#09
戦力差で自分達イル・ワークラン艦隊の方が有利。それは流石にカダールも理解している。力押しで潰すのも間違ってはいない。だがそれは参謀長の判断では、今ではなかった。いや、戦術的にも今の局面で使うべき手ではなかった。しかし自分の判断に自信を持つカダールは、聞く耳を持たない。
「そうだ。BSI部隊でノヴァルナの旗艦を集中攻撃させろ。そうすれば敵は怯むはずだ。その隙に敵の陣形を突き崩すのだ!」
これぞまさに名案、という表情で命じるカダールは、それに対しても何か言おうとする参謀長に、先回りして告げた。
「反論は許さん。勝手に命令を出そうとした、さっきの事も大目に見てやる。だが貴様にも家族はいるのだろう?…次は無いぞ」
「わ…わかりました」
従うより選択肢の無い参謀長は、表情を硬くしてうなだれるように頷く。
「よし。だったらBSI部隊に命令を出せ」
そう言いながら自らはBSHO『セイランCV』で戦場に出て、陣頭指揮を執るつもりはないらしいカダールは、座乗艦の『キョクコウ』ですら、周囲を直掩艦に囲ませて後方にいる。その辺りに、カダールの心の奥底が知れるというものだ。
一方のノヴァルナの『ヒテン』も、今は比較的後方にいる。ただしこちらには戦術的意味があった。陣形が直卒の第1艦隊の後ろに、空母打撃部隊の第6艦隊を置いているのがその理由だ。行動範囲が限定される『ウキノー星雲』内で、BSI部隊を集中運用し易く考えているのである。
そして後方からノヴァルナの乗る『ヒテン』へ、集中攻撃を仕掛けようと接近して来たイル・ワークラン艦隊のBSI部隊は、まさに“飛んで火にいる夏の虫”であった。センサーで敵BSI部隊の接近を知った第6艦隊は、三十隻もいる正規空母と軽空母から、待機中であった全艦載機を即座に発進させた。旗艦『ザナン』からはBSI部隊総監で第6艦隊司令の、カーナル・サンザー=フォレスタも専用機のBSHO『レイメイFS』で飛び出す。
コース上に
「なんて数だ!!」
たちまちBSHO、親衛隊仕様BSI、量産型BSI、簡易型ASGUL、そして一般攻撃艇が入り乱れての、大規模な空中戦が発生する。『ホロウシュ』のランの父親サンザーは、専用BSHO『レイメイFS』が手にする、十文字の穂先の大型ポジトロンランスを大きく一振りして、全周波数帯通信で敵に告げた。
「
第1艦隊からもBSI部隊を発進させたノヴァルナだが、自身はまだ『センクウNX』に乗っての出撃はしない。これもその理由はカダールとは同じではない。
両軍の艦隊戦力はイル・ワークラン艦隊の方が多い。しかし宇宙空母の数の優位から、BSI戦はサンザーに指揮を任せておけば問題ない。ただその分、戦艦や重巡航艦など、砲戦能力の高い大型艦の数は不利である。それもあって今のノヴァルナは、艦隊戦の指揮に専念していたかったのだ。今のところ、作戦は目論み通りに進んではいるが、各基幹艦隊の司令官に対して、主君として油断は見せられない。
「前衛三個艦隊は、砲撃しつつ前進。全宙雷戦隊は俺のタイミングで、いつでも突撃できるように準備しろ」
戦術状況ホログラムを眺めながらノヴァルナは命じる。前衛を組む三個艦隊。
第2艦隊の司令官ルヴィーロ・オスミ=ウォーダは、ノヴァルナの父ヒディラスのクローン猶子で義兄の立場になる。冷静沈着、防御戦が得意な手堅い武将。
第4艦隊の司令官ウォルフベルト=ウォーダは、元はウォーダの一族ではなかったが、祖父の代に大きな功績を上げ、ナグヤ=ウォーダ一門に加えられた経緯があり、積極攻勢が得意な武将。
そして第5艦隊の司令官シウテ・サッド=リンは、キオ・スー=ウォーダ家の筆頭家老。内政が得意で決して戦上手とは言えないが、命じた事は命じた通りにできる武将。
この三人を前衛に置いたのは、ノヴァルナの采配の妙であった。艦列が乱れたまま砲雷撃戦を挑んで来るイル・ワークラン艦隊を、第2艦隊が足止めし、第4艦隊が火力で圧倒し、第5艦隊が第2、第4両艦隊のバックアップを行って、戦果を拡大してゆく。
イル・ワークラン艦隊がルヴィーロ艦隊の“壁”に阻まれているところに、ウォルフベルトの命令が飛ぶ。
「前方右斜め、暗黒物質との境界。敵艦隊に出来た裂け目に集中砲火!」
ウォルフベルトが指示したその位置は、ノヴァルナ艦隊を攻めあぐねている敵艦隊が、反転重力子帯を含む暗黒物質を回避するため、二つに割れたようになった箇所であった。暗黒物質の両側に敵艦がひしめく形になって、動きが停滞している。そこに目掛けて、ウォルフベルトの第4艦隊の全艦が一斉に砲撃を行う。大量の閃光が連続発生し、幾つもの敵艦が爆発する光景が出現した。
するとこれを、戦況全体に通じる機会と見たノヴァルナが、今がその時と全軍規模の命令を出す。
「今だ、宙雷戦隊突撃。敵の各旗艦を狙え!!」
▶#10につづく
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