#11

 

 ノヴァルナが急遽キヨウを離れ、専用艦『クォルガルード』で向かったキヨウ・ノーザ星系は、ヤヴァルト星系から天頂方向へおよそ五十六光年離れた、皇都から最も近く最も古い植民星系であった。惑星キヨウの北極方向に位置している事から“キヨウ・ノーザ”―――キヨウの北、と名付けられている。


 ただ最も古い植民星系である分、開発計画にも稚拙な部分があり、キヨウが銀河皇国の中心として版図を広げるにつれ、キヨウ・ノーザの重要性は薄れていった。人類初の植民星系という名だけが残り、より遠くへ、遠くへと彼方を目指す皇国の発展に、取り残されていったのである。


 そんなキヨウ・ノーザ星系にノヴァルナが急ぐ理由は、カーズマルス=タ・キーガーとの会見にあった。


 ノヴァルナはカーズマルスとの会見の場で、星帥皇テルーザとBSHOで模擬戦を行って、雑作もなく敗北した事。そして貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナから、テルーザが伝説レベルの名BSIパイロット、ヴォクスデン=トゥ・カラーバのもとで腕を磨いた事。さらにゲイラに問い掛けられ、自分はパイロットである前に星大名であると告げると、その想いをテルーザへの拝謁の際に伝えるがいいと、謎めいたアドバイスを与えられた事を告げた。


 するとカーズマルスは、思いがけない言葉を口にしたのである。


「なるほど。ヴォクスデン=トゥ・カラーバ殿…かの御仁ごじんでしたら確か、この近くのキヨウ・ノーザ星系におられますな」


「なに!? キヨウ・ノーザ星系だと?」


「はい。第三惑星パルズグの農園にて、隠棲されておられます」


 それを聞いてノヴァルナは、BSIパイロットとしての血が、チリチリと沸き立つのを感じた。


「場所は? 住んでいる場所は分かるか?」


 急き込んで尋ねて来るノヴァルナに、カーズマルスは戸惑いながら応じる。


「は?…はあ。どこかに引っ越していなければ…ですが」


「よし、言え。行って来る!」


 そう言ってノヴァルナは、まだ居場所も聞いていないのに席を立つ。唖然とするカーズマルス。また始まったよ…という顔をするササーラとラン。こうなるともはや、ノヴァルナは止められない。カーズマルスからヴォクスデンの隠棲地を聞いたノヴァルナは、即座に宇宙港へ向かうと『クォルガルード』を発進させたのだ。


 キヨウ・ノーザ星系までは片道約五十六光年。往復でも一日で行き帰りが可能な距離である。星帥皇テルーザと対面する前に、その師匠であるヴォクスデンと、どうしても会っておきたい…それがノヴァルナを、キヨウ・ノーザ星系へ向かわせる理由であった。


 

 キヨウ・ノーザ星系第三惑星パルズグは、海洋面積が地表の八割を占める海洋惑星で、二割しかない陸地も険しい山地と湿地帯が多い星であった。

 パルズグのこの植民惑星としての開拓の手間が掛かる点も、惑星キヨウの人類最初の植民惑星でありながら、発展が遅れている理由の一つだ。恒星間航行能力の向上で、遠くてもより住み易い惑星が、幾らでも見つかるようになってしまったからである。




 その男は晴天の下、朝の農作業を終えてひと息入れていた。


 東側を除く三方を取り囲んだ早春の山々は青黒くくすんで、積雪を残す高地部分に白くたなびく霧のベールを纏っている。


 なだらかな丘陵に大きく広がった扇状の麦畑。その“扇のかなめ”の位置に置かれた、質素な作業所兼倉庫へ向け、作業用ロボット達が帰って来ようとしている。巨大な蜘蛛を思わせるロボットは、元は湿地帯のこの土地を、肥沃な土壌の良好な土地に変え、さらに維持するための土地改良用ロボット。

 そして三体いる土地改良ロボットのそれぞれの両脇を、通常の人型汎用ロボットが、工具の入った大きな籠を背中に担いで歩く。


 男はカップに入れたコーヒーを啜り、白髪混じりの黒い無精髭が生える頬を、手の平でひと撫でした。


 ようやくここまで来た…と広がる麦畑を眺めながら、男は胸の内で独り言ちる。湿地帯がほとんどのこの惑星では、主要な農産物と言えば、直径が1メートルにもなるこの星原産の“パルズグオオサトイモ”や、キヨウから持ち込まれた“マッドラディッシュ”といった、泥濘地での栽培に適した植物ばかりだった。


 そうであるからこそ男はこの人里離れた場所で、土地改良から始めなければならない、麦の栽培を選択したのである。

 農業の知識は、記憶インプラントを使用すれば簡単に得られる。だがそれを実践するのは、最初から一つずつの積み重ね。パイロットの道と同じだ。しかしBSIパイロットと違うのは、この手が生み出すものが死と破壊ではなく、収穫と安らぎだという事であった。


“さて、午後は南西の種蒔きだ…”


 バイオプラスティカの硬くて無骨な椅子から立ち上がり、男は作業所を出る。すると戻って来た人型ロボットのうち、家事のサポートも担当している一体が、機械的な音声で報告した。


「反重力バイクのモーター音が三つ、こちらに向かって参ります。距離はおよそ1キロメートルです」


「ほう…客人かな」


 この辺りに自分以外には誰も暮らしてはいない。伝説のBSIパイロット、ヴォクスデン=トゥ・カラーバは、この麦畑に至る一本道の彼方に目を凝らした………





▶#12につづく

 

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