそこにノヴァルナの家臣の一人、ツェルオーキー=イクェルダが控えており、カルツェに恭しく頭を下げてから告げた。
「ここより先は、カルツェ様とクラード殿のみお進みを。お付きの方々は向こうの会議場でご待機ください」
確かにノヴァルナの私室区画へ大人数で、それも死体の確認のために赴くのは、礼を失する行為だ。カルツェが目配せで合図すると、支持派の家臣達は一様に頷いて、イクェルダの案内に従って行く。
エレベーターホールに入ると、ノヴァルナの私室区画との直通エレベーターに向かう。だがエレベーターは上で止まった状態だ。「失礼」と言ってナルガヒルデが進み出、ボタンを押して下ろす。
“しかし、これほど容易いものだったとはな…”
エレベーターを待つ短い時間の間、クラードはこの男なりの感慨に耽った。様々な手段を用い、宇宙艦隊による実力行使まで行っても叶わなかった簒奪が、数滴の毒薬で成功したのであるから、皮肉なものだと考えていたのである。
しかもクラードの野心はとどまらない。最終的な目標は星大名としてウォーダ家に成り代わる事だ。しばらくはカルツェに忠義を尽くして、さらなる信用を得る事に専念し、その一方で権力基盤を充実させていくのが良策だろう。
「ノア姫のご様子は…?」
そうシウテに尋ねるカルツェの声。クラードはその言葉に閃く。
“そうだ…ノア姫とその弟達。イースキー家へくれてやるか。あそこの変態息子はいまだにノア姫にご執心のようだし、ギルターツ様もドゥ・ザン殿の実子は、目障りだろうからな。友好関係を進める良いきっかけになるだろう…”
自分の思い付きに薄笑いを浮かべるクラード。するとその時、エレベーターが到着してドアが開く。中に誰か乗っている。『ホロウシュ』のナンバースリーを務めるヨヴェ=カージェスだ。なぜエレベーターに乗っている?…という表情をするカルツェとクラードへ、カージェスは右手に握っていたハンドブラスターの銃口を向けた。
野心の終焉とは、往々にしてあっけない―――
「上意である」
短い言葉と共にトリガーを絞る、カージェスの銃口から放たれた熱線の矢は、クラードの額に穴を開け、そのまま脳を焼き貫いた。
エレベーターの中にいたヨヴェ=カージェスに、意外そうな顔をしていたクラード=トゥズークは、その表情のまま床に崩れ落ち、意識は野心と共に、額の穴から立ち上る煙と消える。動かなくなった側近の姿を、茫然と見下ろすカルツェ。
一瞬で全てを理解したカルツェは、傍らにいるシウテ・サッド=リンに顔を向けて、「シウテ」と呼び掛けた。だが以前はカルツェ支持派の、リーダー格の一人であったこのベアルダ星人は、熊のような頭を前に向けたまま無言を続ける。
「そうか…」
小さく呟いたカルツェはカージェスに向き直って、真っ直ぐに見据えた。ノヴァルナに絶対の忠誠を尽くす『ホロウシュ』である。銃を向けるカージェスの表情に躊躇いは無い。そしてその口が、時間の到来を告げた………
「お覚悟を―――」
天守のテラスから視界一杯に広がるキオ・スー市の夜景。ただ夜中も過ぎると、惑星ラゴン最大の都市も、夜の明かりの数に幾分かの淋しさが混じる。
ピウと唸る夜風の向こうから、「風邪ひくわよ」というノアの声が聞こえるが、ノヴァルナの顔は夜景に向いたままだ。
「俺はたぶん…一生後悔し続けるんだろうな」
手摺に肘を置き、屈めた上体を支えるノヴァルナが、隣にやって来たノアに、静かに告げる。ノアは「そうね…」と応じて、手にしていた軍装の上着を、ノヴァルナの背中に掛けてやった。
「だけど、自分で決めた事だからな…」
「うん」
ノアはそれ以上何も言わず、ノヴァルナに寄り添う。こういう時に、自分の夫が求めているのは慰めの言葉ではなく、一緒にいる事で示す、夫の意志に対する同意だからだ。そこにはもちろんノア自身にも、ノヴァルナを一人にしておけないという気持ちがある。
するとその時、ノアがノヴァルナに掛けてやった上着のポケットで、通信機が呼び出し音を鳴らした。ノアがそれを取り出して、ノヴァルナの耳元へ持っていく。
「俺だ」
応答するノヴァルナに報告し始めるのは、『ホロウシュ』のササーラである。
「スェルモル城陸戦隊指揮官から得た情報通り、キオ・スー港の倉庫でキノッサを発見致しました」
ノアと顔を見合わせて、ノヴァルナはササーラに問い質す。
「奴は無事なのか?」
「はっ。肋骨を何本か折られて打撲傷も多いですが、命に別状はありません」
「わかった…」
微かに安堵の息を漏らしたノヴァルナだったが、その表情は暗いままであった………
▶#09につづく
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