#19

 

 やがて約一時間ほどして、第六惑星の機動要塞から発進して来た、ミョルジ家の重巡航艦一隻と駆逐艦四隻が、ノア達の乗る『ラブリー・ドーター』と合流し、皇都惑星キヨウまでの護衛を行った。


 キヨウの衛星軌道上へ進入すると、『ラブリー・ドーター』は直接に大気圏内へ降下。護衛して来た重巡からは、シャトルが同行した。彼等が向かったのは、ほぼ全土が都市化されている皇都惑星キヨウの中枢地区、ゴーショの宇宙港である。

 成層圏を降下中の、『ラブリー・ドーター』の船窓から地表を見ていたノアは、地平線の遥か向こうに、幾条かの黒煙が立ち上っているのを視認した。


「なにかしら?」


 怪訝そうに言うノアに、フェアンはすぐにNNLの情報サイトから、皇都で何が起きているかを探り出す。


「ナ・ナージョ地区で、略奪集団の襲撃が起きてるみたいだよ」


 それを聞いてノアは自分もNNLを立ち上げて、何が起きているかを確認した。ナ・ナージョ地区はゴーショから南西に、約二百キロの位置にある都市区である。それが現在、大気圏外から降下して来た、BSIユニットまで保有する略奪集団の襲撃を受けているらしい。しかも状況によると、警察が住民の避難誘導を行っているだけで、軍が出動して排除に当たっているのではなさそうだ。


“二百キロといっても、ゴーショからは目と鼻の先…そんな近くでBSIもいるような略奪集団から襲撃を受けて、何の防衛行動も起こさないなんて…”


 気になったノアは、『ラブリー・ドーター』の船橋にいるヨッズダルガに、連絡した。


「頭領。皇国軍かミョルジ家の軍の通信を、何か傍受していますか?」


 『ラブリー・ドーター』は元はロッガ家の軍用輸送艦であるから、それなりの通信傍受能力を有しており、軍が動いているなら内容までは分からなくとも、通信量が増えるはずだ。ところがヨッズダルガの返事は、「特に、何も…」とノアが期待したようなものではない。

 本当に誰も動く気はないのだろうか?…もしそうなら、降下を中止して、自分達が救援に向かうべきでは、とノアは考えた。するとその直後、ヨッズダルガが新たな情報を告げて来る。


「今、哨戒センサーが『ゴーショ・ウルム』から発進した、飛行物体を捉えた。たぶん、BSIユニットだ。数は五機!」


 同時にノア達のいるラウンジへ、映像が転送されて来た。そこには星帥皇室がある中央行政府『ゴーショ・ウルム』を背景に、四機のBSIを従えた、ひと回り大きな白銀色の機体―――将官用のBSHOが、飛行する光景が映し出されている。


「あれは?…あれが『ライオウXX』…テルーザ陛下」


 現星帥皇テルーザ・シスラウエラ=アスルーガが、自らBSHOを操縦し、皇都を襲撃して来る略奪集団を、討伐しているという話はノアも聞いていた。ただまさか、その場面に出くわすとは予想外である。


“天才パイロットだとは、聞いちゃあいるが―――”


 銀河皇国を統治する者の直接出撃。ノアは一直線に飛んで行く『ライオウXX』の姿に、違和感を覚えずにはいられなかった………



 

 そしてノアの違和感は、船がゴーショ地区のキヨウ中央宇宙港へ到着して、一層強くなった。三年前、ミノネリラへ帰るためノアはここから旅立ったのだが、その時はまだ、広大な宇宙港の離着陸床には、商用宇宙船がずらりと並んでいた。それが今はミョルジ家の軍用シャトルばかりが目立ち、他は小型の貨物宇宙船が数隻、エプロンに駐機している程度である。


“これじゃあ…厳戒態勢が続いているのと、変わらない…”


 主要惑星の宇宙港の賑わいは、その星の経済状態を見る指針となる。それが商用宇宙船が数えるほどしか来ていないのは、良い状況と呼べるものではない。


 そう思いながら、ノヴァルナの二人の妹と外務担当家老のテシウス=ラーム。そしてヨッズダルガら護衛の一行を連れて、ノアは『ラブリー・ドーター』のタラップを降りた。彼女達の先には出迎えの皇国貴族、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナと従者が八名、待っている。


「皇都へようこそ、ノア姫様。お元気そうで何よりです」


 初老のゲイラは、紳士的な笑顔でノアに歩み寄った。


「ナクナゴン卿。お久しゅうございます」


 ゲイラの笑顔にノアも自然と柔和な表情となり、丁寧にお辞儀をする。“漫遊貴族”と呼ばれて、皇国中を旅をして星大名にも顔の広いゲイラは、ノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家の強い支援者でもあった。


「マリーナ姫様とイチ姫様も、一段とお美しくなられましたな」


 好人物のゲイラの言葉に、マリーナは自分の趣味である、別の世界でいうところの“ゴスロリ”ドレスのスカートを摘まみ上げ、笑顔で「ありがとうございます」と応じる。一方のフェアンは元気一杯に「ありがとございます。ヤーシナ様!」と答えて、ペコリと頭を下げる好対照ぶりだ。

 姉妹に対し、にこやかに二度三度頷き返したゲイラは、ラームやヨッズダルガ達にも一礼して、ノアに向き直った。


「ときに、ノヴァルナ様はご壮健ですか?」


 それを聞いてノアは申し訳なさそうな表情になり、慌てて告げた。


「申し訳ございません! 本来ならとうに皇都に到着し、ナクナゴン卿にご挨拶に赴かねばならないというのに、このような遅参―――」


 元々、ノヴァルナのキヨウ行きは、往復二週間程度を予定しており、当初のスケジュールでは、もうオ・ワーリ宙域へ帰っていてもいいはずである。

 ところが知っての通り、ノヴァルナの行く先々で事件が待ち受けており、当の本人はユジェンダルバ星系で、『ヴァンドルデン・フォース』に対し、決戦を挑もうとしている有様だった。これではノヴァルナのキヨウ行きに何かと骨を折ってくれたゲイラに、面目なく思うのも無理からぬ事である。


 するとゲイラは右手を軽く掲げ、別段怒っているのではない事を示す。


「いやいや。聞けば何やら、また冒険の数々のご様子…それこそ、ノヴァルナ様がご壮健な証し。むしろ安心致しました」

 

 悪意は無いと分かってはいても気まずいノアは、苦笑いを浮かべて、ゲイラとともに歩き始めた。と、そこへ『ラブリー・ドーター』の護衛に付いていた、ミョルジ家の重巡から降下してきたシャトルの乗員が六人、足早にやって来る。濃緑色の軍装が仰々しい。


「ナクナゴン卿」


 声を掛けて来るミョルジ家の軍人に、ゲイラは軽く会釈して応じた。


「護衛、ありがとうございました。艦長」


 声を掛けて来た軍人は、護衛の重巡の艦長であるらしい。艦長は面白味のなさそうな顔で淡々と告げる。


「礼はいい。それより、残りの報酬…忘れないでもらおう」


 その言葉を聞いてノアは、紫の瞳をハッ!…と見開いた。護衛に付いたミョルジ家の重巡や駆逐艦は、現在の皇国を事実上支配しているミョルジ家が、公式に派遣したものではなく、ナクナゴン卿が依頼料を支払って個人的に要請した、いわば傭兵だったのである。


「分かっております。残金は本日じゅうに…」


「うむ。よろしく頼む」


 上から目線で短く応じ、用は済んだとばかりに立ち去ろうとする、ミョルジ家の艦長。立腹したノアは「お待ちなさ―――」と呼び止めようとする。金を貰って護衛任務を引き受けるなど、『アクレイド傭兵団』と大差ないと思ったからだ。ただノアが言い終わらぬうちに、マリーナが腕にそっと手を置き、“おやめになった方が…”と、自制を促す。

 確かにそうだとノアは口をつぐんだ。揉め事を起こすのは婚約者のノヴァルナの役目であって、自分が同じような事をすると示しがつかない。ミョルジ家の艦長はノアに一瞥をくれると、そのまま部下と共に去って行った。代わりにノアはゲイラに声を掛ける。


「ナクナゴン卿…」


 ノアの言いたい事が分かるゲイラは、少々ぎこちない笑顔で応えた。


「どうぞお気になさらず」


 自分達に出迎えの護衛をつけるため、ゲイラは相当額の雇い料を、ミョルジ家に支払ったに違いなかった。国が乱れ、貴族とて決して裕福ではない今のご時世に、かなりの経済的痛手であったはずである。。


「どうして…わたくしどもに、そこまでして下さるのですか?」


 その問いに、ゲイラは目を細めて告げる。


「なに、ただの酔狂にございます。どうしても一度、ノヴァルナ様に今の皇都がどうなっているかを、お目にかけたく思いまして…」


 そんなゲイラの口調は穏やかだが、ノアはその言葉の中に、今の皇国を憂う彼の気持ちを感じ取った。この貴族は、自分の父だったドゥ・ザン=サイドゥ以上に、早くからノヴァルナの才能と器量を見抜き、評価していた人物なのだ。


 そう思うならば、ここに来るまでの惑星ガヌーバの温泉郷や、現在ノヴァルナが関わっている『ヴァンドルデン・フォース』の問題も、ゲイラがノヴァルナに見せておきたかった皇国中央の現状なのだろう。そしてそれはノヴァルナに、オ・ワーリ宙域の星大名だけで終わってほしくない…という、ゲイラの願いなのだとノアは感じ取っていた………



 

 そのノヴァルナはいよいよ、『ヴァンドルデン・フォース』との対決の時が迫っていた。モルタナ達がユジェンダルバ星系最外縁部に配置した哨戒プローブが、超空間転移反応を捉えたのだ。


 これを受けてノヴァルナは、第四惑星ザーランダから全戦力を出撃させた。


 陣容はノヴァルナが旗艦『クォルガルード』。『クーギス党』が軽巡航艦2隻・駆逐艦4隻と輸送艦『プリティ・ドーター』。ザーランダの臨時編成戦隊が軽巡航艦3隻・駆逐艦7隻。総勢18隻。それなりの数だが、ザーランダの駆逐艦は2隻を『クーギス党』から人員を割いて、どうにか動かしている状態。そして残る5隻は無人で、自動航行で随伴しているだけの代物だった。


「数揃えたって、使えない艦まで持って行くのは、どうかと思うッスけど…」


 各部隊との最終調整を終えて執務室戻り、作戦の再確認を始めたノヴァルナに、部屋の片隅に置かれた自分の机で、データ整理を行っているキノッサが、率直な気持ちを口にする。


「は?…てめ、何言ってんだ。戦いは数だろが」


 何を当たり前な事を…と、呆れたような口調のノヴァルナ。


「そりゃあ、そうッスけど。向こうも素人じゃないんですし、下手な小細工はすぐバレるだけッスよ」


 無遠慮に言い放つキノッサ。その言葉を聞いたノヴァルナは唇を尖らせ、少しムキになって応じる。


「俺だって素人じゃねーし!」


 するとその時、艦橋にいるマグナー艦長から連絡が入った。


「ノヴァルナ様。『クーギス党』の前哨駆逐艦から、敵艦隊発見の報告を入電致しました。第八惑星公転軌道をマイナス25度で通過中。艦隊全艦へ、接敵コースに入るよう指示を出しました」


「おう、今行く!」


 弾けるように席を立つノヴァルナ。そしてキノッサを振り返りながら、さっきの言葉の続きを苦笑い交じりに告げる。


「ま、青二才だがな」


 そこに、トレーにコーヒーの入ったカップを乗せた、ネイミアが入って来た。出入口で鉢合わせし、ぶつかりそうになるノヴァルナ。


「おおっと!?」


 驚いたネイミアが「きゃ!」と小さく声を上げ、落としそうになったカップを、ノヴァルナは「おう、すまねーな!」と応じ、華麗に身を翻しながら掴み取った。

 そして決戦前の景気づけとばかりに、カップをガブリとひと飲みにすると、ネイミアが持ったままのトレーに、カン!…勢いよく置いて、ノヴァルナは風のように走り去る。


“熱くないのかな…?”


 呆気にとられて後ろ姿を見送るネイミアの視線の先で、淹れたてのコーヒーを一気飲みしたノヴァルナの、「アチぃーーッ!!」という叫び声が響いた………








【第14話につづく】

 

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