#14

 

 ヴォクスデンの言葉で汎用ロボットは、降下して来る宇宙船と通信映像回線を、ホログラムスクリーンの一つに接続した。イタチかマングースのような顔をした、異星人の顔が大きく映し出される。エテューゼ宙域辺りでよく見かける、ゼバルガン星人だ。その顔を見たヴォクスデンが面倒臭げに名を呼ぶ。顔見知りらしい。


「ガーヒュか」


 ガーヒュと呼ばれたゼバルガン星人は、ギザギザの歯が細かく並んだ口を開き、挑戦的な口調で言い放つ。


「出たなヴォクスデン! 今日こそ決着をつけてやる!」


 それを傍で見ていたノヴァルナは、“出たなってなんだよ…”と内心でツッコミを入れた。しかし決着とは?


「今日は大事な客人が訪れている。日を改めてはもらえまいか?」


 ヴォクスデンが拒否するが、ガーヒュは納得するはずも無かった。


「そうは行くか! おまえを倒して武名は頂きだ!!」


 ガーヒュの言葉にノヴァルナは、なるほど…と思う。伝説のBSIパイロットの名をほしいままにするヴォクスデン=トゥ・カラーバを倒せば、その名は天下に鳴り響くはずだからだ。

 しかしノヴァルナが通信画面で見る限りでは、このガーヒュという異星人の態度から、パイロットとしてそれほどの技量を感じさせない。もっとも性格と技量が別物である事は、『ヴァンドルデン・フォース』にいたエースパイロットのベグン=ドフを見ての通りだが。


「もし拒むってんなら、前にも言ったように、近くの町を火の海にする!」


 それは明らかな脅迫だった。“前にも言った”とは、これが一度目ではないという事だろう。ヴォクスデンはため息まじりに「分かった―――」と応じ、言葉を続けた。


「だがここに来られては困る。そちらの望みの場所に参ろう」


 これを聞いたガーヒュは、歯を剥き出しにした禍々しい笑顔で、対決場所を指定する。


「そこから東に二十キロほどのところに、開けた場所がある。そこへ来い!」


「ノルガ大湿原か…よかろう」


 ヴォクスデンが対決場所を口にすると、ガーヒュは「待っているぞ!」と強い口調で告げて通信を終えた。映像通信画面が元の、宇宙船の降下コースを示すホログラムへ戻る。


「カラーバ殿」


 声を掛けるノヴァルナに、ヴォクスデンは苦笑いで振り向いた。


「申し訳ありませんなノヴァルナ様。ああいう手合いには困らされておりまして、先日居場所を知られ、一度は追い返したのですが…」


 そこに汎用ロボットが新たな反応を報告する。


「さらなる降下宇宙船の反応あり。三隻が最初の一隻に追随するコースを取りながら、降下して来ます」


「ほう…今度は応援付き、というわけか」


 そう呟いてヴォクスデンは、汎用ロボットに命じた。


「私の機体を用意してくれ。すぐに出る」




 イタチのような頭をしたガーヒュというゼバルガン星人に、対決場所として指定されたノルガ大湿原は、ヴォクスデンの隠棲地から東に約二十キロの位置ほど進んだ、一辺が四キロほどの、菱型に近い形をしている広大な湿原だった。全域が水と水草に覆われているが、所々で水深のある湖沼部となっており、その一方で地表から、石灰質の尖った岩が何本も突き出しているのが印象的である。


 午前中の晴天が嘘のように、鉛色の雲が空を満たし始めた頃、ヴォクスデンの操縦する『ミツルギCC』がノルガ大湿原に到着した。反転重力子ホバリングを切って着地…というより着水すると、人型の機体は足首の上あたりまで水没する。


 ササーラとランを従えたノヴァルナは、大湿原の入り口付近の僅かな陸地にバイクを止め、対決の始まりを待った。すると雲の中から相手の宇宙船が姿を現す。大型貨物船が四隻だ。いずれもノヴァルナの専用艦、『クォルガルード』ほどの大きさがある。


 チッ!…と舌打ちするノヴァルナ。貨物船の大きさが予想以上だったからだ。搭載している数は一機や二機ではないはずで、やはり『クォルガルード』を呼ぶべきか、とも思う。そして案の定、上空で停止した貨物宇宙船の舷側がスライドして開くと、BSIユニットが続々と降下し始める。いずれも陸戦仕様の量産型『ミツルギ』だが、ヴォクスデンの古い機体ではなく、すべて現行バージョンの機体だ。全部で32機もいる。

 そして最後に降下して来たのはBSHOであった。足太の下半身に比べ、上半身は細身。腕の形状も右と左で全く違い、異様に大きなQブレードを腰部背後に、横向きに装備している、不格好なBSHOだった。


 相手はヴォクスデンの機体を半包囲する形で勢揃いする。通信用のヘッドセットを装着したノヴァルナの耳に、BSHOからヴォクスデンへの通話が中継された。やはりBSHOに乗っているのがガーヒュである。


「ヴォクスデン! これで終わりだぜ!」


「ガーヒュ。おぬし、そのBSHOはどうした? おぬしはBSHOの適性は、不可だったのではないか?」


 ヴォクスデンの問いに、ガーヒュは「ヒャハハハ!」と、けたたましい笑い声を上げて応じた。


「コイツか!? コイツは『ジャゴーGE』! 俺様の専用機さ!!」


 イキがるガーヒュを無視し、ヴォクスデンは『ジャゴーGE』と名付けられた、そのBSHOの品定めをする。


「ふぅむ…廃棄された様々なBSHOのパーツと、量産型BSIの親衛隊仕様機のパーツのハイブリッドか。まがいものもいいところであるな」


「うるせぇ! これでもサイバーリンク機能はBSHO並みだ。コイツ一機でも、てめぇには充分だぜ!」


 その言葉を聞いて、ヴォクスデンは顔をしかめた。


「まがいものの機体に、まがいものの深々度サイバーリンクシステムか…私に勝てても、それに乗っておる限りはおぬし、いずれ死ぬぞ」


 ヴォクスデンが口にした“死ぬぞ”というのは、何かの比喩ではない。“まがいものの深々度サイバーリンクシステム”とは、適性の無いパイロットでもBSHOの操縦を可能にする、BSSS(Biotechnological Synchronized Support System)の事だ。


 常人に強制的にBSHOの操縦適性を与えるこのシステムは違法であり、長時間使用すると脳細胞が死滅していく危険性を伴っている。およそ二年前には、当時のイマーガラ家宰相であったセッサーラ=タンゲンが、病死を目前に、イマーガラ家にとって将来的な仇敵となるであろうノヴァルナを抹殺するため、同様のシステムを搭載したBSHO『カクリヨTS』で出撃。自分の命もろとも、ノヴァルナとの相討ちを狙った事件もあった。


 しかしそんなヴォクスデンの警告も、ガーヒュが聞き入れるはずは無い。


「ヒャハハハ! てめぇさえ倒せばもう乗らねぇさ! 有名になりゃあ、仕事なんざ選び放題だからなぁ!! それに今回は俺様の仲間がてめぇを袋叩きにする。俺様はとどめを刺すだけって寸法だ!」


「それで今度は、味方を連れて来たのか?」


「おおよ。みんな俺様の手下。一門というわけさ」


 通信を傍受しているノヴァルナは、ガーヒュという異星人が連れている仲間というのが、おそらく傭兵だろうと判断した。この辺りで活動しているのなら、もしかすると『アクレイド傭兵団』かも知れない。とその時、鉛色の空から雨が降り始めて、瞬く間に雨脚を早くしていった。湿原に無数の波紋が広がってゆく。ガーヒュは痺れを切らせたように、一気に声量を上げた。


「お喋りは終わりだ。そろそろ始めようぜ!!」





▶#15につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る